1.縮まる距離
オスカーさんのリハビリと手伝う、ルチカとフランソワ。
何だか二人の距離も縮まってます。
「オスカーさん、大分歩けるようになりましたね!」
柔らかな日光が窓ガラスを通して室内に差し込む、通い慣れた宿屋の一室。フランソワのしっかりとした支えを受けながら、オスカーさんは自分の足で確かな一歩を踏み出していた。
「オスカー殿! やりましたね! あなたの頑張りの成果だ!」
「耳元でデカい声で喋らんでくれ……俺より、あんたら二人が飽きもせず一ヶ月もこの老いぼれに付き合った結果だと思うがね」
オスカーさんはどこか素直じゃない物言いだけど、いつもよりも穏やかな表情から嬉しそうな様子が伝わってくる。
この一ヶ月間、私とフランソワはほぼ毎日、オスカーさんが滞在するこの宿屋に足を運び、彼の日常生活のサポートをしてきた。
最初はあまり乗り気でなかったオスカーさんも、私たちのケアと、特にフランソワの熱意に押され、その健康状態が回復するにつれて私たちに対する心の壁も低くなってきたように思える。
「ルチカは婚約したばかり、フランソワも他に騎士としての任務があるだろう。二人とも、わざわざ俺なんかに時間を割く必要なんてないだろうに……」
「もう、オスカーさん! 何度も言っていますよね、私がオスカーさんのお世話をするのは自分が望んでいるからです。あの短い旅でオスカーさんから学んだこと、頂いたものがあるんです。それを少しでも返せるなら、それが私にとっては何より嬉しいことなんです」
「俺もルチカと一緒で嬉しいです!」
「へ?」
フランソワの突然の発言に、思わず声を上げて聞き返す。
「あ、いやっ……敬愛するレザト団長の婚約者であるルチカ様を、団長と一緒に守れる事が嬉しいという意味です!!」
「……ふっ、そうか」
オスカーさんは口元をにやりとさせると、窓の方を見ながら言った。
「あんたらの好きにするといいさ。俺もこれ以上は言わん」
「で、ではまた昔話をぜひ聞かせて下さい! 先日、オスカー殿が船で働いていたと仰ってたので、今日はその話などどうでしょうか!」
「船か。大した思い出もないが……。働いていたのは20そこそこの若造の時だ。そんときは……」
オスカーさんの渋く落ち着いた声が、部屋の中に響く。
心地よいその響きに耳を傾けながら、ゆっくりした時間が流れていくのを感じた。
「やったな、ルチカ!」
「うん!」
私たちは馬車を使わず、フランソワと共に屋敷へと帰る道を歩いていた。
この道は一時間ほどの距離で、今日は何となく足取りが軽く感じる。
オスカーさんが歩けるようになって、本当に良かった……。
まだ少し不安定な部分はあるけれど、これからも訓練を続ければ、きっとさらに良くなるはず!
「フランソワも本当にありがとう。私の護衛で一ヶ月もオスカーさんの看病に付き合ってくれて……」
感謝の言葉を改めてフランソワに伝えた。
彼は私の護衛として、そしてオスカーさんの看病にも積極的に参加してくれた。そのおかげでオスカーさんの回復が早まったと思う。
「ルチカ! オレは自分の任務を全うしているだけだ。レザト団長にルチカを頼むと言われたからな!」
得意げに笑うフランソワにつられて私も笑みがこぼれた。
こうやって屋敷と村を行き来する道すがら、私達は色々な事を話した。
今まで港の倉庫で働いてきた事とか、レナやトビアス……ジョシュアのこと。
幼い頃、シュヴァルツェルトのお屋敷に住んでいたこと。だけど、その記憶が曖昧だということ。
フランソワも、自分の家族の事をよく話してくれた。
王国騎士団では副団長としてその強さを誇る父親が、家では母親に頭が上がらないこと。お兄さんがいて、二人でお屋敷の倉庫で遊んでいたら鍵を閉められて閉じ込められたこと。
お互い気兼ねなく話せる友人。
今の私とフランソワの関係は、あの時チェシャさんとアルベール様を見た時に憧れた関係に近づいてる気がする。
『レザト様言ってたじゃん? 若い男紹介するってさ。騎士団の中から選ぶんじゃないかな〜。国境騎士団もさ、レザト様を慕って色々な経歴の若い男が集まってるし、子猫ちゃんと相性の合う子もきっと見つかるって!』
そのチャシャさんが言っていた言葉が一瞬、頭を過ぎった。
レザト様がフランソワを私の護衛につけた意味。
もしかして、レザト様は私とフランソワを結婚させようとしているの?
「……もし、もしね。もし、レザト様じゃなくてフランソワが私の婚約者だったら……」
くるりとフランソワへ向き直る。
「フランソワは、私と結婚したいと思う?」
意味のない質問をぶつけてみる。
こんな事、聞いても何も変わるわけじゃない。
フランソワだって返答に困るって分かってるのに。
「……」
フランソワは案の定、歩みを止めて黙りこくってしまった。
何だか、小刻みに震えている。
「フ、フランソワ? どうし……」
「もちろんだッ!」
突然、フランソワが私の前に跪いて、両手で私の手を包み込んだ。
「オレは生涯をかけて、キミを守ると誓う」
「ひゃっ……!」
その言葉と共に、何か冷たくて柔らかいものが私の手に触れた。フランソワの唇だと気づいた瞬間、恥ずかしさで手を引っ込めた。
「も、もしもの話だってば!」
「す、すまない! つい熱くなって……」
「もう、フランソワは冗談でも大げさに演じたがるんだから」
「……ははは、そうだな」
私はフランソワの顔を見ることができず、視線をそらした。
心臓が高鳴っている。私もフランソワのことを、どこかで意識しているのだと気づいた。
そして、それがレザト様の望みなのかもしれない。
……何故か胸が苦しい。何か大切なものが、ぎゅっと握りつぶされそうな感覚。
――レザト様。
縋るように心の中で呟いて、私は再び前を向いた。




