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ジョシュアの受難「酒は飲んでも呑まれるな」①

「聞き込みといったらやっぱり酒場ですよね~」


トビアスの呑気な声が夜の熱気に混ざり、その独特の響きが闇を震わせた。

通い慣れた足取りで迷うことなく進む背中を追いながら、俺はこの昼間とは様変わりした世界に、訝しげな眼差しを送っていた。


王都の夜は、昼間の装いから一変、異世界の門をくぐり抜けたかのような荒々しい景色に包まれている。

通りの灯火が曖昧な影を揺らし、その光の中で、下衆な人間が暗闇に溶け込むように自らの欲望を貪っている。


通りの端っこでは、海の粗野な男たちが、何かの口論から始まった喧嘩を繰り広げている。大声と罵声が絶え間なく響き、その様子は王都の荒れた一面を垣間見せていた。


一方、近くの酒場の前では、港での仕事を終えた男が、隣にいる娼婦の胸を揉みながら酒を飲んでいた。娼婦もまた、口元に笑みを浮かべてゲラゲラと笑いながら、男と共に酒を楽しんでいる。


立ち並ぶ夜の商店には、昼間の目から隠れて取引される非合法の怪しげな薬や、用途を一目では推し量れない奇妙な形状の品々が所狭しと並ぶ。

それらは灯火に照らされて、ぬらぬらとした鈍い輝きを放っていた。


ここは王都の裏通りだ。港の近くという立地も手伝って、様々な背景を背負った奴らが集まる。その結果、この通りは欲望の掃き溜めと化していた。


派手な娼館や酒場が連なるこの街区は、確かに賑わいを見せているが、その裏には治安の悪さが隠れている。

しかし、そのような場所だからこそ、貴重な情報が散らばっている可能性はある。


この場所の混沌とした熱気、生々しい欲望が、呼吸する度に肺に刻まれ、そのたびに俺は気持ち悪さを感じた。夜の街の罪と虚しさは、俺にとって耐えがたいものだった。


「トビアス……お前、随分慣れた様子だが、ここへはよく来るのか?」


服の端で口を覆いながら、トビアスに尋ねる。

夜の街で普段の格好は悪目立ちするため、俺は地味な庶民の服装に着替えていた。

フードを目深に被り、少しでも俺だと分からないように変装しているものの、ごわごわとした粗雑な作りの服の着心地は最悪で、何度も脱ぎ出したい衝動に駆られる。

しかし、背に腹は代えられない。


「そーですね〜、倉庫の仕事の後に酒場の皿洗いとかお酒運んだりする代わりに、ご飯食べさせてもらったりしてますよ……あ、着きました、ここです!」


トビアスは、道の一角にある店の前で立ち止まった。

「ルッティアの酒場」と木の看板に刻まれており、中からは陽気な笑い声が聞こえてきた。


「この酒場、この通りに昔からあるお店らしくて、人気のお店なんですよ~。ご飯も美味しいです!」

「ふむ……。いいか、トビアス。ここでは俺の事はジョージと呼べ。商人ギルドの奴らや他の者に俺がこんな掃き溜めのような場所に通ってるなど知られれば、俺の……ローレンス家の名誉が傷つく」

「はーい、ジョージ君、わかりました! どうも、こーんばんわー!」


トビアスは、酒場の扉を軽やかに開け、まるで昔からの友人の家に入るかのような自然さで中に滑り込んだ。

俺もヤツの背中に隠れるよう、続いて店の中に足を踏み入れる。


「おや、トビアスかい! 今日もまた腹ペコなんかい?」


酒場の中は通りの賑わい以上に騒がしく、人々が楽しそうに酒を飲みながら話している。

さほど広くもない店の中、カウンターから威勢よく声を掛けてきた女はこの店の店主だろうか。

やけに目つきの鋭いその女は、高めに結んだひとつ結びの髪を靡かせ、忙しそうに酒を作りながらこちらを見ている。


「あんたはほんと、タイミングがいいね~。ちょうど肉団子のスープが出来たとこなんだ。いつもみたいに店の仕事手伝ってくれるんなら、好きなだけ食ってけばいいさ」

「わ~~ありがとうございます! 僕、ルッティアさんのご飯大好き! でも今日はお客として来たんですっ」


トビアスの言葉に、店主が一瞬目を丸くさせた。


「客ぅ? 珍しいこともあるねえ。ん? その後ろにいる金髪の子は、トビアスの連れかい? まー随分綺麗な顔しちゃって。一瞬、女かと思っちまったよ」


無遠慮な視線を投げ付ける女に、ふつふつと怒りが湧くが、ここは我慢だ。


「この人はジョシュ…いぎっ!」


さっそく本名を喋りそうになったトビアスの足を思いっきり踏んだ。

こいつ……俺の話を全ッ然、聞いてなかったな!?


「……ジョージくんです! 僕の友だちです~」

「……」


『友だち』。

トビアスが放った言葉に、何故か胸の奥に妙なむず痒さを感じる。

こいつ、雇い主である俺に対して臆面もなく、よく友だちだとサラッと言えたものだ。

……まあ、今日は特別によしとしといてやるか。


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