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1.私の居場所

<第一章> 


1.私の居場所


それは、眩い黄金色の夢だった。


周囲を彩る一面の黄金色はまるで太陽のように反射して溢れ出し、その中で小さな私は、その美しさに心を躍らせていた。

微笑むお父様とお母様が、その姿を優しく愛おしそうに見つめている。


「さあ、これを口に入れてみて」


お父様の握りしめていた手がゆっくりと開かれ、私の目の前に現れたのは、まるで星のように金色に煌めく飴だった。


その飴はとても美味しそうで、私は喜んでそれを口に放り込む。

途端、その飴は意思があるかのように私の喉奥に進むのに驚いて思わずゴクンと飲み込んでしまう。


その様子を確認した両親は、温かな笑顔を浮かべて私に言った。


『どうか忘れないでおくれ。お父様とお母様との大切な約束だよ』


ーー行かないで!



輝く光の中、両親がぼんやりと揺らめき出し、私は必死にその手を伸ばす。

けれど彼らは光の粒子になり、ゆっくりと溶けていって……。




「……はぁ」


柔らかな朝の光が窓から差し込み、私の瞳を優しく撫でる。

夢の中で見た煌めきとは対照的に、小さな窓が一つしかないこの屋根裏部屋は朝を迎えたと言うのに、薄明かりに包まれたままだ。

 

「忘れないで……かぁ」 


そう呟いた言葉は、朝の光を浴びて舞うほこりと共に、空気中に溶けていく。


貴族だった私の両親は、10年前に起きた戦争で命を落とした。その時、私もその場にいたらしい。けれど両親の最期を見届けた記憶はどこか遠くへ消えてしまい、二十歳の今でもその瞬間を思い出すことはできない。


それはきっと、幼い心にとってあまりにも重すぎる思い出だったのだろう。

その証拠に、その時の"名残"は、今も私の顔に刻まれている。


私はベットから起き上がると、身支度を整えるため姿見の前に立った。

乱れた髪を梳かしながら鏡に映るその“名残”を見つめる。


顔の左上から右頬にかけて、深く刻まれた三本の傷が斜めに私の顔を走っている。まるで獣に引き裂かれたようだと、私の顔を見た人々は口を揃えて言う。


可哀想に。痛かったでしょう?


その同情と、時折嘲笑を交えた言葉には、すでに慣れてしまっている。それどころか同情の言葉を掛けてくれる人々ほど、私の傷を見せびらかし、それを話題にしたがる。


だから、私はもうこの傷を隠すことはしない。それに、両親との曖昧な記憶をつなぐ糸となるこの傷は、私にとっては思い出の一部だから。


思い出……。

時折見る懐かしい夢。

約束したことは覚えているのに、その内容が何だったのか思い出せない。

それがずっと心の奥底で引っかかっている。


もしかしたら、この夢自体は私が作り出した妄想なのかもしれない。

だって、光り輝く金色の世界なんて、現実には到底存在し得ないもの。


でも、それでも構わない。

二人が私に向けていたあの温かい眼差しだけは、間違いなく本物だと思うから。


私は愛されていた。

その記憶があるだけで……それだけで十分だ。


「……よし!」 


身支度を済ませて、パンッと顔を叩いて気合を入れる。

感傷に浸ってる暇なんてない。早く私の一日を始めなくちゃ。


私は一歩一歩確かな足取りで屋根裏部屋の階段を降りた。



◇◇◇



朝の空気は清々しく、メイドたちが館を駆け巡り、日々の仕事に励んでいた。大きな窓から差し込む朝日は鮮やかにテーブルクロスを照らし、その白さを一層引き立てている。


「相変わらず辛気臭い顔ねえ。朝食が不味くなるわ」


目の前に座るローレンス家の女主人、アデリーヌ奥様の声が響く。その声は部屋を包み込み、目が眩むような朝日と同じくらい強烈な存在感を放っていた。


彼女は高身長で、綺麗な銀髪を高く結い上げていた。その深い青色の瞳は朝日の眩しさに細められ、気だるげに朝食の野菜スープをスプーンでかき混ぜる長い指には、品の良いアクセサリーが輝いていた。そして、その身を包む衣服は一目で高級品と分かる豪華なもので、その完璧な姿からは一切の隙が感じられなかった。


彼女の視線は、朝日への不快感と私自身への嫌悪に満ちていた。

私は、彼女に対して肯定も否定も含まない曖昧な微笑みを返す。


「まったく、この子ってば器量もなければ愛想もないんだから。いつになったらこの家から出てってくれるのかしらねぇ」


私の沈黙に再び目を細めて、奥様は深々と溜息をついた。

私が、後見人である遠縁のローレンス家にお世話になってからの10年間、朝食の時間は常に彼女の皮肉たっぷりの言葉を聞く時間でもあった。


この家に来た当初、私への扱いはまだそれなりに良かった。

けれど、いつの間にか冷たく遠ざけられ、ローレンス家の居室ではなく、長い間使用されずに放置されていた屋根裏部屋で過ごすようになった。


昔、彼女が旦那様に『アテが外れた』と言っていた言葉が蘇る。

それはたまたま二人の会話を盗み聞きした、ひんやりと冷たい夜のことだった。


彼らが後見人になったのは、私が持つ遺産を狙ってのことだったらしい。

ローレンス家は子爵の爵位を持っているけれど、領地は持っていない。

レヴァナス王国の首都で商人として生活している彼らは、私の両親が亡くなり彼らが治めていた領地が私に相続されると見越していた。

でも、領主のいない領地は王国に接収され、今では他の人が領主となっている。


そうなれば、私を育てる理由はもはやない。

とは言え後見人を名乗り出た以上、私を放棄するわけにもいかない。

考えた末、彼らが私に課した役割は、商売の労働力として使役することだった。


その事実を耳にした夜、夜の冷たさを遥かに上回る寒々しい感情が私の身体中を駆け巡って、眠ることすらできなかったのを覚えている。


それからというもの、私は10歳の時から今日まで港のローレンス商会の倉庫で雑務をこなし日々を過ごしている。


「まことに、奥様の深いご苦労は測り知れないほどですわ。私、涙が止まらなくて…!」


焼きたてのパンを奥様へと運びながら、エプロンの裾で涙をぬぐう真似を、エリナという奥様付きのメイドが大袈裟に演じている。


「子供の頃からローレンス家のご厚意に甘えてきたにも関わらず、二十歳を過ぎてもその恩を返せず、ただの穀潰しなんて……私が同じ状況なら、罪の意識で食事などまるで飲み込めませんわ」


硬くなったパンを野菜スープに浸して柔らかくして口に運ぶ私の様子を、エリナは得意げな顔でニヤニヤと見つめている。


「その通りよ、エリナ。この子、貴族としての教養もないし、社交界に出すのは考えられないわよね? おまけに"この顔"では、まともな縁談なんて望めないでしょうし……困ったわねえ」

「……」


貴族としての教育から遠ざけて育ててきたのは他ならないローレンス家の人たちなのに、この人達は平気で自分のしてきた事は棚に上げて私を貶すのだから閉口してしまう。


私だってこの家を抜け出し、自分の力で生きていきたいと心から願っている。

何度も何度も、そう願ったことだろう。


実際、港で雑用として働くことで、商人ギルドの人達と知り合いになり、彼らから働き口の声が掛かったこともあった。


住む場所も、商人ギルドの宿舎で手伝いをしながら暮らすことができると知った時、私は飛び上がって喜んだ。


だけど……貴族の娘を商人ギルドで住み込みで働かせるなんてとんでもないとローレンス家から反対され、私の自由への道は絶たれてしまった。


やっていることはローレンス家だって同じなのに…!!

その不条理さに、私は一晩泣き続けた。


そしてその翌日、私はやっと理解した。

ああ、この人達は私を生かさず殺さず飼い続けたいんだ。私を憂さ晴らしの人形として死ぬまで閉じ込めておくつもりなのだと。


気がつけば、私は無意識に唇を強く噛みしめていた。心に蓋をしていた感情が溢れ出そうになっている。


「あらあら、そんな顔をしないで。私は慈悲深いの。あなたがどこへ行っても使えない無能な存在だとしても、私が最後までしっかりと面倒を見てあげるから安心してちょうだい」


隠しきれない感情が表に出てしまったのを奥様は目ざとく察知して、甘い毒を盛った労いの言葉を投げかける。


感情的になってはダメ。

彼女たちは私が反抗したり、泣き出すことを期待しているのだから。


こんな時、私は港から見える大好きな景色を心に描く。

夕日に染まる静かな海、その海面にキラキラと反射する夕日の光を。


心を落ち着かせながら、私は薄い笑みを作って答える。


「……ありがとうございます。奥様の寛大な心に感謝します」


しばらくは毎日投稿でお送りします。

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