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2.窮地


「うっ…うぅ……」


目を覚ますと、身体が何か冷たく硬いものに触れていることに気づいた。

意識がはっきりしていくにつれ、私は床に転がされているのだと理解する。

床は冷え切っていて、その冷たさが骨にまで染み渡るようだった。

何とか頭を持ち上げて周囲を見渡すと、どこか見覚えがある事に気付く。

ここは……ミリアの家?

体を動かそうにも手足は後ろ手に縛られ、鎖か何かで繋がれているようで、動けない。


「あ、起きました? まだ寝てていいのに~」


その瞬間、ミリアの声が耳に届いた。可愛らしいその声色が、今はひどく不気味で歪なもののように聞こえる。


「ミリ、ア……あなた、何のためにこんな……」


状況が掴めないまま、彼女に問いかける。

出会って日は浅いけれど、私達は友だちだと思っていた。

ミリアといると楽しくて時間があっと言う間に過ぎていって……。

でもそう思っていたのは私だけで、私達の出会いも、あの言葉遣いも、笑いあったことも全部、彼女がこのために仕組んでいたことだったの?


「バカは何も知らなくていいです。そこに転がっててくださーい」


私に顔を見せないまま、彼女のあざ笑う声が響く。

ミリアの姿は縛られた私の死角になっていて見えないけど、ドアの前に顔の知らない獣人の男の人が二人いるのは確認出来る。何とかしてこの状況から逃げないと……! 

私は縛られた手足を少しずつ動かし始めた。


「一つだけ教えてあげます。アンタがこうなっているのは全てアンタの婚約者であるレザト様のせいだってこと」

「レザト様? レザト様はあなた達と同じ獣人でしょ? それなのに、なぜ……」

「同じ獣人だからこそだ!」


私の言葉に反応して、ドアの前にいた獣人の一人が怒りに震える声で喋った。


「獣人でありながら、その誇りを捨て王国の犬に成り下がり、あまつさえ人間の女との婚姻など、人間側に完全に取り込まれた証拠だ! 我々はその裏切り者をッ……」

「もー、なんもコイツに喋るなって言ってんだろーが!」


その声がした瞬間、獣人の青年のみぞおちに容赦なく蹴りが飛んできた。

ようやく私の視界に入ってきた、赤い頭巾を被ったその幼い顔は、ぞっとするような冷たさを持っていた。


「も、申し訳ありません……リュミセラ様……」

「だーかーらー! なんで名前喋っちゃうかなあ!」


リュミセラ……? それがミリアの本名なのだろうか。

青年がうめきながら謝罪するのもお構いなしに、リュミセラはさらに一発蹴りを入れた。その一撃の重さに倒れた青年に追い打ちをかけるように、彼女は蹴り続ける。

まるで子供が虫を踏み潰すみたいに、何度も何度も……。


「うっ…ぐっ…!」


とうとう、獣人は動かなくなった。


「はー。身内にバカがいるのも困りますよね。だから最低限の事しか教えたくないんです」


同じ仲間のはずなのに、どうしてこんな事が出来るの…?

私の前に倒れ込んでいる獣人に目を向ける。呼吸はしているから痛みで気を失っているだけかもしれない。だとしても、躊躇なくこんな事が出来るなんて、どうかしてる……。

それに獣人が言ってたリュミセラ様という言葉。彼らの中にも主従関係があって、あんな子供にも関わらず、この子は権力を持った存在なの?


「ミリア……いいえ、リュミセラ。あなた達が何を企んでいるのかはわからないけれど、私はレザト様を信じる。あなた達がどれだけ彼を貶めようと、私の心は変わらないから」


……今は何も分からない。けれど、私はレザト様を信じて希望は捨てない。

それが私に出来る唯一の抵抗だから。私はリュミセラの真紅の瞳に、力強く視線をぶつけた。


「ふふ、健気なルチカおねーさん。いつまでそんな事言ってられるのかなあ?」


リュミセラは一瞬、驚いたような表情をしたけれど、すぐに冷笑に変わった。


「……私をどうする気? レザト様への見せしめに殺すの?」

「はー。ルチカおねーさんも質問出来る立場じゃないってのを理解して欲しいですね~。安心してください。大事なルチカおねーさんを殺したりなんかしませんよ♡ あなたには他に、やってもらうことがありますから」


ニヤニヤした笑みを浮かべていたリュミセラが一瞬、真顔になる。

私にやってもらうこと……? 

レザト様を釣るための餌以外に、私自身に何か利用価値があるということなんだろうか。


「まっ、殺しはしませんけど~…ルチカおねーさんのその綺麗なお目々、2つもいらないですよね?」

「どういう、意味……?」


リュミセラは微笑みながら、テーブルにおいてあったスプーンをおもむろに手にとり、ゆっくりと私に近づいてくる。

その笑顔は天真爛漫そのもの。けれど私を映す真紅の瞳には隠しきれない狂気が滲んで見えた気がした。


「その目、手紙と一緒にレザト様にプレゼントしたら、私たちの本気も伝わるかなって。いい案だと思いません?」


リュミセラは身を屈めて、私の顔を覗き込む。

もしかして…そのスプーンで私の目を抉るつもりなの......!?

瞬間、背筋に悪寒が走る。

彼女は、手に持ったスプーンをペチペチと私の頬に当てては離しながら、反応を楽しんでいる。


「やめ、て……」

「大丈夫、私は優しいので片目だけにしてあげますね♡」


リュミセラの赤い瞳が、煌々と私を見つめる。

怖い……! 恐怖で思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。


「駄目ですよ~、目ぇ閉じちゃあ~!」


突然、リュミセラの小さな手が私の瞼を引き裂くようにこじ開ける。あっという間に私に馬乗りになって、子供らしからぬ力で瞼を押さえつけてくる。その痛みと恐怖で溢れた涙が、視界を歪ませる。


「い、いやっ...! やめて、お願いッ、やだ!」

「はいはーい、大人なんだから駄々捏ねないでくださいね~」


スプーンがゆっくりと眼前に迫ってくる。がっちり掴まれた体は身動きできず、逃げ場がない。

スプーンを握るリュミセラのその顔は、まるでデザートを喜ぶ子供のように無邪気で屈託がなくて、とてもこれから目玉を抉ろうとする子供には見えない。

この子は一体何者なの? 獣人か人間か、そんな単純なカテゴリーに収まるような存在じゃない。リュミセラの中には、どこか計り知れない狂気が漂っている。


「ひっ…う…!」


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