表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/138

エピローグ

未来を見つめる三人のお話です。



★それぞれの道 <レザト>


私は書斎の机に肘をつき、数十ページにおよぶ紙の束に目を通す。窓の外では夕暮れの陽が庭木の影を長く伸ばし、静かに時が流れていた。


机の上には、王都へ送る報告書の最終稿が置かれていた。エドウィンが三日三晩かけて仕上げた、芸術的な「事実の編集」だ。


 「……まったく、抜け目のない男だ」


思わず口に出た独白に、私は小さく笑う。


この報告書には、霧害の発生源とされた地下施設の存在、暴走した秘石装置の記録、そして商人ノーマンの暴走と責任が明記されている。

だが、肝心の名前が――一つも出てこない。


ルチカの名はおろか、彼女の使用した力、オーラム・マギカとの共鳴といった“要となる真実”は、全て曖昧な表現で隠蔽されていた。


《被験者ノーマンは、地下にて何らかの秘石共鳴を引き起こし、自身の精神を著しく損耗した。異常動作を起こした防衛機構により、対象は中枢機能と共に封鎖され、結果的に“封印の安定化”が確認された》


《現地の治安回復にあたったレザト領主の応急対応により、周辺住民および騎士団員の被害は最小限に抑えられたものと記す》


──美しい。だが、美しすぎる。

この文章の裏側には、幾人もの命の重みと、語られなかった犠牲が眠っている。


「……こんなにも器用に、真実を隠せるとはな。まるで手品だ」


そう言って、私は報告書を閉じた。

否、これは手品ではない。

守るための“虚構”だ。王国という巨大な器を壊さぬために必要な、“選択された真実”。


机の引き出しを開ける。

そこには、もう一つの報告書があった。表紙に私の手で『真実の記録・非公開』と記されている。

この中には、すべてが書かれている。

ルチカのランシャル族の血統。

オーラム・マギカとの共鳴。

私の肉体の若返りと、誓いの力。

そして、シェザハが去り際に残した不吉な言葉――「君たちの可能性が楽しみだ」

いつか、この真実を明かす日が来るかもしれない。だが今は、まだその時ではない。

私は『真実の記録』を引き出しに戻し、鍵をかける。

そして、エドウィンの報告書に署名を始めた。


『上記報告内容に相違なきことを証明する

シュヴァルツェルト領主 レザト・フォン・シュヴァルツェルト』


ペンを置いた時、扉がノックされた。

開いた扉から現れたのは、家令として新たに任を引き受けた老人──ゲイル・シルバーフォージだった。

背筋を伸ばし、かつての騎士団の気風をそのまま残したような佇まい。だがその手に抱えられた小箱を見て、私はすぐに察した。


「……緑の髪の獣人の男が、届けに来たのか?」

「左様です。手渡すなり風のように消え失せまして。せっかちな男ですな」


私は立ち上がり、見事な細工が施された木製の小箱を受け取る。

軽いが、ずしりと重みがある。これは贈り物ではない。約束だ。

蓋を開ける前に、添えられた紙片を手に取る。ざらついた手触りの羊皮紙に、独特のくせ字が踊っていた。


『約束の品、完成しました。

お二人の門出に相応しいものを作ったつもりです。

末永くお幸せに。──カイ』


「……ふ」


自然と口元が綻ぶ。彼にしては随分と素直な文面だ。

だが、この数行に、あの男なりの精一杯の祝福が詰まっているのだろう。


「ルチカは?」


私は箱を閉じながら問いかける。


「アストレラの花畑に。水やりをされておりました。……あの場所は、思い出の地なのですね」

「そうだな」


私はうなずき、小箱を胸に抱えたまま歩き出す。


「ゲイル、報告書を王都へ送ってくれ」

「承知いたしました」


執務室を出る際、振り返ってゲイルを見る。

老家令は、静かに頭を下げた。


「行ってらっしゃいませ、レザト様」


その言葉に、かつてとは違う温かさが込められていた。


廊下を歩きながら、私は窓の外を見る。

平和な領地の風景が広がっている。報告書には書かれなかった真実。

それを抱えて生きていくのも、領主の務めだ。

だが今は、そんな重荷も忘れて、愛する人のもとへ向かおう。



★それぞれの道 <ルチカ>


白い花びらが、夕陽を受けて金色に輝き始めていた。

私は膝をついて、一輪一輪丁寧に枯れた葉を取り除いていく。この花畑は、レザト様と初めて心を通わせた場所。

私にとって、何よりも大切な場所だ。


風が吹き、花びらが舞い上がる。

まるで、あの精神世界で見た金色の光のように。


「お母様、お父様...」


私は空を見上げる。


ゲイルさんから聞いた両親の話が、朧げだった記憶を鮮明にしてくれた。


『ヨハン様は、それは優しい方でした。獣人にも分け隔てなく接し、領民からも慕われていた』

『テレサ様も立派な方でした。正義感が強く、弱い者を守ることを何より大切にされていた』


そんな両親が、10年前のあの夜、命を落とした。私を守るために。

花を手に取り、その柔らかな感触を確かめる。

傷だらけの頬に、花びらが優しく触れた。


「ルチカ」


振り返ると、レザト様が立っていた。

夕陽を背に、木製の小箱を両手で大切そうに持っている。


「レザト様...お仕事は?」

「一段落つきました。それより、これを」


レザト様が近づいてくる。その表情には、普段見せない緊張が浮かんでいた。


「それは?」

「カイに依頼していた品です。一緒に、開けていただけませんか」


彼は私の隣にしゃがみ、小箱を膝に載せた。

そっと蓋を開ける。中には、対になる二つの指輪が静かに収められていた。


――息を呑む。

一つは白水晶に銀の細工。花を模した、繊細で美しいデザイン。

もう一つは闇を閉じ込めたような深い黒い石に金の紋様。

力強く、それでいて気品のある輝き。


「これは、貴女を縛るための指輪ではありません。貴女と共に、隣に立つための指輪です。ミストランザで、貴女の『誓い』が私を救ってくれた。今度は私が、貴女に改めて誓います」


レザト様が静かに目を伏せる。

瞼がゆっくりと上がり、再び視線が交わる。

琥珀色の瞳が夕日に混ざって、静かに揺らぐ。


「ルチカ。私は貴女の剣となり盾となり、どんな時も共に在ると…貴女に誓います」


私は静かにうなずいた。

言葉はいらなかった。瞳から溢れる涙が、何よりの私からの答えだったから。


指が震えないように、そっと黒い指輪を取り出し、レザト様の薬指に嵌めた。

彼もまた、私の左手をそっと取って、指輪を差し込む。


――小さく、金色の光が瞬いたような気がした。


しばらく、二人で花の海を眺める。

どちらからともなく、言葉が重なった。


「共に守りましょう、この地と――」

「その未来を」


風が、アストレラの花々を揺らす。

その香りが、私たちの間をやさしく満たしていく。


過去に囚われることなく。

未来に怯えることなく。

ただ、隣にいるこの人と歩いていくために――。


私は、指に嵌った誓いの輪をそっと撫でた。



★それぞれの道 <ジョシュア>


狭い室内に、書類と帳簿と生活用品が雑多に散らばっている。

リタクロスのはずれにある小さな店舗――それが今の「自由の翼商会」の全貌だった。

椅子の背もたれに全体重を預けながら、ため息をひとつ。


ふと机の上の封筒に目をやる。

結婚式の招待状。

差出人は、レザトとルチカ。


――心の奥をくすぐる感情はまだ消化しきれない。だが、不思議と胸を焼くような痛みはなかった。むしろ、あの二人が笑い合っている姿が目に浮かぶようだ。


「……ふっ」


思わず漏れたのは、乾いた笑みではなく、確かな祝福の響きを持った、穏やかな息遣いだった。

今の俺なら、あいつらに祝福の言葉の一つくらいは、素直に言ってやれるだろう。


俺は椅子から立ち上がり、窓の外の陽射しを見上げた。

そうだ、俺は――風のように生きるんだ。


「ジョシュア様!」


突然、扉が勢いよく開いた。振り返る間もなく、何かが俺に激突する。


「おふッッ⁉」

「やっと見つけました!」


抱きついてきたのは、白に近い金髪の少女。

見開いた瞳は濃い紫色で、泉のように涙が湧き出ていた。


「ク、クラリッサ⁉ なんでここに⁉」

「探しました! リタクロス中、探しました!」


彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

鼻水まで出ている。貴族令嬢がしていい顔じゃないだろ……。


「わ、わたくし...」


クラリッサが顔を上げる。カッと見開かれた目に、なぜか背筋が寒くなる。


「ジョシュア様のこと、諦めません!」

「は?」

「遊学の許可をお父様から貰いました! しばらくこの街に留まります!」

「はああ⁉」

「もっと、もっとジョシュア様のことが知りたいのです!」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、それでも真剣に俺を見つめる。


「お、落ち着け! とりあえず鼻をかめ!」


俺が手巾を差し出した時、また扉が開いた。


「よう、商会を作ったって聞いたから、冷やかしに来たぜ」


アレンだ。あの筋骨隆々の秘石工匠。

その後ろには、黒いドレスの痩せた女性。クラリッサと同じ白に近い金の髪が浮き立つように揺れている。エリザベスまで来たのか⁉ まずい、この状況は……。


「...おお? 女泣かせてんのかぁ?」


アレンが状況を見て、にやりと笑う。気だるそうな目でこちらに目線をやったエリザベスの目が大きく見開かれた。


「クラリッサ⁉ なぜあなたがここに...」

「おば様⁉」


エリザベスの表情が変わる。

そして、泣いている姪の顔を見て、ゆっくりと俺の方へ振り向いた。


「あんた...」


殺気だ。明確な殺気が、痩せた体から溢れ出ている。


「何したの?」

「何もしてねぇ!」

「嘘ね」


エリザベスが一歩前に出る。


「クラリッサを泣かせた。殺すわ」

「だから何もしていない! むしろ被害者は俺だ!」

「おお、面白れぇ」


アレンが腕を組んで笑っている。


「また、エリザベスの本気が見れるな」

「笑ってないで助けろ!」

「やだね。面白いから」

「おば様、違うんです!」


クラリッサが慌てて間に入る。


「私が一方的に...その...ジョシュア様に...」


頬を赤らめ、もじもじする。


「好きだって、言いに来たんです」


場が、一瞬静まり返る。

そして、エリザベスが深いため息をついた。


「...クラリッサ、あなたって子は」

「ごめんなさい、おば様。でも私、本気なんです」


エリザベスとアレンが顔を見合わせる。そして、二人同時に俺を見た。


「まあ、頑張れ」

「おい⁉」


エリザベスが不敵に笑う。


「今回だけは許してあげる。でもまた泣かせたら、今度こそ殺すから」

「だから、俺は何も...」

「ジョシュア様!」


クラリッサが俺の腕にしがみつく。


「わたくし、頑張りますから! ジョシュア様のお仕事、お手伝いしますから!」

「いや、お前、貴族令嬢だろ⁉ 商売なんて...」

「勉強します! なんでもします!」


必死な瞳。涙は止まったが、頬はまだ赤い。


「ところでよぉ」


俺とクラリッサがもみ合ってる横で、アレンがきょろきょろ店内を見回す。


「きったねぇ店だな」

「うるせぇ! 出てけ!」


面白がるアレン。殺気立つエリザベス。子ザルのように縋りつくクラリッサ。

なんで…なんで俺の周りには、こうもアクの強い女ばっか集まるんだよ!!!!


「帰れッ! 全員帰れええええッッ!」


俺の絶叫は、活気に満ちたリタクロスの空へと、虚しく吸い込まれていった。



―end―


これにて、このタイトルでの物語は完結となります。

音声作品から始まり、なろうでの連載の二年間半、無事に完走出来てよかったです。

最後までお付き合い頂いた方、本当にありがとうございます。

また別のお話でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ