4.贖罪 <レザト>
普段は何の変哲もない扉。だが今日は違う。この扉が異常に重く感じるのは、その向こうにルチカがいるからだ。
彼女との対面が私の胸を高鳴らせると同時に、重く沈む感覚をもたらす。何を話すべきか、どう彼女に接すればいいのか、不安と期待が交錯する。
我ながら情けない。扉の前で一人自嘲する。彼女を婚約者として迎える決心をしたその時に、全て覚悟していたはずなのに。
昨日のことを思い出す。ルチカが婚約者であると騎士団の者たちに告げたときの驚きと祝福、そして一部の落胆の混じった様子。
予想通りだった。騎士団長である私が突然、一回り以上も年の離れた娘を婚約者だと宣言したのだから、団員たちの動揺は免れない。
しかし、多くの者はこの婚姻を祝福してくれた。
根掘り葉掘りと団員から聞かれはしたが、彼女が私の婚約者である以外の情報は明かす事はない。
全ての者に対して事情を公にすれば、ルチカ自身の安全や、彼女が王都から逃れてきた事情が広く知られることで、新たなトラブルを引き寄せる可能性もある。
もし何か聞かれたら、父親と私との古い約束で私の元に来たとだけ答えるようにと、彼女にも徹底するよう伝えてある。
信頼の置ける一部の者にだけ真実を伝え、それ以外の者には彼女が私の婚約者であるとだけ伝えるのが、彼女を守る上で最善の選択なのだ。
……ああ、ついまた考え込んでしまった。
いつまで私は扉の前で立ち尽くすのだろうか。意を決して扉をノックする。
中から「どうぞ」と可憐な声が聞こえてきた。
「失礼します」
「レザト様!」
扉を開けた途端、ぱっと花開いたような笑顔でルチカが私を迎える。
自然と私も笑顔になる。
「おはようございます。昨日は大変でしたね。団員やメイドたちからも質問責めにされているところを見ましたよ」
「ふふ、私への関心よりも、レザト様がそれだけ皆の心の中心にいる事の現れだと思います」
「いやいや、皆娯楽に飢えていますからね。こういった色恋の話は格好の暇つぶしのネタなのでしょう」
冗談を交えながら、さり気なく彼女の様子を観察してみる。
血色もよく、昨日よりも緊張はほぐれているようだ。
「今日は騎士団の訓練所へ行ってみませんか。昨日は慌ただしくて館内の案内もろくに出来ませんでしたから。私も午前中は時間がありますのでゆっくりとご案内出来るかと」
「レザト様と……!? ぜひ、お願いします!」
嬉しそうなルチカの様子に、何やらむず痒い気持ちになる。
私の誘いに嬉しそうに応じる彼女のまっすぐな瞳は、私の事を信頼してくれる証なのだろうか。
まだ2日しか経っていないにも関わらず、私に対して彼女は素直な反応を示してくれる。
あの頃と遜色のない澄んだ瞳で。
「では、参りましょうか」
気付けば私は彼女から無意識に視線を外していた。彼女の澄んだ瞳が私の心に突き刺さる。あの頃と変わらない純粋な輝きが、私の感情を揺さぶる。
その感情を握り潰すように、私は拳に力を込めた。
「キミッ……いや、あなたはレザト団長の婚約者の……!」
「ルチカです。またお会いしましたね」
訓練所に着くと、ルチカを見て驚いた様子のフランソワと出くわした。彼の顔は、赤く燃える髪色のように、驚きで真っ赤だった。
「先日は、まさか本当に婚約者だと思わず大変失礼なことをッ…! 誠に申し訳ありません!」
「い、いえ! あの状況では私の事を信じられないのは当然です! 騎士様は立派にお仕事をされただけですから!」
フランソワは勇猛果敢で騎士たるにふさわしい気質を兼ね備えた男だが、若さゆえか少々粗雑な面も目立つ。大方、にべもなく屋敷に訪れたルチカを追い払おうとしたのだろう。
「二人とも知り合いだったのだな。ルチカ、彼はフランソワ。我が騎士団の若手の中でも実力に秀でた期待の星です」
「レ、レザト団長! そのようなお褒めの言葉、オレには勿体ないです!」
「はは、謙遜するな。フランソワ。ルチカに改めて挨拶を」
「ハッ! オレはフランソワ・ルイ・ド・ヴィルヌーヴと申します! レザト団長のような高潔で強い騎士になるため、日々訓練しております!」
「フランソワ様はとても力強い方ですね。何だか見ているだけで私も元気を貰えそうです」
「ありがとうございます!」
フランソワとルチカが楽しげに話すのを見守る。
仮にルチカが結婚するとしたら、フランソワのような若者が適当だろう。
年も近く、家柄も申し分ない。
その時、ふとチェシャの言葉を思い出した。
『レザト様~騎士団の若い子とくっつけたいならさあ、さりげなくデートさせるしかないですよ! デ! エ! ト! 子猫ちゃんの幸せな結婚を思うなら、お互いの気持ちをまずは育まないと!」
「……」
チェシャの言う通り、ただ結婚したからといってそれがルチカの幸せに繋がるとは限らない。やはり少なからず、お互い思いあった相手との婚姻でなければ上手くゆかないだろう。
そのための機会をこの私が作ってやらねばなるまい。
「……申し訳ありません。少し急用を思い出しました。フランソワ。今日1日、私に代わってルチカにこの周辺を案内してやってくれ。それがお前の本日の任務だ」
「え……?」
「オ、オレがですか?」
二人とも、驚いた様子で私を見る。
ルチカがどこか悲しげに感じるのは私の自惚れだろうか。
「それでは、失礼します。フランソワ、頼んだぞ」
「ハッ! かしこまりました!!」
フランソワにルチカを任せ、足早にその場を離れる。
背後で聞こえる彼らの笑い声が、心の奥底で何かを引きずるような感覚を私に残しながら。




