1.特異点 <レザト>
何やら神妙な面持ちで話す大人たちです。
賑やかな足音が遠のいていく。ふと訪れた静寂の中、エマが重々しい表情で私に向き直った。
「レザト団長。ルチカ様についてお話があります」
「……ああ、聞かせてくれ」
私は静かに頷く。エマの真剣な眼差しに、話の重要性を感じずにはいられない。
「本日、ルチカ様に秘石の適性テストを行いました。初めはちょっとした遊びのつもりでした。しかし、ルチカ様は全ての属性に反応を示したのです」
エマの声は興奮に震えている。
「さらに、低レベルの秘石でありながら、水の形状変化や出力の増大、植物の成長促進まで……本来なら、熟練の魔術師が高位の秘石を用いてようやく成し遂げられる芸当を、ルチカ様はあっさりとやってのけました!」
私は息を呑む。エマの言葉が、ルチカの秘めた力の深淵を物語っている。
「はっきり言って、これは異常事態です! もしこの事が魔術院に知れたら、ルチカ様は研究対象として保護という名の下に幽閉されるかもしれません。それほどまでに、彼女の才能は脅威なのです」
エマの瞳に、かすかな恐れの色が浮かぶ。
「一体ルチカ様は何者なのでしょう? レザト団長は、もしかしてこのことをご存知だから彼女を……」
「エマ」
私は静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「私はルチカが何者であろうと、彼女を愛している。それだけが全てだ」
「団長……」
エマの表情が、一瞬で柔らかくなる。
「このことは、他の者には口外するな。いいな?」
私の言葉に、エマは深く頷いた。
「……わかりました。私もルチカ様のことは個人的に好感を持っています。レオも姉のように彼女を慕っていますし、ルチカ様ご自身も、自らの力をレザト様の役に立てると純粋に喜んでおられます。そのお気持ちは、私も汲んで差し上げたいと思っています」
エマの声に、冷静さが戻ってくる。さすがは秘石治癒師として長年のキャリアを持つ者だ。動揺も束の間、彼女はすぐに平常心を取り戻した。
そのエマが、何か言いたげに私を見つめる。
「最後に……一つだけお聞かせください。レザト団長は、ルチカ様のこの特異な才能について、何か心当たりはおありではないですか? ルチカ様は前領主であり、レザト様の旧友でもあったヨハン様のご息女だと伺っています。ヨハン様から、彼女の才能について何か聞いたことは……」
「……いや、特には聞いていない」
「そうですか……」
エマの視線が伏せられる。
「いずれにせよ、ルチカには今まで通り接することが肝要だ」
「ええ、そうですわね」
私は話題を変える。
「今日から、私はルチカと寝室を共にすることになった。今日のことも踏まえ、彼女の気持ちに寄り添うよう、出来る限り努めるつもりだ」
「……レザト団長」
「なんだ?」
「まだ、我慢なさってくださいね?」
「うぐっ⁉ な、何を言っている! わ、私はそんな邪な気持ちでルチカと寝室を共にしたいわけではない! あくまで語らいの場として、彼女の日常や不安に耳を傾けるために……」
「うふふふ、冗談ですよ。レザト団長があのような短絡的な欲求に走る方ではないと、よく存じております」
「う、うむ……」
私は思わず赤面する。エマめ、からかって楽しんでいるな。
「ただ、ルチカ様はどうかしら……なぁんて、これ以上団長を困らせてはいけませんね。私たちで彼女を守りましょう。秘石の力についても、しっかりとご指導していくつもりです」
「ああ、頼んだぞ」
エマとの会話を終え、私は静かに治癒室を後にした。
廊下を歩きながら、私の脳裏をある言葉が過ぎっていく。
「オーラム・マギカ」――最近になって耳にする機会が増えた、その言葉を。
記憶をたどれば、ルチカの父にして、かつての親友でもあったヨハンもまた、その言葉を口にしたことがあった。
あの夜のことは、鮮明に覚えている。
窓辺に佇み、夜空を横切る流れ星を眺めていた時のこと。その幻想的な光景に心を奪われていると、ヨハンが不意に秘石にまつわる伝承を語り始めたのだ。
「秘石は流星から生まれると言われているのだよ」
彼はそう言って、神秘的に微笑んだ。
私もまた、獣人の村で語り継がれる秘石の物語を、ヨハンに話した。
すると彼は、「まるでオーラム・マギカのようだな……」とつぶやいたのだ。
「それは何だ?」と尋ねる私に、ヨハンは笑みを浮かべ、巧みに話題をそらした。
あの時の彼の表情が、まるで昨日のことのように思い出される。
回想から現実に引き戻された私は、小さく呟いた。
「オーラム・マギカ……幻の万能の秘石か……」
先日、ローレンス家の嫡男ジョシュアが口にした言葉が、ふと脳裏をよぎる。シュヴァルツェルト領の地に眠るという、伝説の秘石。彼の推察通り、長年この地を守護してきたシュヴァルツェルト家と、何らかの関わりがある可能性は高い。
ヨハンの残した言葉の真意は、今なお私の理解を超えている。だが、ルチカとの出会い、そして彼女に秘められた無限の可能性を思うとき、すべてが繋がっていくような予感に囚われる。
外の空気に触れようと、私は屋外に出た。頭上に広がる蒼穹を仰ぎ見る。
星々が織りなす壮大な物語の一片に、私たちもまた加わろうとしているのだ。
ルチカの存在が、オーラム・マギカを巡る神話を、現実のものへと変えつつある。遠い昔より紡がれてきた伝承の中に、私たちの小さな足跡が刻まれようとしている。
まだ見ぬ未来が、私たちの前に横たわっている。だが、ルチカと共にあれば、どのような運命も乗り越えられると信じている。
たとえ先の見えない暗闇が待ち受けていようとも、私はルチカを守り抜こう。
それが騎士としての……男としての私の誓いなのだから。




