12.光の攻防戦
レザト様の手が私の肩に触れた瞬間、体の中で何かが目覚めたように感じた。
レザト様の困った表情が胸に刺さる。
レザト様が悩んでいる。
レザト様が苦しんでる。
あなたのために私が出来ることは―――。
この混乱を収めるのは、レザト様の責任じゃない。
ノーマンの策略によって引き起こされた悲劇なのに、なぜレザト様が苦しまなければならないの?
彼の肩にのしかかる重荷を、少しでも軽くしたい。私にはそれができるかもしれない。
「私には...見えます」
自分でも不思議なことに、ギルド塔の頂上に据えられた赤いランプが、単なる光の源ではなく、もっと深い何かに見えた。
まるで生きているかのように鼓動を打ち、街中に張り巡らされた赤いランプとの間に見えない糸を張っている。その糸は赤い血管のようで、魔獣たちの動きと共鳴している。
「あの光の...正体が...」
言葉を紡ぎながら、私は自分の声が遠くから聞こえるように感じた。体は壁の上に立っているのに、意識はまるで別の場所に引き寄せられている。
赤いランプの内側に、何か異質なものが混ざっているのが見える。秘石から放たれるはずの純粋な光ではなく、捻じれた、濁った何かが混入している。
それが魔獣を引き寄せる原因なの……?
「汚れてる……」
私の言葉に、レザト様が身を乗り出した。
「何が見えている?」
その声は遠く、水の底から聞こえるようだった。私は意識を集中させ、見えているものを言葉にしようとする。
「秘石がひどく濁っていて……本来の力が...違う方向に流れています」
そこで気づいた。この感覚は初めてではない。
レザト様の傷を癒した時も、同じような感覚があった。まるで、体の中にある何かが外の世界と共鳴するような……。
「私なら、あの秘石に対抗できるかもしれません。レザト様のために...みんなのために...」
そう言った瞬間、体の中の温かさが一気に高まり、視界が金色に染まった。壁も、レザト様も、すべてが遠ざかり、私はまるで光の流れに身を委ねるように感じた。
そして意識は、ギルド塔の頂上へと引き寄せられていった。
ランプの中の秘石が見える。その中には無数の感情が渦巻いている。
怒り、恐れ、憎しみ...それらの感情が結晶化し、石の輝きを濁らせている。誰かが意図的にこの秘石を汚したんだ。
私は心の中で語りかけようとしたけれど、秘石からは歪んだ思いが返ってくるだけ。それは声にならない叫びのようで、理性や言葉を受け付けない。
直感的に理解した。言葉は思いになって、そして呪いと化してしまったのだと。
そうなったら最後。もう―――壊すしかない。
決意を固めた瞬間、体の中から金色の波が押し寄せ、私の体を通り抜けていくのを感じた。それはまるで、私が何かの導管になったかのようだった。
遠くで何かが砕ける音が聞こえる。それは小さな音から始まり、次第に大きくなっていった。
ギルド塔の頂上にある赤いランプに、亀裂が走る。その亀裂は次第に広がり、秘石の内部から金色の光が漏れ出していく。
そして——
轟音と共に、ランプが爆発した。
夜空に無数の破片が舞い上がり、燃え盛る流星のように商業中心地区に降り注いだ。
ギルド塔を囲む傭兵たちは突然の爆発に混乱し、頭上から降ってくる破片を避けようと右往左往している。
「何が...起きてる...の」
声を絞り出すが、意識が遠のいていく。
膝から力が抜け、倒れそうになる瞬間、レザト様の腕が私を支えた。
「ルチカ!」
その声が、遠くから近づいてくる。意識が現実に引き戻される感覚。
「大丈夫ですか?」
レザト様の心配そうな表情が目に入る。私は弱々しく頷いた。
「はい...ただ、少し...疲れて...」
壁から商業中心地区を見下ろすと、驚くべき光景が広がっていた。ギルド塔の頂上からは赤い光が消え、代わりに一瞬だけ金色の光が広がった後、完全に消えた。
落下する破片の中には、まだ微かに赤く光るものもあったが、それらはやがて消えていった。
赤い血管のような繋がりが断ち切られたことで魔獣たちは混乱したのか、その場から去っていった。
「ランプが……壊れた」
私の声は細く震えていたが、胸に暖かな達成感が広がっていた。
私の力で、レザト様の重荷を少しでも軽くできたことに、静かな喜びを感じる。
下では、ノーマンの傭兵たちが落下する破片から身を守りながら、混乱の最中にあった。塔の頂上にあった巨大ランプの破片が彼らの頭上に降り注ぎ、混乱が広がっている。
私とレザト様は目を合わせた。私たちは二人とも、何が起きたのか分かっている。でも、私は小さく微笑んで言った。
「塔の工事が雑だったのでしょうか……あんな風に壊れるなんて」
レザト様の目に理解の色が宿り、彼もまた同じように演じることにしたようだ。
「ああ……突貫工事だったからな。品質が悪かったのでしょう」
彼の口調に皮肉な笑みを感じた。
壁の上から見下ろすと、下では混乱の収束に向かう人々の姿が見える。
その中で、エマさんが赤いランプの破片を拾い集め、慎重に布に包んでいるのが目に留まった。彼女は一瞬だけ上を見上げ、私たちに気づくと小さく頷いただけだった。
証拠を集めているのだと、私たちは黙って理解した。
夜風が壁の上を吹き抜け、私の髪を揺らした。力を使い果たした後の虚脱感で、まだわずかに体が震えている。そんな私の肩に、レザト様の温かな手が置かれた。
「大丈夫か?」
心配そうな目で見つめるレザト様に、弱々しく頷く私。すると彼は周囲を一瞥してから、ためらいがちに私を引き寄せた。
硬い胸板に頬を預けると、彼の鼓動が伝わってくる。彼の体温が、夜の冷気から私を守るように包み込む。レザト様の腕の中は、いつだって安全で温かい。
ここは、私の場所。
「……ありがとう、ルチカ」
彼の甘く低い声。私だけに響く声。




