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3、ジョシュアの受難 <ジョシュア>

今回はジョシュア君回になります。

何やら、今日は機嫌が悪そう(いつもか)ですが……。

クソが。


「あの~ジョシュア様……」


クソが、クソが、クソが、クソが、クソがッ!!!


「ひえっ……」


苛立ちに任せて蹴りつけた木箱の一部が削れて、木くずが宙を舞う。

広い倉庫に、蹴りつけた音が鈍く反響する。

いつもなら何かと文句を言ってくるあいつの声はない。

その事実が余計に俺の苛立ちを掻き立てた。


「ああ~、木箱が……」

「荒れてるわねぇ、ぼっちゃん……無理もないわ。あんな別れ方したんですもの」


聞こえてるぞ、下衆どもめ。

やけに耳が冴えるせいか、レナとトビアスの言葉が嫌でも耳に入ってくる。

これ以上無視を決め込むのも、却って面倒だ。仕方なく二人に視線を向ける。


「おい、俺に何か用があるならとっとと話せ。無駄話をするのがお前らの仕事か?」


俺の言葉に、二人は顔を見合わせたかと思うと、おずおずとレナが話しだした。


「坊っちゃん、ルチカが抜けた分、新しく人を雇って頂けないかと……」

「人? あいつの代わりなんていくらでもいるだろ。適当にそこら辺のヤツを見繕えばいい。そこのアホ面みたいにな」


レナの肩越しにこちらの様子を伺うトビアスに視線を投げる。

そういえば倉庫長にもこの間、同じ事を聞かれて似たような返事をしたような気がする。

まったく、いちいち俺にお伺いを立てなければ何も出来ない無能共はほんとに世話が焼ける。


「ルチカみたいに、読み書きも出来て計算も速い子となると中々見つからないんですよ。あの子は倉庫の商品も全て把握してましたし、商人ギルドや納品先の人とも上手くやり取りしてくれて交渉も出来る子でしたから」


レナが嫌味ったらしく溜息を吐く。


「ほんとは代わりなんていないんです。あの子の代わりなんて……子供の頃から10年もここで働いてたんですよ? 誰よりもここの仕事をわかってるのはルチカだったんです。なのに……」


途中、自分でも口走ったことの無意味さに気付いたのか、レナは言い淀むと一呼吸置いてまた話しだした。


「……とにかく、ルチカくらいの仕事が出来る人となるとローレンス家から直々の口利きでもないと見つかりませんって」

「……ふん。いなくなった後まで面倒を掛けるヤツだな。仕方ない。俺が商人ギルドに声を掛けといてやる」


短く吐き捨てて、俺は踵を返した。

『代わりなんていない』そう言ったレナの言葉が耳に残る。

……俺だって、内心ではわかっている。あいつの代わりなんて見つからないことは。

ここは、ローレンス家に居場所のないあいつが、必死でしがみついた唯一の場所だ。

俺はそれをずっと側で見ていたのだから。


「ルチカさん、今頃どうしてるんですかね~。レザト様でしったけ? 英雄さまのお嫁さんなんてスゴイですよね。ノーマン総裁の時はルチカさんがどうなっちゃうかドキドキしちゃいましたけど、レザト様なら安心ですね!」


俺の気も知らないで、トビアスのアホが呑気に喋るのを苦々しく見る。


「でも、なんでレザト様はルチカさんと婚約したんですかね? ノーマン総裁もですけど、彼女と婚約する理由がイマイチ謎なんですよね〜。ジョシュア様は婚約の理由は聞いてないんですか?」

「トビアス、ちょっと……!」

「レナさんも気になりません? だって二人とも、たかだか若いだけの娘と婚約するメリットなんてないじゃないですか~。しかもノーマン総裁から奪い取る形で婚約なんかしたら、絶対恨まれそうですし。あ、もしかしてルチカさん自身じゃなくて、何か別に……」

「おい」


トビアスの言葉を制した俺を見て、レナが慌てた様子で止めに入ってきた。


「トビアス、それくらいにしなさい! ジョシュア様、申し訳ありません。トビアスは好奇心旺盛で思ってる事をそのまま言ってしまう癖があるんですが決して悪気があるワケではなくて……ッ!」

「そんなに、あいつが婚約した本当の理由が知りたいか?」

「へ、へえ? まあ、純粋な疑問として気になりますけど……」


俺に怒鳴られると思ったのか、両手で頭を抱え込んでいたトビアスが間抜けな声を上げて、こちらを見上げた。


「奇遇だな、俺もだ。トビアス、ついてこい。特別に俺の雑用として使ってやる」

「ええ~~ッ!? ジョシュア様のですかぁ? でも僕、倉庫の仕事が……」

「日当は倍だ」

「はい、よろこんで!」

「ちょ、ちょっと二人ともどこに行くの!?」

「レナ、トビアスを借りるぞ」


トビアスが子供が新しいおもちゃを手に入れたかのような目で俺を見つめている。鬱陶しいが、顎で出口の方向を示す。こんなヤツでもいれば少しは役に立つだろう。


「ま、待って下さい! こう見えてもトビアスは読み書きができるし、物覚えも良いんです。彼がいないと仕事が……」

「追加の人員は考えておくから安心しろ。じゃあな」

「レナさ~ん! 後で差し入れ持っていきますね~!」


慌てるレナを後にして、出口へと進む。


ずっと疑問に思っていたこと。

だが、あの日から考えないようにしていた自分がいた。

不覚にもトビアスの言葉により、心の奥の疑問が再び浮かび上がる。


ノーマン総裁とシュヴァルツェルト卿。

なぜ、あの二人はあいつを競うように求めたのか。

ノーマン総裁は、シュヴァルツェルト卿との婚約が決まっても、ローレンス家に何も言わない。逆に、それが恐ろしい。


トビアスの言うように、あいつにあの二人が求めるほどの価値はないはず。

俺たちが知らない何か……秘密があるはずだ。

二人が求める婚約の真の理由を知れば、母上も婚約を破棄してでもローレンス家に留め置くはず。

これはローレンス家のためなのだ。

俺の手で、あいつを取り戻す。



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