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2.変化 その②

「秘石かあ……話には聞いたことあるけど、実物は初めてみるな」

「さあさ、坊っちゃんが戻って来る前に手早く終わらせちゃいましょう。まだ待ち構える仕事があるからね」


みんなは話しながら作業に取り掛かった。

私も自分の役割を果たさなくては。


手始めに深紅の箱の中から、清らかな泉の水をそのまま閉じ込めたような淡い澄んだ水色の石を手にとってみた。

この石がどの属性に属するのか、考えてみる。

見た目だけで推測するなら、水属性のような気がする。


ジョシュアの言葉からすると、これは魔術師の見習いが自分と石との相性を見るためのものだ。だとしたら、才能がある者が触れれば魔法が発動するのだろうか。


興味津々で、秘石を握りしめてみた。私に魔術の才能があるはずがないけれど、せめてこの雰囲気を味わってみたかった。


薄く目を閉じて、手の中の石に集中してみる。

魔術師の見習いの人たちはどうやって力を引き出すのか分からないけれど、何となく自然とこうするのが良い気がする。


握った手の中の石がほんのり振動しているのは気の所為だろうか。

石が肌に沈み込んでゆくような、肌に馴染むような不思議な感覚。

次第に、手と石の境目が感じられなくなって……。


“石と心を通わせるんだよ”


「え……?」


突然、頭の中に響いた言葉。

記憶の深層から湧き上がったかのようなその声に驚いて、思わず目を開けた。


「わっ!? ど、どうしたんですか! びしょびしょですよ!?」


瞬間、目を見開いて驚いた顔で私を見ているトビアスが飛び込んできた。

彼の声に他のみんなも作業の手を止めて私を見ている。


「あらあら、服も髪の毛もびっしょりねえ。汗…にして量が多すぎるし、今日はいいお天気だから雨漏りも考えてられないし……不思議ねえ」

「いいから着替えてこいよ! それじゃ仕事にならんだろ。二階によぉ、この間馬車に蹴っ飛ばされて泥がついた服があったはずだ。多少汚れてはいるが、今よりはマシだ」


不思議そうにみつめるレナと、少し苛立った様子の倉庫番のカイルの視線が刺さる。


「ごめんなさい、私も何が起こったのか……」


そう言いかけて、ある考えが浮かぶ。

もしかして……これは秘石の力なの?

慌てて、手の中の石が無事か確認してみる。

ジョシュアの説明では、秘石は一度使うとその魔力は消えてしまうそうだ。もし私に魔術の才能があったとするなら、手の中の石はすでに消えてしまっているはずだ。


心臓が高鳴る中、ゆっくりと手を開いた。

秘石は無事だった。でも、なんだか石の色が暗くなり、内部に気泡が混じっているように見えた。これは最初からそうだったっけ……?


「っくしゅ!」


くしゃみで思考が中断された。

とにかく、他の皆の仕事に迷惑をかけないように、早く着替えないと!


「すみません、すぐに着替えてきます!」


その言葉を残して、私は滴り落ちる水音を響かせながら、二階へと急いだ。



◇◇◇



今日の仕事を大体片付けて、私は港の桟橋に腰を下ろし、夕焼けに染まる海を眺めた。

嫌なことがあっても、この美しい風景の前ではすべてが報われるような気がした。

こんなふうに海を見つめるのは、いつの間にか日課になっていた。


「また海を見ているのか」

「ひゃあっ!?」


突然、横から飛び込んでくる声に、思わず飛び上がった。


「ジョ、ジョシュア……!? いきなり脅かさないでよ」


いつの間に帰って来たのか、いつもより少し派手に着飾ったジョシュアが不機嫌そうに私を見ていた。


「俺は脅かしてないだろ。小心者のお前が勝手に驚いて慌ててるだけ……ん?」


ジュシュアが形のいい眉をひそめる。


「お前、着替えたのか? そんな泥塗れの服、よく着られるな」

「ちょっと着ていた服が濡れちゃって……」

「はあ? ぼけて海にでも落ちたのか?」


どうしよう。今日の事を話した方がいいだろうか。

でも話した所で結局原因は分からないし、今日のジョシュアは機嫌が悪い。


余計な事を言ってさらに機嫌が悪くなられたら、後々面倒な事になるのはわかり切っている。

私は少しわざとらしいけれど、話題を変えてみることにした。


「それよりお見合いはどうだったの? 良い人いた?」

「別にお前には関係ない」

「それは違うわ、もし結婚が決まれば、私たちも同じ家に住むことになるから、ジュシュアの奥さんとは仲良くならなくちゃ」


ジョシュアが選ぶ人はどんな人だろう。優しい人だといいな。だけど、彼の母親が選んだとしたら、彼女のような気性の強い人かもしれない。

二人が一緒になって私を苛めるなんてことになったら…。その考えだけで胸が重くなる。


「嫌だなぁ……」


ああ、眼の前の水平線はこんなにも綺麗だと言うのに後ろ向きな考えばかり浮かんでしまう。

気分を変えて今、目の前に広がる景色に集中しよう。


夕日の反射でキラキラと輝く水平線から、船が近づいてくる。

新しい商品、新しい知識、新しい出会いを運んできてくれる。


新しい何か…あの水平線の向こうに、私が本当に望むものはあるのだろうか。


「嫌か……そうか……フフフ……」


妙な声のした方に顔を向けると、何がおかしいのかジョシュアは口に手を当てて、にやついた笑みを浮かべていた。


「ジョシュア…? 私、何か面白い事でも言った?」

「なっ!? い、いちいち人の事を観察するな! 気持ち悪いヤツめ!」

「はあ、そうですか……」


訝しんだ視線を向ける私を、ジョシュアは嫌悪感たっぷりの視線で睨めつけた。

ジョシュアとの出会いから10年。

時が経てば少しはお互い歩み寄ることが出来るかもと期待してるものの、むしろ私への扱いは年々酷くなっている気がする。


私の何が気に入らないのか知らないけれど、さすがあの奥様の一人息子だけあってその気質は十分受け継いでいるようだ。


「もういい……帰るぞ」

「え、でもまだ商品の記帳が終わってないし、商人ギルドに書類を提出する予定なんだけど…」

「うるさい、俺が帰ると言ったら帰るんだよ。それに母上は今日、社交クラブで帰りが遅いから、お前が仕事をちんたらやってたら帰りに会ってしまうかもしれないな」

「うっ……帰ります」


ジョシュアが私の弱点を突いたので、私は何も言えなくなった。

仕事は残っているけど、明日に回せるものだし、可能な限り彼の母親とは関わりたくなかった。ジョシュアはそれをよくわかっている。


「行くぞ」


ジョシュアは背中を向けて、ひたすら歩き始めた。

私も急いで後を追う。


「待って、ジョシュア!」


私たち二人の影が夕日に長く伸びて、少しだけ重なった。



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