1.シュヴァルツェルト領 その②
旅も四日目。
ちらほらと道も整備されたものになってきて、道の途中で見掛ける村の規模も大きくなってきた。
「あれがシュヴァルツェルト領主の屋敷だ」
オスカーさんが指差す先を見れば、大きなお屋敷が見えてきた。
遠目にみても、ローレンス家のお屋敷よりも大きいのは一目瞭然だった。
屋敷の周りには他にもいくつか建物が並んでいる。
何の施設か分からないけれど、灯台のような細長くて高い建物もあった。
騎士団長でもあるレザト様のことだから、騎士団の施設なのかもしれない。
やがて馬車は、お屋敷の門の近くに止まった。
「ほら、ついたぞ」
オスカーさんに促されて、私は御者席から降りた。
荷馬車の中からトランクを取り出す。
ローレンス家には私の私物と言えるものは少なく、全てがこの小さなトランクに収まる程度だった。
「オスカーさん、あの……」
何となく別れの言葉を言えず、ただオスカーさんを見つめる。
ここで私の旅は終わる。
これからはレザト様の婚約者、そして妻としての役割を一番に果たさないといけない。
「……」
最後の瞬間が近づいている。私がただの私でいられる最後の時が。
オスカーさんに別れの言葉を言ってしまえば、そこから何もかもが変わってしまうような、そんなはっきりした線が私の前に引かれているような気分だった。
「そんな顔をするな。ここへも定期的に行商に来ている。また会うこともあるだろう」
何も言わない私を気遣うように、オスカーさんは優しい言葉を掛けてくれる。
私は、ただ黙って頷いた。
「手を出せ」
オスカーさんはそう言うと、何やらポケットをごそごそと探った後、私の手に一つの包みを置いた。
「これは……?」
「アストレラという花の種だ。何かを育てるのは暇つぶしにちょうどいい。俺からの餞別だ」
「あ、ありがとうございます。どんなお花になるか楽しみに育てますね」
私のためにこんなものを用意してくれていたなんて。
私はオスカーさんに何も返せるものがないのに……彼の優しさに胸がぎゅっといっぱいになる。
「……元気でな」
オスカーさんが馬の手綱を引き、馬車はゆっくりと動き出した。
私とオスカーさん、二人の距離はゆっくりと広がっていく。
深呼吸をして、心を落ち着ける。
短いけれど楽しかったオスカーさんとの旅を思い出す。
私に大事な事を教えてくれたオスカーさん。
このまま彼に何も言わないまま別れていいの?
……いいわけない。
最後に、希望を込めて声を絞り出す。
「オスカーさん、またね!!」
オスカーさんの背中に向けて叫んだ。その声に応えてか、オスカーさんが手を振るのが見えた。
「……よし!」
馬車が視界から消えると、私は勇気を振り絞り、シュヴァルツェルト家の屋敷へと一歩踏み出した。
今回は少し短めです。




