2.窮地 その④
「レザト様ッッ!!」
気付けば、自分でも理解できない衝動に駆られ、私はレザト様に身を投げ出して抱きついていた。
その瞬間、胸の中で燃えるような熱さが一層高まったかと思うと、そこから黄金色の光があふれ出した。
その光は夕闇に包まれた森を、一瞬のうちに幻想的な光で照らし出す。
その眩い輝きに、私は思わず瞳を閉じた。
「ありえない……ありえないですッ!!」
驚きと動揺で震えるようなリュミセラの声。
少しして、レザト様の剣が地面に落ちる音が聞こえ、胸の熱さも次第に和らいできた。静かに目を開けると、レザト様の目には再び光が戻っていた。彼の体が緊張から解れ、ゆっくりと力が抜けていく。
「……レザト様?」
「ルチカ…? 私は一体…」
「良かった……本当に、正気に戻ったんですね!」
混乱と安堵が交錯する心の中で、私は何が起きたのか自分でも掴めていない。
ただ一つ確かなことは、何かが私を突き動かしてレザト様に身を投げたこと。その瞬間に何が起きたのか、なぜ彼が元に戻ると確信できたのか、それすらも自分でも説明がつかなかった。
何だか頭が霧に包まれたようで、身体が鉛のように重い。
何かを強く願った記憶が遠く、ぼんやりとした形で心の中に残っているだけ。
それでも、その全てが結果としてレザト様を救ったのだという事実は揺るぎなくて。
そして、その奇跡のような瞬間の中心にいたのは、私自身だということ。
「どういう事なの…!? 調べた時は、何もそれらしいものは身に着けてなかったはずなのに……」
リュミセラが私の胸元を凝視し、その真紅の瞳にはっきりとした動揺を浮かべていた。
「まさか、オーラム・マギカは体内に……!?」
「……オーラム・マギカ?」
リュミセラは、何か知ってるの……?
「ふふ、ふふふっ! レザト様よりずっと警戒すべきはルチカおねーさんだったんですね。"あの人"が言ってた通りだったとは…これ以上、お二人のお邪魔しちゃ悪いので今日の所は退散しますね~じゃ、そーゆーことで!」
「まって、リュミセラ!」
リュミセラは、すっかり暗くなった森の木立の中に消えてしまった。
「ルチカ……」
頭上から、どこか遠慮がちにレザト様に呼ばれる。
「あっ……!」
私ってば、レザト様に抱きついたまま…!?
レザト様の腰に手を回して、体を密着させている自分の状況が急に恥ずかしくなってきた。
「ご、ごめんなさい! すぐ離れ……」
ぱっと両腕を離そうとした瞬間、レザト様にそのまま抱きとめられる。
「レ、レザ……!?」
レザト様の大きな胸に抱かれた瞬間、心が溢れそうになって何も言えなくなる。
「良かった…ほんとに良かったです……」
ただただ、レザト様が無事で良かった。彼の胸に抱かれ、涙が自然とこぼれ落ちる。
「ルチカ。どうやら私は、あなたに“また”救われたようですね……」
……また?
その言葉に、私は顔を上げた。レザト様の瞳が私を深く、じっと見つめている。
その指が優しく私の髪を撫で、頬に触れる。
彼の甘く蕩けそうな蜜色の瞳に私の心が吸い寄せられる。
心臓の音が高鳴り、その鼓動が彼にも聞こえてしまうのではないかと錯覚するほどに。
ああ……私、この人が好き。好きなんだ。
流れ落ちた涙と共にやっと自覚する。
私の名前を呼ぶ時の、低く包み込むような声が好き。
剣を持つ荒々しい手が、花を世話する時は丁寧で繊細な、その手が好き。
私を私として見てくれる、優しいあなたが好き。
「ふふっ、救われたのは私のほうです……レザト様」
言葉にできないほどの感情を、私は精一杯の笑顔で返す。
「……ッ!!」
レザト様が一瞬、驚いたように目を見張った。
私を抱きしめる腕に力が入り、その腕が微かに震えている。
レザト様はそのまま何も言わず、静かに瞳を閉じて天を仰いだ。
再び私を見た彼の瞳は、何故か悲しげな色に満ちていた。
「……私は婚約者失格ですね。あなたを、こんなに危険な目に合わせてしまって……」
言葉を返そうとした瞬間、背後でうめき声が聞こえた。
「うっ…うう…」
振り返ると、昏倒していたフランソワが頭を擦りながら上半身を起こそうとしている所だった。頭を打っていたみたいだけど、大したことなくて良かった……。
「大丈夫か、フランソワ!」
途端に、レザト様が身体をぱっと離して、フランソワに駆け寄った。その瞬間、彼のぬくもりが急に消えて、心にぽっかりと穴が空いたような寂しさが広がる。
「だ、だんちょう…? 元に戻ったのですか!?」
「ああ。お前たちのお陰だ」
「だ、だんちょおおおお!!」
フランソワが嬉しさのあまり、レザト様に飛びつく。それを苦笑いで受け止めるレザト様。
二人のやり取りを微笑ましく見つめながら、私の心は不安と切なさでいっぱいになる。
リュミセラが言ったオーラム・マギカという言葉。
何の意味か分からないけれど、レザト様を救ったあの光。それが彼女の言うその意味なのだろうか。
リュミセラの様子からみて、また私に接触しようとするかもしれないから気をつけないと……。
そしてもう一つ。自覚してしまった恋心を、早々に諦めなければいけないこと。
私は深く息を吸い、その切なさを胸の中に閉じ込める。
その瞬間、夜の森に静かに響く風の音が、私の心と同じように、何かを訴えかけているように感じた。




