7.再会
夕陽のオレンジ色の光が村の木造の屋根を柔らかく照らしている。
民家の窓からは夕食の準備をしているのか、美味しそうな匂いが漂ってくる。その匂いが空気に満ちる中、レザト様が微笑んで言った。
「村を見ている間にすっかり遅くなってしまいましたね。あなたに色々とお見せしたいと思うあまり、つい欲張りすぎてしまったようで申し訳ありません」
「いえ、そんな! 実際に足を運んでみて、とても勉強になりました。村の皆さんがとても活き活きとされていて……レザト様も領主として慕われているのが実感出来ました」
「俺も改めてレザト様の影響力の凄さを目の当たりにして、感動しました! さすがレザト団長です!」
「ははっ、二人とも私を褒めても何も出ませんよ。さあ、そろそろ屋敷に戻りましょうか」
レザト様、フランソワ、そして私。
三人で踵を返そうとしたその時、目に飛び込んできたのは、あのお馴染みの荷馬車だった。
「あれはオスカーさんの荷馬車……!?」
私の声に反応して、レザト様とフランソワもその方向へ目を向ける。
宿屋の横に停めてある荷馬車。あの形、色、オスカーさんの荷馬車に間違いない。
「オスカーさんとは、以前話していたあなたを領地まで送った行商人の方でしょうか?」
「そうです! まだこの付近にいらしたなんて……」
オスカーさんに花の種のお礼をきちんと伝えたいと思っていたから、また会えるなんて、運がいい。私の心が一気に高鳴る。
そわそわと、はやる気持ちを抑えて、レザト様に声をかける。
「あの、レザト様。宿屋に寄ってもいいですか? オスカーさんにもう一度お礼を言いたくて……」
「もちろん。私もあなたの話を聞いて彼と話をしてみたいと思っていたところです」
「ありがとうございます!」
レザト様の言葉にほっとしながら、私たちは宿屋の扉を開けた。
中はこじんまりとした作りになっていて、いくつかの丸テーブルと椅子が置かれている。
中央には木製の古いカウンターがあって、手前には何かの動物の皮で作ったラグが敷かれている。
そのカウンターに頬杖をついて居眠りをしていたらしい宿屋の主人が、突然の来訪に慌てて顔を上げた。
「いらっしゃいませ……レ、レザト様? 何のご用事でしょうか?」
レザト様の姿に、宿の主人の顔が緊張で引きつるのが分かった。
「あの、この宿にオスカーさんという行商人のお爺さんが泊まっていませんか?」
「お嬢さん、あの爺さんの知り合いですか? 実は彼、怪我をしてしまって今は寝込んでいるんですよ」
「怪我ですか!?」
宿屋の主人に促されて、二階の客室に案内してもらう。
部屋に入ると、オスカーさんがベッドに横たわっていて、足には乱雑に包帯が巻かれていた。苦しそうに顔を歪めているオスカーさんに思わず駆け寄る。
「オスカーさん、どうされたんですか!」
「あんた、どうしてここに……?」
「レザト様と一緒に領地の村を見ていた時に、宿の前でオスカーさんの荷馬車を見つけて……」
「そう、か……」
オスカーさんの呼吸は荒く、明らかに苦しそうだ。
私はすぐに彼のおでこに手を当てた。
「すごい熱……まずはこの熱を何とかしないと!」
その言葉を聞いた瞬間、レザト様がすかさず声を上げた。
「我が騎士団には医療の心得がある者がおります。すぐにこちらへ呼んで診てもらいましょう」
「あんたはレザト様か……領主様にそこまでしてもらう義理は……」
「オスカーさん! 変な意地を張らないで、ちゃんと診てもらってください!」
「……わかった、すまないが頼む」
「ええ、すぐに手配します」
「骨折からくる高熱ですね。解熱はできましたが、元のように歩けるようになるまでには、おそらく二ヶ月ほどかかるでしょう」
騎士団に所属する秘石治癒師、エマさんが、サラサラとした水色の髪をかきあげながら、穏やかな口調で診断結果を伝えた。
「骨は繋げましたが、しっかり融合するまで10日は動かないで下さい。ご年齢も考慮すると、長年の疲労で体も弱っているようですから、この機会にしっかりと療養されることが最良ですね」
エマさんはにこりと微笑み、その笑顔にほっと胸を撫で下ろす。
私はある決意を固め、オスカーさんを見つめた。
「オスカーさん、私に看病をさせてください」
「……結構だ。自分のことは自分でできる」
「でも、体が動かせないんですよ! そんな状態で無理させるわけにはいきません!」
「……」
オスカーさんは、ムスッとした顔をしたまま、黙り込んでしまった。
もう、なんでこんなに頑固なの!?
苛立ちを隠しきれないまま、オスカーさんに再び突っかろうとする私を、レザト様が
やんわりと手で制した。
「オスカー殿、私からもお願いします。ルチカの願い、どうか叶えていただけませんか?」
オスカーさんが、ちらりとレザト様を見る。
「領主様が、そこまで言うなら……」
「ありがとうございます」
少しの間があって、オスカーさんは渋々ながらも了承してくれた。
レザト様はさすが大人の対応で、オスカーさんに感情的になってしまった自分の行動が恥ずかしくなる。
「では今後、村へ看病に行く際はフランソワもできる限り同行させましょう」
「え、お、俺ですか? お任せ下さい、最善を尽くします!」
レザト様の突然の提案に、フランソワが、何故かどぎまぎした様子で答える。
その様子が面白くて、思わず吹き出してしまった私とフランソワの目が合う。
けど、彼はすぐ気まずそうに視線を逸してしまった。
笑っちゃって、悪いことしちゃったかな……。
「オスカーさん、明日また伺いますね。今日はゆっくり休んでくださいね」
「……ああ」
オスカーさんに別れを告げて、私たちは部屋を静かに後にした。
夜空には星々が瞬き、その輝きを背に馬車の灯火が微かに道を照らして進む。乗り物の内側は暖かくて、私の目の前にはエマさんが座っている。
彼女の顔にも灯火が柔らかく映り、その表情を一層優雅に見せている。
エマさんの手袋には、手の甲よりも一回り小さい、透き通った水色の石が埋め込まれていた。その石は彼女の髪色と同じで、何とも言えない美しい輝きを放っていた。
「この秘石が気になりますか?」
私の視線があまりにも露骨だったのか、エマさんが微笑みながら声をかけてきた。
「ご、ごめんなさい、つい見とれてしまって」
「いえ、気にしないでください。この石はピュアリア・アクアリスと呼ばれる秘石で、治癒の力に特化しています」
「治癒の力ですか……オスカーさんを治療していたとき、特に呪文を唱えたりはしていなかったですけど、どうやってその力を引き出しているんですか?」
「人それぞれ、秘石の力の引き出し方は違います。私の場合は、このように秘石に口づけをするのです」
エマさんがそう言って、手袋に嵌められた秘石に優しく口づけをすると、その瞬間、石は青白く美しく光った。
「わあ……」
「本当に人それぞれなんです。魔術師の家系などでは、代々伝わる呪文で力を引き出す方もいます。ご興味があれば、今度秘石に関する本をお貸ししましょうか?」
「ほんとですか! ぜひお願いします!」
「うふふ。勉強熱心な婚約者様ですね、レザト団長」
「ああ、何事も興味を持つことは素晴らしいことだ」
私はその言葉に少し照れくさくなり、顔が赤くなるのを感じた。
エマさんとレザト様の前で、こんなにはしゃいでしまっていいのかと思いつつも、その興味が新しい何かを生む可能性に何だかワクワクした気持ちになる。
アストレラの花を育てること、オスカーさんの看病、そして秘石についての学び。
新しい生活。新しい出来事、毎日が新鮮で充実している。
こんな風に思うことなんて、あの場所ではほとんど感じた事がなかった。
こうやって少しずつ、私の新しい日常が形作られていくのかな……そんな気がした。




