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2.受け入れられた心、語られない秘密

扉が静かに閉められても、私はレザト様が出ていった扉を見つめていた。

心臓がまだドキドキしている。体の奥から湧き上がってくる、ワクワクと胸踊るような感覚。こんな気持ちになったのはいつぶりくらいだろう?


『あなたの居場所です』


レザト様の言葉が私の心に響く。

こんな風に私の事を受け入れてくれる人がいるなんて夢にも思わなかった。


ずっと不安で堪らなくて。

でもこれが運命だと諦めて、このシュヴァルツェルト領に来たのに。

レザト様は、今までの不安も絶望もかき消して、私の心に希望を灯してくれた。

温かい……とても温かい人。

お父様の親友と言っていたけれど、親友の娘のためにここまで身を挺して助けてくれるなんて、なんて義理堅い人なんだろう。


でも最後……レザト様が私に向けた笑顔。

優しく微笑む彼の琥珀色の瞳が、どこか悲しげに見えたのはなぜなの?

初対面のレザト様の笑顔を、わずかに見ただけで、何故そんな風に感じたのだろう。


……何だか心の奥がチリチリと燃えるような感覚がする。

レザト様に受け入れられた安心感と、なぜか意味もなく湧き上がる不安感。

色々な感情がごちゃまぜになった妙な感覚が私の心を支配している。


「子猫ちゃん、レザト様良い人っしょ? 良かったね、もう将来安泰じゃ~ん!」


チェシャさんがとびっきり明るい声で私に話しかける。

黙ったままの私に気を使ってくれたのかもしれない。


「チェシャさん……えっと、ジェイラさん?」

「もー、その名前で呼ばないでってば! ジェイラは昔の名前! 今はチェシャで通してるから、子猫ちゃんも今までどーり、チェシャって呼んでね♪」

「わ、わかりました」


昔の名前? 

よく分からないけど、ジェイラという名前はチャシャさんにとってはあまり触れて欲しくない話題みたいだから、気にしないでおこう。


「あの…チェシャさんは、レザト様と親しげにしていたけど、どういう関係なんですか?」


一番気になっていた疑問を彼女に尋ねてみる。チェシャさんとレザト様。

二人とも同じ獣人だけど、それが何か関係してるのだろうか。


「あーえっとね、レザト様と騎士団にはちょっと借りがあってさ~。このあたしのお力を貸してあげてるってワケ。王都の動向とかを辺境のこの領地へいち早く伝える重要なお役目をね!」

「なるほど……もしかしてノーマン総裁との事をレザト様に伝えたのって……」

「ほらほら、そんな事よりさ! レザト様も言ってたけど、まずはここでの暮らしを楽しんじゃお!」


私が言い終わるのを待たず、チェシャさんが言葉を被せてくる。

私にこれ以上探られたくないような雰囲気を感じて、チェシャさんの勢いに押されたまま、彼女の話を聞くしかなかった。


「あたしもまだ2~3日はここにいるから、あたしと一緒に領地を見て回ってもいいし、レザト様と見回ってもいいしー…いや、ここは騎士団の若い子に案内と称してデートしちゃうのもアリじゃない?」


「デ、デート??」


チェシャさんの口から飛び出た単語に、思わず聞き返す。


「レザト様言ってたじゃん? 若い男紹介するってさ。騎士団の中から選ぶんじゃないかな〜。国境騎士団もさ、レザト様を慕って色々な経歴の若い男が集まってるし、子猫ちゃんと相性の合う子もきっと見つかるって!」

「そ、そうですかね……?」


レザト様との婚約が仮初のものだと分かった今、騎士様の中から新しく婚約者を見つけろだなんて、今は考えたくないのが正直なところだ。

チェシャさんは何だか得意げに続ける。


「何ならあたしがよさそーな男、何人か見繕ってあげよっか!?」

「ジェイラ! はしたない物言いは止めなさい。ルチカ様、こいつの言う事はどうかお気になさらず」


チャシャさんをたしなめるように、アルベール様が私達の間に入り込んできた。


「あー、アルベールのお兄さんはオススメしないかな~。クソ真面目で融通が効かないし家柄も弱小貴族で兄弟も多いし、何より剣の事でしか興奮出来ない性癖のヤバ……」

「ジ・ェ・イ・ラ〜!!」

「ぎにゃー! あたしはただ子猫ちゃんに男の良し悪しについて教えてあげよーと……」


チェシャさんのお耳をつまみ上げるアルベールさんとそれを痛がるチャシャさんの様子は、じゃれ合っているようなのどかな雰囲気があって、思わず笑みが溢れる。


「ふふふっ! お二人とも仲が良いんですね」


私の言葉に一瞬、二人は顔を見合わせた後、ぱっと視線を反らした。


「……教育的指導というやつです。こいつが昔、我々の騎士団に拾われた際、レザト団長から直々に私が教育係を仰せつかり指導してきました。ですので、こいつを見るとつい、その礼儀のなっていない性格を矯正したくなるのです」

「そんな事言ってさ〜。その礼儀のなってないチェシャちゃんの方がレザト様に重宝されてるから嫉妬しちゃってるんじゃないの~? はあ、器の小さい男からの嫌がらせにも耐えるチェシャちゃんってほんと健気よね……」

「……このように軽薄な言動が目立つヤツですが、ルチカ様にとっては馴染みのある友人ということですので、私も指導は控えるように致します」

「い、いえ! 遠慮なんてしないで普段のお二人を見せてくれた方が私は嬉しいです」

「ルチカ様はお優しい方ですね。それに比べてこいつと来たら、自分の身勝手さを恥もせず、つけ上がるばかりで…」

「はあぁ? あんたの好み押し付けないでくんない? 大体、あんただってさあ!……」


私を置いて再び言い合いになる二人に、どこか羨ましい気持ちを覚える。

……いいなあ、信頼しあってる関係ってこういうのを言うのかな。

お互いが思っている事を何の気兼ねもなくぶつけられる関係。

私も誰かとこんな関係を築けたら良かったのに。

その時、ふと思い浮かべたのはジョシュアの顔だった。


そういえば、ジョシュアは元気にしてるだろうか。

家業で忙しいジョシュアの事だ。

私の事なんてすっかり忘れて、仕事に没頭してるかもしれない。


ジョシュアは皮肉屋で、いつも偉そうに振る舞っていた。けれど、仕事に対する熱意は本物だったと思う。

その熱意は、おそらく、奥様に認められたいという強い願望から来ていたのだろう。


結局、私たちは心を通わせることは叶わなかった。

私がもっとジョシュアに寄り添っていたら……なんて思う自分がいる一方で、そんな事を彼が望むはずがないとも思ってしまう。


私は、窓越しの空に視線を向け、流れ行く雲をぼんやりと眺めた。

時間は雲のように流れて、過去から未来へと絶えず移り変わる。

見上げた空の雲は、過去への後悔をなぞりながら静かに流れていった。

 

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