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2.蕾の中 <レザト>

毎回悩んでるレザト様回です。

私は多くの者たちを指導してきたが、フランソワは特に目をかけている一人だ。

彼の理想主義と勇敢な心、そして高潔な行動は、騎士としての素質を十二分に備えている。


だが最近、そのフランソワに変化が見られる。それは、ルチカに対するものだ。

護衛の日には、彼の顔に明らかな喜びが浮かぶ。それは、ただの任務を遂行する以上の何かがあると、私には感じられる。


そして何より、その視線が物語るものがある。彼の瞳が自然とルチカに向かう瞬間、その視線には紛れもなく特別な感情が宿っている。

それはただの好意を超えた、何か深いものを感じさせる。


フランソワがルチカにどれほどの感情を抱いているのか、それがどのような形で表れるのか。

それは、彼自身がどれほど成熟した騎士であるかを試す試練でもある。

感情は、時に人を狂わせ、時に人を高める。

フランソワがどちらの道を選ぶのか、それは非常に興味深い。


ルチカ自身はどう感じているのだろうか。

私の前では、まだどこか緊張した面持ちを見せる彼女だが、フランソワと一緒にいる時の彼女は明らかに自然体で、楽しげな雰囲気が漂っている。

どうやらこの“事態”は、私が当初目論んでいた以上に早い速度で進行しているようだ。


私は騎士団長として、また一人の男として、この状況をどう受け止めるべきか。

フランソワとルチカ、二人の未来がどのように繋がっていくのか。

一度、私自らフランソワにそれを問う必要があるだろう。

その責任が、私にはある。


「……この気配は、チェシャか」


深夜の静寂に包まれた部屋で、悶々と思考を巡らせていた。その時、微かな人の気配に気づき、顔を上げた。窓の外、チェシャの特有の気配を感じ取る。


「ちぇ、レザト様にはいつも見破られちゃうな~。結構頑張って気配消してたんですけど」

「……分かったから、早く入ってこい。いつまで窓に張り付いているつもりだ」


私の言葉に応じて、チェシャは窓を開けて軽やかに部屋に入ってきた。


「どもども~夜分にすいませ~ん」

「王都までの往復、ご苦労だったな。それでノーマン達に何か動きはあったか?」

「な~んも! 何もなくて怖いくらいです。ノーマンの婚約を蹴ったローレンス家にも、特に制裁や恫喝といった類のこともないみたいですし」

「そうか」


ノーマンがこちらに対して何か仕掛けてくる事を危惧していたが……ノーマンにとって、ルチカはそこまで追い求めるものではなかったのか? 


「でも、一つだけお耳に入れたいことが」

「なんだ」

「いつも港に停泊しているノーマン商会の船に、最近見知らぬ獣人の出入りがあるとの報告が」

「獣人だと?」


チェシャの双眸に、鋭い光が宿る。その眼差しは、何か重要な情報を掴んだかのようだ


「ええ。王都で働く獣人たちの動向はほぼ把握しているのですが、ノーマンの船に出入りする獣人は港のどの商会や組織にも属してないんです」

「それは確かか?」

「もっちろん! この数年間、私はただ子猫ちゃんの成長を見守ってただけじゃないんですよ~。このチェシャさんの美貌と人徳で、獣人たちのコミュニティとネットワークを構築してきたんです。そのどこにもノーマンの船に出入りする獣人たちは引っ掛からないんです」

「ふむ……」


ノーマンが王都外の獣人部族と何らかの関係を持っている可能性が高まった。それが意味することは、非常に重大だ。


「報告ご苦労。引き続き、ノーマンたちの監視を頼んだぞ」

「ハッ! しょーちしました! だいじょーぶですよ。そのノーマンのところに出入りしてる獣人も、チェシャちゃんの魅力でメロメロにしちゃいますから♡」


チェシャはおどけた様子で答える。礼儀に欠けるかもしれないが、その軽やかさが彼女の魅力でもある。


「それにしても…レザト様にもお花を育てるなんて可愛いご趣味があったんですね♡」

「グッ……チェシャ、あまりからかわないでくれ」

「え~私はからかってなんかないですよ? 子猫ちゃんと一緒にお水をあげるレザト様、見ていてほっこりしちゃった」


彼女のニヤニヤした笑みに、私も苦笑いを浮かべる。


「ルチカが望んだことだ。他の騎士団の者には言ってはいかんぞ。花が咲くまで、私とルチカの秘密の花園だからな」

「秘密の花園ぉ~~~!? ひひひっひっ! レザト様から秘密の花園なんて言葉が、ひひっ! 出るなんて、意外すぎて、ひひひ! だめ、お腹痛い~~~!」

「わ、笑うな! ルチカが言ったんだ、ルチカが! ごほん! あまりしつこいようならアルベールを呼ぶぞ」

「え~~なんでそこでアルベールを呼ぶんですか! 分かりましたよぉ、笑っちゃってすいませんでした! 二人の愛の共同作業、邪魔しないように見守ってますね~それじゃ!」


チェシャはそう言って、窓から颯爽と姿を消した。その後に残るのは、微かに感じる風の香りだけだった。


「まったく……」


彼女の隙さえあれば人をからかう癖はどうにかならないものか。しかし、かつてジェイラと名乗っていた盗賊時代の彼女と比べれば、今の彼女はまるで別人だ。


騎士団での盗賊討伐の際、ジェイラを捕らえたアルベールが彼女を騎士団での登用を進言した時は驚いたが、その見立ては正しかった。今では、彼女は私の密偵としてその任務を立派に果たしている。

その者の真の姿を見極めること。私もまだまだ、修行が必要だと痛感する瞬間だった。


さあ、今日は私も眠ることにしよう。

明日の秘密の花園で、ルチカと共に育てる花の成長を楽しみにしながら。





私はアストレラの花畑を静かに見渡す。風が微かに吹き抜け、草花が優雅に揺れる。

この一ヶ月で、種から芽吹き、すでに多くの個体が小さな蕾をつけている。


この場所は、ルチカと私が共に手をかけて育てたものだ。

彼女は今、一生懸命に花の世話をしている。その横顔には、純粋な喜びと花への愛情が溢れているように見える。


「アストレラの花は、蕾になってから開花するまでの期間が長いのが特徴です。ですから、その蕾の成長をしっかりと見守る必要があります。この期間、世話を怠ると蕾のまま花は枯れてしまいます」


ルチカの瞳がしっとりとした表情で私を見つめる。


「……蕾のまま咲かない花は、なんだか切ないですね」


その言葉に、私は微笑む。

確かに蕾のままで終わる命もある。しかし、それは自然の摂理であり、避けられないことだ。


「アストレラは日光と月光を吸収して、その小さな蕾の中に光を隠しています。そして、いつかその光を解き放つ日が来る。それが、花が咲く瞬間です」

「私、その日が楽しみです!」


ルチカの言葉に、私も心から同意する。

しかし、その胸の中には期待と不安、そして懺悔が交差している。

この場所は、幼いルチカと私との思い出の場所でもある。だが、彼女はその記憶を失っている。

私たちの関係が花開く日、それは彼女の中に隠された記憶が開花する日なのだろうか。


私はその問いに答えを持っていない。

だが、一つ確かなことは、アストレラの蕾がいつか花開くように、私たちの関係もまた、いつかその“真実”を白日の下にさらす日が来るということだ。

それはきっと、痛みを伴う。


「ルチカ。あなたの頑張りに、きっと花たちも応えてくれるはずです」

「レザト様もお忙しい中、ありがとうございます! 花が咲いたら、オスカーさんにも見せてあげたいです」

「もちろん、構いませんよ。皆を呼んで、アストレラの花の鑑賞会をするのもいいかもしれませんね」

「アストレラの花の鑑賞会……素敵!」


その日が来るまで……私はこの花畑と、そしてルチカを見守り続けたい。




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