5.ジョシュアの誤算2① 〈ジョシュア〉
「うう、リュミセラちゃ〜ん……」
トビアスのうだうだとした愚痴に、俺は何度目かわからない呆れた視線を向ける。
溜息が自然と漏れた。
「はぁ……」
リタクロスからドリュアスの涙のある場所までは、2時間ほどの道のりだ。
俺の横で項垂れる馬鹿は気に留めず、シェザハに視線を向ける。
シェザハは窓越しに広がる風景を、頬杖をつきながらのんびりと眺めている。ふと、俺の視線に気付いたのか、こちらを向いてニヤリと笑みを浮かべた。
「やあ、この馬車は乗り心地が最高だね。ほとんど揺れを感じない。ソファもフカフカで、僕の腰にも優しいしね」
「この馬車は最高級品だからな。母上はこういったものは特に拘る」
「ほう、ジョシュア君のお母様は中々にやり手のようだね。ローレンス商会という名前、商いに大した知識のない僕でも名前は聞いたことがあったのを思い出したよ。没落寸前だったローレンス商会を一人で立て直した辣腕の女当主って噂をね」
「ああ、母上はすごいお方だ。俺の目標でもある」
「なるほど。子供の手本になる素晴らしいお母さまで何よりだ」
「……」
何となくシェザハから視線を外し、俺は自分の手をじっと見つめた。
母上の商才は誰もが認めるところだ。幼い頃から、俺は母上の武勇伝を人づてに、そして本人からも事あるごとに聞かされてきた。
母上の判断はいつも正しい。
意見でもしようものなら、徹底的に詰められ、最後は叩きのめされる。そんな母上が今の俺の状況をみたら、どう評価するだろうか。
……やめた。今考えるべき事ではない。
俺は頭に浮かんだ思考を振り払うように、こぶしをぎゅっと強く握りこんだ。
「……そういえば君たちが住んでいる王都には一度行ったことがあるけれど、良い街だったね。潮風と活気に溢れていた。魚料理が美味かったな。今度また王都へ行く機会があった時の参考に、美味い店を教えてくれないかな?」
「あ、それなら港の裏通りにあるルッティアの酒場がおすすめですよ~! あそこの魚のフライが、ふわふわで……」
さっきまで、リュミセラの名前を呟いて項垂れていたトビアスが、シェザハの話に勢いよく飛びついてきた。
コイツ……相変わらず感情がコロコロ変わるヤツだな。
そのトビアスの声が、まるで過去へのトリガーのように俺の記憶を揺さぶる。
意識の深いところから、あの日、シェザハの家でのやりとりが鮮やかに蘇ってきた。
◇◇◇
「わ……わあぁ〜!! 可愛いうさぎさん! リュミセラちゃんって言うの? 僕はトビアスって言うんだ。こっちの顔の怖い人はジョシュア様。僕の雇い主なんだ」
トビアスの声が部屋に響き渡る。俺は思わず額に手を当てた。
「おい、勝手に自己紹介を始めるな!」
リュミセラを見た時のトビアスの食いつきぶりは凄まじかった。
まるで、人生で一番の大発見でもしたかのようだ。
少女も困惑した様子でシェザハの顔を伺っている。その様子に苦笑いしながら、シェザハは俺たちと知り合った経緯を説明した。
シェザハの説明にリュミセラは納得した様子で、親し気にこんな提案をしてきた。
「ジョシュアさま、トビアスさま! もうじきリタクロスの街、お祭りあるです! よかたら、おまつりいっしょいきましょ!」
「まつり? あいにく俺たちは仕事で…」
「お祭り~~!? 行きたいです行きたい! ジョシュア様! ねえねえ、お祭りですって!」
遊んで欲しいとしっぽを千切れるくらい振り回す子犬の如く、トビアスの目がキラキラと輝く。
「そうだな。僕への報酬に追加で、君たちでリタクロスのお祭りを楽しむってことでどうだろう。僕はこの街が好きでね。祭りを通してリタクロスの良さを知ってもらえたら、これほど嬉しいことはないな」
シェザハが提案する。確かに、祭りを通して街の雰囲気を知るのは悪くないかもしれない。
だが、俺には別の用事がある。
「ったく……俺はこの祭りは何度も来てる。トビアス、お前だけ行って来い。俺には市場の偵察がある。お前がいたら邪魔だから、ちょうどいいな」
「ええ〜いいんですか!! やったあ! リュミセラちゃん! 僕、お祭り楽しみにしてるね!」
「は、はい……」
トビアスは嬉しそうに跳ねている。一方のリュミセラは、少し戸惑いながらも微笑んでいた。
「いいか、明日はお前が食ったドリュアスの涙の回収に行くからな。浮かれて遅れるなよ!」
「リュミセラちゃんが好きなものって何? 好きな色は? その赤い頭巾とっても似合ってて可愛いなぁ〜……」
「まったく……」
俺の話など意に介さず、トビアスはリュミセラに夢中になっている。
コイツは何か一つ物事に夢中になると、それしか眼に入らない。こんなガキの時から女に現を抜かすなど、将来ろくな大人にならないぞ!
だが、トビアスののん気なアホ面を見ていると、バカバカしくて怒る気にもなれない。
リュミセラもまた、戸惑いながらもそんなトビアスと打ち解けようとしている。
何のしがらみもなく、自分の感情を素直に相手に伝えるコイツの単純さは、多少は認めるところかもしれない。
ふと、ざらつきのあるものが俺の心を撫でる。
この感情の正体は分かっている。だが、それを認めるのは癪だった。




