7.獣の本能、人の駆け引き② <レザト>
カイに案内された一室に足を踏み入れると、部屋の豪華さに思わず目を見張った。
壁一面に並ぶ書架、重厚な机、そして窓から差し込む陽光を受けて輝く秘石ランプ。
全てが、この場所の権力と富を物語っている。
カイは優雅な仕草で椅子を示すと、滑らかに説明を始めた。
「準備は万事、滞りなく進んでおりますので、どうぞご心配なく」
彼は薄く笑みを浮かべ、目を細めた。
「副領主であるヴァレンドール様の……まあ、鉄拳とでも申しましょうか。そのお陰で、関係各所の連携も申し分ありません」
「ほう」
私は無表情を装いつつ、短く応じた。
心の中ではイリアナの顔が浮かんでいた。
彼女の手腕には目を見張るものがあるが、同時に不安も感じる。後で彼女から直接話を聞く必要がありそうだ。
私は椅子に深く腰掛けながら、静かに尋ねた。
「他に具体的な進捗状況は?」
カイは一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに取り繕った。
「お急ぎのようですね、レザト様」
彼は軽く咳払いをし、姿勢を正した。
「再開発の目玉である西側の壁がもう少しで完成です。ただ...」
彼は言葉を切り、まるで秘密を共有するかのように身を乗り出した。
「反対意見も少なからず。特にグラシア工房のアレン。あの秘石ランプの発明者ですよ。彼女がしつこく噛みついてくるんです」
カイは肩をすくめ、まるで取るに足らない問題であるかのように軽く手を振った。
「まあ、大した問題じゃございません。街の発展に貢献した彼女が、今度はその発展の足を引っ張るなんて皮肉なものですねェ」
その軽薄な態度に、私は思わず眉をひそめた。
「おっと、そうそう!」
カイが突如、両手を叩いて声を上げた。
その鋭い音に、私は思わず身構えてしまう。
「レザト様のご婚礼こそ、まさに世紀の一大イベント。リタクロス商人ギルド、総力を結集して、この慶事に花を添えさせていただく所存でございます!」
彼の言葉には、商機を逃すまいとする執念が滲み出ている。
爛々と輝くその瞳の奥底に、婚礼の鐘の音と共に金貨が雨のように降り注ぐ幻影でも見ているかのようだ。
「伝統云々は重々承知の上で申し上げますが……」
カイは身を乗り出し、声を落として続けた。
「シュヴァルツェルト屋敷での披露宴も良いでしょうが、ここリタクロスではいかがでしょう? きっと、いや間違いなく、リタルク・ルミナリアをも凌駕する祭典になりますよォ!」
その熱心さに、私は思わず苦笑を漏らす。
だが、もはや取り繕う必要もない。ここで核心に迫るべき時だ。
「カイ」
私は静かに、しかし力強く彼の言葉を遮った。
「率直に聞こう。この婚約が商人ギルドに及ぼす影響を、お前はどう見ている?」
カイは一瞬、目を丸くした。だが、すぐに笑みを浮かべる。
「おや、さすがはレザト様。核心を突いてきますねェ」
彼は軽く咳払いをし、姿勢を正した。
「そうですねェ...」
彼の声には、慎重さが滲んでいる。
「確かに、様々な変化が予想されます。ですが我々商人にとって、変化を恐れては商売になりませんよ。むしろ、この新たな局面をビッグチャンスと捉えたい。そう考えております」
「お前らしい考えだ」
私は眉をひそめながら返した。
カイの言葉の裏には、常に綿密な計算があることを忘れてはならない。
「ははは、褒めていただき光栄です」
カイは軽く頭を下げた。
「我々商人にとって、変化とは新たな商機の宝庫。掘り出し物を見つける絶好の機会ってわけですよ」
彼の目が、狡猾な光を宿している。それは獲物を狙う狐の目そのものだ。
「レザト様とルチカ様のご多幸が、この地にも繁栄をもたらすと……」
カイは右手を胸に当て、深々と頭を下げた。
「心からそう願っております」
「……話はよく分かった。これからも協力を期待している」
私が静かに立ち上がり、ルチカたちに目配せして部屋を出ようとした瞬間、カイの声が鋭く響いた。
「おおっと! お待ち下さいませ!」
彼は慌てた様子で私たちの前に立ちはだかり、両手を広げて笑顔を浮かべた。
「さてさて、お腹の虫も鳴いているころでしょう?」
彼はウインクしながら、声を落として続けた。
「実はですね、レザト様の御来訪を祝して、ささやかながら宴を用意させていただきました。せっかくの機会、大いに杯を交わしましょう!」
「宴、か」
私は思わず溜息をつきそうになるのを抑え、顎に手を当てた。
正直、この場から即座に立ち去りたい衝動に駆られる。
だが、領主としての立場上、そう簡単には断れない。
一瞬の沈黙の後、私は重々しく頷いた。
「もてなしに感謝する。参加させていただこう」
その言葉を待っていたかのように、カイの顔が歓喜に満ちた笑顔で輝いた。
「おお! さすがはレザト様!」
彼は両手を打ち鳴らし、まるで舞台俳優のように大仰に叫んだ。
「我らが領主様のお言葉、感激でございます! 日々のご指導のおかげで、リタクロスはここまで発展できたのですからね。そのご恩に少しでも報いる機会を頂けるなんて……」
カイの饒舌な言葉が続く中、私は思わず眉をひそめた。
彼の慇懃無礼な態度に、心の中で舌打ちをする。
だが、カイはそんな私の反応など気にも留めず、まるで指揮者のように手を振りながら、有力商人たちを次々と呼び寄せ始めたのだった。
ペースを上げたいと思ってるんですが、月2~3回投稿ぐらいの頻度がまだ続く感じです。




