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6.顔の傷、心の傷

「今日はこのシュヴァルツェルト領内をみて周りましょうか」


レザト様のその一言で、私達は馬車に乗って領内を見て回っていた。

広大な領地全てを見るのは無理だけれど、お屋敷周辺なら1日もあれば見て回れる。


今日のメンバーはレザト様、フランソワ、そして私。馬車は驚くほど快適で、オスカーさんには悪いけれど、荷馬車とは比べ物にならない。ゆったりとした椅子に座り、窓から流れる景色に目を奪われる。


湖の水面は澄んでいて、高い場所から流れ落ちる滝の勢いは圧巻だった。その下には、古代遺跡が眠るという伝説がある小高い丘が広がっている。


名所や村々、すべてが新鮮で心躍る。レザト様とフランソワは何も言わないけど、私が子供のように興奮しているのを内心で笑っているのかもしれない。


「せっかくですから、村の中を歩いて周ってみますか」


レザト様の提案で、お屋敷のすぐ近くにある村に行くことになった。

段々とスピードをゆるめる馬車。やがて馬車がゆっくりと停まると、レザト様が手を差し伸べてくれた。

大きくて優しい手。私はその手を取り、馬車から降りた。


目の前に広がるのは、小さな村の風景だった。

子供たちが遊び、大人たちが仕事に勤しむ、平和な一日がそこにあった。


「あっ…!」


子どもたちの中に、可愛らしい獣耳をぴこぴこと忙しく動かしながら遊ぶ子供の姿があった。獣人の子供だ。


「こちらは我が領地の村の一つ、フォレナの村です。私が領主になってからは獣人の移住者も増え、この村に限らず周辺の村にも多く獣人が住んでおります」

「へえ……」


人間の子供と獣人の子供が仲良く遊ぶ姿は、どこか明るい未来を予感させてくれるような風景に見えて微笑ましい。


「あ、レザトさまだっ!!」


何気なく見つめていた獣人の子供が、こちらの気配に気付いたのか顔を向ける。

レザト様の姿を見た途端、ふさふさの茶色いしっぽを思いっきり振るのが見えて、その可愛らしい動きに思わず私も笑みが溢れる。


「レザトさまーー!」

「あら、レザト様だわ。今日は何のご用事かしら?」


獣人の子供の声に、周りの大人たちも作業の手を一旦やめてこちらを見る。


「レザト様~みてみて! これボクが作った葉っぱのまじゅー!」

「おお、よく出来ているな」


獣人の子供を筆頭に、子どもたちがわらわらとレザト様の周りに集まってくる。

レザト様はそんな子供たちに目線を合わせて、屈んで話を聞いてあげている。

レザト様、子供好きなのかな。

その自然な対応に、彼の人柄の良さが感じられた。


「わっ……!」


そんな彼の隣で佇む私の顔を見た獣人の子供が声を上げる。

その声に反応して次々に他の子供たちも私の顔を見て、顔をぎょっとさせた。


「そのお顔の傷、どうしたの……?」


獣人の子供が、恐る恐る私に聞いてくる。

子供の反応は純粋で残酷だ。けれど悪気がないのはわかってる。


「戦争の時に、できた傷なんだ」


私はできるだけ自然な笑顔で答える。この平和な村で「戦争」という重い言葉を口にするのは気が引けるけれど、嘘をつくわけにもいかない。


「まだ痛い?」

「もう痛くないから大丈夫。傷は塞がってるから……」

「こらぁッ、ルゥオ!!」


突然の怒鳴り声に顔を向けると、獣人の子供と同じ茶色の耳としっぽを生やした女性が、慌てた様子で子供に駆け寄ってきた。


「申し訳ありません! うちの子が大変失礼な事を……!」


ペコペコと頭を下げるお母さんに、子供はきょとんとした顔をしている。


「いえ、気にしてませんから」

「本当にすいませんでした! いい、ルゥオ? そんな事聞いちゃ可哀想でしょ!」

「……」


可哀想…か。

他の人から見れば、私は『可哀想な人』に映るのかな。

少しささくれだったモノが、私の心にちくりと棘を指す。

ふと視線を感じて見ると、私を見つめるレザト様と目があった。


「皆、あなたの顔の傷を見て自分の傷を思い出すのでしょう。そんな人々の様々な視線を受けてもなお、あなたは顔を上げ、その傷を受け入れている。だからこそ、あなたは美しいのですね……」


そう言うと彼は私の手を取り、村の人々に向かって声を上げた。


「皆さん、お聞きください! この女性はルチカ、私の婚約者です。彼女は気高く、芯の強い素晴らしい女性です。どうか、温かく迎えてください」


レザト様の堂々とした宣言に、周囲は一瞬の静寂を経てざわめき始めた。

その瞬間、数えきれないほどの視線が私に集中する。緊張と期待が交錯する空気の中、レザト様の手が私の手を優しく握っている。

その手から伝わる温もりが、何だかとても心地よくて。私はその温もりを逃がさないよう、ほんのりと指に力を込めた。


「こんやくしゃって何?」

「レザト様のお嫁さんってことよ」

「お嫁さん!? お姉ちゃん、レザト様のお嫁さんなの~!?」

「う、うん」


その瞬間、子供たちは歓声を上げながら私に駆け寄ってきた。

質問の嵐が私を包む中、レザト様は微笑みながらその様子を見守っている。

その微笑みが、私にとっては何よりも心強い存在であることを、私は深く感じた。

……レザト様、ありがとう。




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