8.白昼の宴、口元に微笑。心には剣を① <レザト>
「さぁ、どうぞお楽しみください!」
カイの声が高らかに響き、陽光がホールの白い床に反射して、私の影を縁取るように伸ばす。周囲には、さまざまな商人や有力者たちが集い、華やかな宴が繰り広げられていた。
しかし、その喧騒が増すにつれ、私の心には過去の記憶が静かに蘇ってきた。
――幼い頃、森の中でカイと共に過ごした日々。彼の笑顔。そして、あの裏切りの瞬間。
今や私たちは大人になり、こうして再び顔を合わせている。だが、彼への警戒心が完全に消えることはない。カイは昔の彼ではなく、私もまた、かつての純粋な少年ではない。
「これはレザト様の好物ではないですかぁ?」
カイの声は甘く、まるで蜜のように耳元に忍び込んでくる。
ふと、目の前に広げられた料理の数々を見ると、それらは確かに私の好みを熟知した者でなければ用意できない品だった。だが、その周到さが私をさらに警戒させる。
「……ありがとう、カイ」
感謝の言葉を口にしながらも、心の中では全く別の警告が鳴り響く。
彼の意図は何なのか? 表情の裏に隠された真実を探ろうと、彼の一挙手一投足に目を光らせた。
一方で、私の視線は自然とルチカに向かう。
彼女は宴の場においても、凛として立ち、まるで誰にも媚びることのない強さを持っている。しかし、その空色の瞳には、微かに浮かぶ不安の色が消えない。
それを見逃さぬように、私は神経を研ぎ澄ます。
周囲に集まった商人たちの視線も、私たち二人に向けられているのを感じる。
獣人の領主と人間の娘――その異例の組み合わせが、彼らにとってどのような未来を示すのか、誰もが興味津々だ。彼らは私たちの一挙一動を品定めし、内心で何かを企んでいるのだろう。
私の存在は、この街にとって脅威か、それとも希望か。彼らの視線が、答えを求めて私に突き刺さる。
突然、カイの手が私の肩に軽く置かれた。だが、その感触は冷たく、まるで蛇が私に巻きつくかのような嫌悪感を覚えた。
「レザト様、こちらにご挨拶いただきたい方々がおられます」
彼の声には鋼のような強さがあり、その中に隠された二重の意味を瞬時に読み取る。
これは単なる社交辞令ではない。何か重要な話があるのだろう。
私は一瞬躊躇したが、領主としての務めを果たすべく、不本意ながらルチカの側を離れることを決意した。
「少し席を外します。……大丈夫ですか?」
ルチカに囁きかけると、彼女は小さく頷いた。
その瞳に浮かぶ不安を見逃さなかったが、それに応える余裕もなく、心は重く沈む。
領主としての義務と、彼女を守りたいという強い欲求の間で、私の心は引き裂かれそうになる。
しかし、今は公の場である。私は領主としての務めを果たさなければならない。そう自分に言い聞かせ、彼女の元を離れることを決意した。
周囲の商人たちが私を注視する中、私は大きく息を吸い込み、杯を掲げた。微笑みを浮かべながらも、心は警戒を緩めず、常にルチカの居場所を確認し続けている。
宴の華やかさに隠された、見えない駆け引き――この戦場のような場で、私は決して油断するわけにはいかない。
「どうぞ、こちらへ」
カイの誘導に従いながら、私は思索する。
全てが静かに動き出している。その流れの中で、私が果たすべき役割が、今この場で試されているのだ。




