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5.アストレラの花

「今日はどこか機嫌がいいようですね。何か嬉しいことでも?」


朝食後、レザト様が部屋に顔を見せてくれた。彼の質問に、私は内心ソワソワしていたことを見透かされたようで、少し恥ずかしくなった。


「私、そんなに顔がニヤついていますか…!?」


「いえ、ただ何か楽しみにしているような雰囲気がありましたので。昨日はフランソワに屋敷を案内をさせましたが、いかがでしたか? 何か気に障るような事はありませんでしたか?」

「いえ、まったく! フランソワ様には大変よくして頂きました」

「それは良かった」


レザト様はにこりと笑顔を向けると、ゆっくりと室内を歩き始めた。


「フランソワは貴女と年も近い。きっと良き友人として手助けしてくれるでしょう。貴女さえよければ、今後はフランソワを護衛に付けようと思うのですが、如何ですか?」

「フランソワ様ですか? 私は構いませんけど……」


フランソワが私の護衛に? 

彼とは昨日のやり取りで仲良くなれた。彼が護衛なら私も気持ちが楽だけれど、そもそも私に護衛なんて必要なのだろうか。


「では、今後はフランソワを貴女の護衛に付け、出掛ける際は出来る限り同行させましょう。他に、何かお聞きしたいことなどありますか?」

「2つお聞きしてもいいですかッ!?」


思いがけず大きな声になってしまって、レザト様が驚いたように目を見開いてこちらを見る。


「…ええ、なんでしょう?」

「まずレザト様の趣味を教えて下さい!」

「わ、私の趣味ですか……?」


私の言葉が意外だったのか、レザト様はさらに瞳を見開いてこちらを見ている。

突然、こんな事を聞いて変に思ってるかもしれない。

でも、今度はいつレザト様に聞けるか分からないし……。


レザト様は顎に手を当て、少し考え込むような素振りをした後、答えてくれた。


「私の趣味ですか……今まで考えた事もありませんでした。そうですね、強いて言うなら日々の鍛錬でしょうか」

「日々の鍛錬……」


日々の鍛錬というと、体を鍛えたり剣術の練習とかだろうか。

……駄目だ、とてもじゃないけど私が一緒に出来る趣味じゃない。


「そうですか……」

「私の趣味が、どうかされましたか?」


レザト様がどこか心配そうに覗き込んでくる。

こんな事でレザト様に心配を掛けさせるなんて、私は一体何をしてるんだろう。


「いえ、その……実は私も趣味がなくて、参考までにレザト様のご趣味をお聞きしたいなと思って!」

「なるほど。ここは辺境ですし王都のような娯楽もありませんから、趣味がないと時間を持て余してしまうかもしれませんね」


どこか納得した様子でレザト様が答える。

レザト様と仲良くなりたい。

本当はそんな理由だけど、正直に打ち明けるのは恥ずかしかった。

私たちは仮の婚約者。

あえて仲良くなる必要はないかもしれない。だけどその度に思い出す。


『まずは自分自身を知ることだ……そのためには他人を知る必要がある。その繋がりがきっと、あんたの求める結果に繋がると俺は思う』


あの日オスカーさんが言っていた言葉が私の原動力になる。


私は少し緊張しながら、手の中に握っていた小さな袋を取り出した。その袋の中には、オスカーさんからもらった花の種が入っている。


「レザト様、実は私、これを育てたいと思っています」


袋をそっとテーブルの上に置き、レザト様の反応を伺った。彼の視線が袋に移ると、私の心臓が高鳴るのを感じた。


「これは…種ですか?」


レザト様の声には興味と驚きが混ざっているようだった。


「2つ目にお聞きしたかった事は、このアストレラという花の種を育てる許可を頂きたくて」

「アストレラ……!?」

「ご存知なんですか?」


レザト様のひどく動揺した声に驚く。

アストレラの花は、何か危険な植物だったのだろうか。

でもオスカーさんがそんな花の種を渡すとは思えないし……。


「アストレラの花は、あなたのお母様がお好きな花ですよ」

「お母様がッ?」

「ええ、当時の屋敷にこの花の花畑があり、よく親子で過ごしてらっしゃるのをお見掛けしましたね」

「へえ……」


お母様が好きだった花……。

その花の種が今手元にある事が、偶然というよりも何だか運命的なものに感じてしまう。


「……この花は私にとっても、思い入れの強いものです。私の故郷である獣人の森の村では、このアストレラは薬効のあるハーブとして重宝されていました。実は私も幼い頃にこの花を育てたことがあるのですよ。希少な花なのですが……一体これをどこで?」

「ここまで送ってもらった行商人のオスカーさんから餞別に頂きました」

「そうですか、餞別に……その方はよほど、あなたの事を気に入ってたのでしょうね。アストレラは星屑の庭で育ったという伝説がある花で、開花したものは仄かな光を放つため、上級貴族たちの間で観賞用として、とても人気があるものですから」

「そんな貴重なものだったんですか……」


オスカーさんは花の種だとしか言ってなかったけど、こんな貴重で高価なものを私にプレゼントしてくれていたなんて……。

今度あった時に、もっときちんとお礼を言わなくちゃ。


「良ければ、これから行ってみますか? 花畑のあった場所へ」


じっとテーブルの上のアストレラの種を見ていた私に、レザト様が声を掛ける。

彼の提案に思わず顔を上げてまじまじと彼を見る。


「い、いいんですか? レザト様もお忙しいんじゃ……」

「なに、ほんの散歩程度の距離です。その花を育てるなら、あの場所が一番うってつけですから。さ、行きましょう」




朝の爽やかな空気が、屋敷の裏に広がる森の中でさらに澄み渡っていた。レザト様が私を連れてきたこの場所は、木々が少し間を開けて、空が見えるような場所だった。


「今はこの通り、雑草に覆われた場所ですが、昔はこの辺り一面、アストレラの花が咲いていました。夕方になるにつれ仄かに灯る花の明かりが、遠目から見るとまるで星のようで……ああ、懐かしいですね」


レザト様が目を細めて、雑草ばかりの地面を眺めている。

レザト様が思い返している光景の中には、幼い頃の私やお母様、お父様の姿もあるのかもしれない。今は思い出せないその記憶。私も思い出せる時がいつか来るのだろうか。


「アストレラが発芽するには、森の精気が満ちた場所でなければいけません。さらに蕾をつけるには、日光と月光、両方の明かりを満遍なく浴びる必要があります。それさえ守れば、開花は容易いでしょう」


レザト様の説明に、私は頷きながら聞いていた。


「なるほど……分かりました! まずは雑草を抜く作業からですか?」

「そうですね。後は発芽しやすいように土を耕して柔らかくして……うーむ」


レザト様は少し考え込むような素振りをして黙り込む。


「この場所を一人で作業するには少々骨が折れるでしょう。騎士団の者を手伝わせましょうか? 早速、フランソワでも……」

「やだ! レザト様以外の人には知られたくないです!」

「そ、そうですか……」


レザト様が目を丸くする様子にハッと我に返る。

……私、今なんて言ったの?

考えるよりも先に言葉が出るなんて初めてで、自分で言った言葉の幼稚さに唖然とする。


「あの、その……折角なら、騎士団の人たちには花が開花するまで秘密にしておきたいです! その方が皆さん、びっくりするでしょ?」


苦し紛れに言い訳する私を見て、レザト様がふっと笑顔になる。


「ふふ、私達だけの秘密の花園というわけですか。素敵な考えですね。私も暇を見つけて、ここの様子を見に来ます。この場所に星の明かりが満ちる瞬間を、私も楽しみにしております」

「……はいッ!」


私達だけの秘密の花園。何だか特別なその響きに、うっとりしてしまう。

レザト様とはいつか離れる時が来る。

けれどこの花園での思い出は、きっと私の心の中でいつまでも輝き続けてくれる。

……そう願って。


秘密の花園ってなんかエッチな響きですよね。

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