3.ジョシュアの誤算② <ジョシュア>
リタクロスに着いた頃には、夜の帳がすでに街を包んでいたが、軒先や道沿いの街灯に使われている秘石ランプのおかげで、視界は充分に明るく保たれていた。
通りには、何やら忙しそうに動き回る商人たちの姿が目立つ。
彼らは開催が迫ったリタルク・ルミナリアの準備に勤しんでいるのだろう。このリタルク石と、リタクロスの今後の発展を祝う祭りは、近年レヴァナス王国の名物にもなりつつある。
街の発展の起点となった秘石ランプが町中に飾り付けられるこの祭りは、夜になっても幻想的な光に包まれ、その美しさは目にした者の記憶に鮮明な印象を残す。
数年前、見聞を広める目的で母上に連れてこられた時、俺はこの祭りを目にした。煌々と輝く光の饗宴とでも表現すべきあの雰囲気は、この祭りでしか味わえない特別なものだったことを、ふと思い出す。
しかし今は、そんな思い出に浸っている暇はない。きびきびと動き回る商人たち、通り沿いの工房の窓越しに忙しそうに手を動かす職人たちを横目に、俺も足早に進む。
俺の足は迷うことなく、商人ギルドへと向かっていた。
あの建物は、街のシンボルとも言うべき存在だ。ギルドは単なる商人の集まりではなく、この街のあらゆる問題に対処する「なんでも屋」的な役割も担っている。
「すまない、医者はいないか⁉ 急病なんだ!」
夜遅くにもかかわらず、ギルドの中は活気に溢れていた。
職員たちは皆、祭りの準備と日々の業務に忙しそうに立ち働いている。彼らの表情は明るく、まるで祭りを支える自負から来るものなのか、どこか浮き立ったような雰囲気すら漂っている。
俺の声に、職員たちが一斉にこちらを振り向いた。
「医者ですか…? そうですねえ…」
俺の問いかけに、職員たちが話し合いを始める。
「ウェノーサさんとこはどうだ? あの人なら急な診察でも見てくれるんじゃねえか?」
「でも、あの人は今、騎士団の魔獣哨戒に同行してるはずですよ。ほら、最近魔獣の襲撃も多くて、騎士団の怪我人も多いって聞きますし、手の空いてるお医者さんも中々いないんじゃないですかねえ…」
クソッ、こんな時に限って……! 焦燥感が募る。
「何とかならないか⁉ 今にも死にそうなんだぞ!」
「何だい、急病人かい?」
振り向くと、そこには大柄な男が立っていた。
浅黒い肌に白い髪、そして蓄えた白髭。吸い込まれそうな深い緋色の羽織が目を引く。
布の扱いには自信がある俺でも、これほど鮮やかな色の織物は見たことがない。
それに、この不思議な香りは何だ? 織物特有の匂いか、それとも男の癖に香水でもつけているのか……。
だが一番の特徴は、頭から生えたウサギのような長い耳だ。
こいつ、獣人か……。レザトの一件もあり、どこか獣人に対して妙な心持ちになる。
しかしその丸眼鏡から覗く男の眼は、柔和な雰囲気を湛えていた。
目元の皺や声の雰囲気から、壮年の男だろうか。獣人はどうも見た目から年齢が分かりにくい。
「ああ、シェザハさんじゃないですか! ちょうどよかった。この方の連れが急病で今、医者を探しているらしくて…薬師であり治癒にも通じたあなたなら、力になれるのでは?」
職員の一人がその男に話しかける。薬師……?
俺はすぐさま尋ねた。
「……薬師なのか?」
「ああ、そうだよ。ちょうど商人ギルドへ頼まれていた薬の納品に来たところでね。僕でよければ話を聞こうか」
藁にもすがる思いで、俺はシェザハという獣人の男にトビアスの症状を説明する。
「俺の連れの馬鹿が、道すがら生えてるこの実を食べたらしく、嘔吐して倒れた。今も意識が混濁していて、時折激しく痙攣する。何とか呼吸はしているが……それも時間が経てばどうなるか……」
俺は震える手で、薄紫色の果実をシェザハに渡した。
シェザハがつぶさに果実を観察する。その顔色が変わるのが分かった。
「これはドリュアスの涙じゃないか! まだこの近辺に自生しているとはね。この実を食べたのなら、キミのいう症状も納得だ。急ごう。処置は早いほどいい。その子の所へ案内してくれ」
「……すまない。助かる」
安堵感と焦燥感が入り混じる中、俺は深くシェザハに頭を下げた。
トビアス、もう少しだけ持ちこたえてくれ……!
シェザハの後に続き、俺は宿へと急ぐ。
今はとにかく、トビアスの命を救うことだけを考えるしかない。




