1.ルチカの行方 〈レザト〉
「ルチカが戻って来ないだと…?」
報せを聞いた瞬間、胸の中に冷たいものが流れ込んできた。まるで氷のような感覚が心臓を締め付ける。騎士団の訓練を終え、これから訓練方針について会議するところだったが、それどころではないようだ。
隣にいたアルベールと自然を顔を見合わせれば、アルベールの瞳にも同じような懸念が浮かんでいた。
「はい。フランソワが現在、村まで馬を走らせて探しに行っています」
チェシャの声は重く、その表情も曇っていた。
「フランソワが言うには、今日は同行する予定だったのが、ルチカが一人で行きたいと断ったそうなんです。どこかぎこちない様子だったとも」
チェシャの言葉に、嫌な予感が胸をよぎる。
「アルベール」
私は彼に目を向ける。その瞳には、何を言われるかを既に察しているような表情が浮かんでいた。
「……副団長が任務で不在の今、団長まで不在となると団としての統率に関わるのですが……あなたは止めても行くのでしょうね」
アルベールの言葉には、半ば諦めと半ば理解が混ざっていた。
「……すまん。後は頼んだ」
私は深く頷き、彼に背を向ける。
「ハッ! 留守は私にお任せを」
アルベールの声には、困難な状況でもしっかりと団を支える覚悟が感じられた。
私は剣を腰に挿し、外套を身に纏い、準備を整える。
この瞬間から、時間との戦いが始まる。一刻も早くルチカを見つけなければ。
「では、私とチェシャは村に向かう」
「……どうかご武運を」
アルベールの言葉に私は再び頷き、扉を開け外へと足を踏み出した。
「あ、チェシャさん! ……と、レザト団長まで!?」
村に到着すると、先に聞き込みをしていたらしいフランソワが獣人の少年と一緒にいる所に出くわした。
「フランソワ、状況を説明しろ」
フランソワは私の姿を見て目を丸くさせたが、すぐさま表情に力強さを取り戻して話を続ける。
「ハッ! レザト団長、この少年がルチカが森の中へ入っていくのをみたそうです」
「本当か! キミは…確かルゥオだったな。その時の事を詳しく教えてくれないか?」
「えっと、今日ご飯を食べてね、お池に釣りに行きたいなって思ってたの。でも、あの黒いうさぎのお姉ちゃんにあったら嫌だなって思ってたら、ルチカ様があそこの森の中に走っていくのを見たんだ」
「なぜ、ルチカは森の中へ…?」
疑問に思いながら尋ねると、ルゥオが答える。
「黒うさぎのお姉ちゃんとルチカ様は友だちみたいだから、その子のお家に行ったんじゃないかなあ」
「黒うさぎ……マジか……」
「チェシャ、どうした?」
私はチェシャの顔色が一変していることに気づいた。黒うさぎとルチカの失踪に何かを見出したのだろうか。
「今日、ちょうどお伝えしようと思っていたんでですが、ノーマンと繋がりのある獣人の中に黒うさぎの獣人がいたと言う情報が入りまして」
「なんだと……」
私の心は重く沈む。どんどん悪い方向にばかり状況が進んでいく。
「うさぎのお姉ちゃん、怖いんだよ。僕、この間初めてあったんだけど、すっごい怖い顔で睨んで来たからそのまま帰っちゃったの」
「そうか……ありがとう。ルゥオもお母さんのところへ帰るんだ。きっと心配してるぞ」
「ルチカさま、どうしたの? いなくなっちゃったの?」
「……いいや、これから迎えに行くところだ」
「そっか、またね~~レザト様!」
ルゥオが元気に走っていく背中を見つめながら、私は深く息を吸い込む。
全てが繋がった。ルチカは、自分と敵対する獣人たちに誘拐されたのだ。
自分の認識の甘さ、その甘さが彼女を危険に晒してしまったという事実に胸が締め付けられるような感覚に襲われる。しかし、今は自分を責めている暇はない。一刻も早く彼女を救わなくてはならない。
「フランソワ、チェシャ、森に入るぞ。夜が来る前に、ルチカを見つけ出さなくては」
冷静だ。冷静になれ。心の中に渦巻く怒りと焦燥をぐっと抑え込む。
「ルチカ、どうか無事でいてくれ…」
口から自然と漏れたのは、祈りのような言葉だった。




