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1.仮初めの婚約者 <レザト>

今回はレザト視点です。

「私は、あなたを妻に迎えるつもりはありません」


はっきりとルチカに明言する。

私の言葉に彼女は明らかに顔色が曇ってゆき、その瞳には濃い動揺が見て取れた。

当然の反応だろう。

私から婚約の申し出をしておきながら、こんな事を言い出されれば誰とて困惑する。


ローレンス家の女主人、アデリーヌがよこした書状は思っていた以上に身勝手な内容だった。ルチカに関する事はたった数行のみ。

私の婚約の申し込みに対する了承の返事と、形式張った彼女への労いの言葉。

他、数ページに渡って綴られていたのは、私がルチカの婚約を勝ち取るためのエサとして出した魔獣の毛皮の優先取引の件と、領地内での新規事業に関する件についてだった。


さらにルチカを領地まで行商人の荷馬車に乗せて向かわせるとは、彼女があの家でどのような扱いを受けていたかよく分かる。


……本当に不憫な娘だ。

数日前までの生活が一変し、たった一人で見知らぬ男のもとへと向かう不安は計り知れなかっただろう。そんな彼女の心をこれ以上傷つけるようなことは避けたい。

しかし、ここで明確な境界線を引くために言葉にしなければならない。

……私自身の心のためにも。


「突然、こんな事を言い出して困惑させてしまい申し訳ありません。この婚約はルチカ。あなたをあの悪徳商人のノーマン、そしてローレンス家から守るための仮の婚約なのです」

「仮の婚約……ですか?」


彼女の純真な瞳が驚きとともに私を見つめる。


「ええ。いくらノーマンといえど領主である私と婚約してしまえば、手は出せません。私と婚約すればローレンス家からも離れることができます。あなたを守るにはこの方法が最善だと判断したのです」


私の説明にルチカはどこか納得のいかない顔をしている。肝心な部分を説明していない事に彼女も気付いてるのだろう。


「レザト様は、なぜ私の事をそんなにご存知なんですか……?」


不安げな彼女の顔に、ぐっと気持ちを抑える。


「どうして、私のためにそこまでして頂けるんですか? 私は、レザト様の事を何も知らなくて……私がレザト様にできる事なんて何もないのに……」


彼女の声は泣きそうなくらい切なく、その声色に心の葛藤が聞こえてくるようだった。

しかし、今はまだ、全てを明かす時ではない。

彼女に伝えるべき事は、私の真心だけだ。


「あなたのお父様と私はかつて親友でした。彼らは失ってしまいましたが、その娘であるあなただけでも幸せになって欲しい。それが私の願いです。どうか私に恩返しをさせてくれませんか?」

「レザト様……」

「もちろん、仮の婚約のままあなたを縛り付けるような真似は致しません。そうですね……ほとぼりが冷めたら私のような年寄りでなく、家柄も性格も申し分ない、あなたにふさわしい若者を婚約者として紹介します」

「でも……」

「ここは、あなたが生まれ育った場所。あなたの居場所です。婚約などといった堅苦しい事は置いておいて、まずは故郷での暮らしを楽しんでみてはどうでしょうか。私も、ここにいる者も皆、あなたの味方です」

「私の、居場所……」


彼女の頬が紅潮し、その中から何か強い意志のようなものが感じられる。私の話が彼女の心に少しでも響いてくれているのだろうか。今はこれでいい、まずはこの場所が彼女にとって安全な場所だと感じてもらうことが何より重要だ。

全てはその後だ。


「それでは、私はこれから領主としての仕事が控えておりますので、失礼します。何か困った事があればお付きのメイドにお伝え下さい。チェシャやアルベールにも何かお聞きしたい事があれば遠慮なくご質問下さい。それでは、また明日」


部屋から出る直前、チェシャとアルベールに目配せをする。

彼らなら私に代わって彼女の不安をある程度取り除いてくれるだろう。

特にチェシャはルチカが王都にいた頃からの友人だ。

女性同士なら気兼ねなく話せることもあるだろう。

ルチカを見守り、彼女と交流すること。

ただそれだけのために、チェシャを数年前から商人に扮して王都へ向かわせていたのだから。


「あ、あのレザト様!」


部屋を出る直前、ルチカに声を掛けられ、思わず足を止める。


「どうしました?」

「また明日……お会い出来るのを楽しみにしています!」

「……はい、私もです。では、また」


なるべく平静を装って彼女へ笑みを向ける。

彼女のこぼれるような笑顔に、胸が締め付けられるような苦しさを覚えながら。



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