2. 花の香りに誘われて
通りに出ると、夕暮れの風が優しく頬を撫でた。
まるで誰かの温かい手のようで、心が少し和らぐ。
華やかな人々が行き交う祭りの通りを、私はゆっくりと歩いていった。色とりどりの着物や衣装を身にまとった人々が、楽しげに笑い合いながら流れていく。その中で、私はどこか浮いているような気がして。
通りを満たす人々の幸福があまりにも眩しい。その光が胸の奥を甘く苦しく締めつける。ここにいていいのだろうか。この祭りに私の居場所はあるのだろうか。
何気なく視線を巡らせると、小さな石鹸屋の屋台が目に映った。
心がそちらへ惹かれる。誘われるように足がその店へ向かった。
木箱に整然と並ぶ石鹸から漂う香りが、忘れかけていた記憶をそっと呼び覚ます。
柔らかな紫と白が混じりあった、小さな石鹸。
「あ……」
それを手に取った瞬間、忘れていた記憶が鮮やかによみがえってきた。
幼かった私が初めて受け取った贈り物。ジョシュアが無造作に差し出したその手のひらに、思いがけない優しさが隠されていた。周りの誰もが私を避ける中、彼だけが見せてくれた優しさ。
「ほら、やるよ」
そっけない言葉の奥に潜む彼の瞳は、小さな光を湛えていた。他の誰もが見向きもしなかった私に向けられた、その特別な表情が、長い時間を経ても私の心に残っている。
「……変わらない、な」
小さく呟き、そっとその石鹸を買い求めて店を離れた。
手の中にある小さな温もりと香りが、静かに胸に沁み込んでいく。
小路の角を曲がり、人波の喧騒から離れた静かな路地へと入った、その瞬間だった。
背後に微かな気配を感じて振り返る。
そして、私は息をのんだ。
そこに立っていたのは、記憶の中の人。
ジョシュア。
予期せぬ再会に時間が止まり、世界が息をひそめたように静まった。
まっすぐに見つめてくる彼の瞳に囚われ、言葉は喉の奥で震えたまま出てこない。祭りの灯りが彼の金の髪を照らし、その姿は昔より大人びて見えるけれど、あの頃と変わらない何かがそこにあった。
ただ二人の視線が静かに絡まり、長い一瞬が私たちを包み込んだ。
胸の鼓動だけがやけに大きく響く。
どんな言葉も口にはできず、私はただ、小さな微笑みをそっと彼に向けた。
胸の奥に、どこか切ない痛みを感じながら。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は、ルチカとジョシュアの“過去と今”がそっと重なる回でした。
言葉よりも先に響いたのは、かつての記憶が繋いだ視線と香り。
この再会が、彼らにどんな感情の波を呼び起こすのか。次回もお楽しみに!




