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三国志

三国志・廖化伝~果敢忠烈の闘将~

作者: 霧夜シオン

はじめに:この一連の三国志声劇台本は、

     故・横山光輝先生著 三国志

     故・吉川英治先生著 三国志

     北方健三先生著 三国志

     王欣汰先生著 蒼天航路

     Wikipedia

     各種解説動画

     正史・三国志

     羅貫中著 三国志演義

     の三国志系小説・マンガや各種ゲーム等に加え、

     【作者の想像】

     を加えた台本となっています。

     またこの作品でこのキャラが喋っていた台詞を他のキャラが

     喋っているという事も多々あります。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て変換表示できない)場合、誠に遺憾ながらカタカナ表記と

     させていただいております。

     また、役の性別転換は基本的に禁止とさせていただきます。

     名前のない武将たち(例:〇〇軍部将や〇〇軍兵士など)

     が性別不問なのは、過去の歴史においていないわけではない

     、いたかもしれない、という考えに基づくものです。


     ある程度ルビは振っておりますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラに同じのが登場しても打っていない場合

     がありますので、注意してください。


     上演の際はしっかり漢字チェックを行い、

     【決してお金の絡まない上演方法】でお願いいたします。


     長くなりましたが、以上の点をご理解いただけた上で

     演じてみたい、と思われた方はぜひやってみていただけれ

     ばと思います。 


三国志・廖化りょうか伝~果敢忠烈かかんちゅうれつの闘将~


作者:霧夜シオン


所要時間:約90分


必要演者数:最低8人、最大10人

      (8:0)

      (8:1)

      (7:2)

      (9:1)

      (8:2)


はじめに:この一連の三国志声劇台本は、

     故・横山光輝先生著 三国志

     故・吉川英治先生著 三国志

     北方健三先生著 三国志

     王欣汰先生著 蒼天航路

     Wikipedia

     各種解説動画

     正史・三国志

     羅貫中著 三国志演義

     の三国志系小説・マンガや各種ゲーム等に加え、

     【作者の想像】

     を加えた台本となっています。

     またこの作品でこのキャラが喋っていた台詞を他のキャラが

     喋っているという事も多々あります。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て変換表示できない)場合、誠に遺憾ながらカタカナ表記と

     させていただいております。

     また、役の性別転換は基本的に禁止とさせていただきます。

     名前のない武将たち(例:〇〇軍部将や〇〇軍兵士など)

     が性別不問なのは、過去の歴史においていないわけではない

     、いたかもしれない、という考えに基づくものです。


     ある程度ルビは振っておりますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラに同じのが登場しても打っていない場合

     がありますので、注意してください。


     上演の際はしっかり漢字チェックを行い、

     【決してお金の絡まない上演方法】でお願いいたします。


     長くなりましたが、以上の点をご理解いただけた上で

     演じてみたい、と思われた方はぜひやってみていただけれ

     ばと思います。 



●登場人物


廖化りょうか・♂:あざな元倹げんけん

     初め廖淳りょうじゅん(惇とも書かれる)で晩年に廖化りょうかと改名。(当台本は

     廖化で統一します)

     荊州襄陽郡中廬県けいしゅうじょうようぐんちゅうろけんの人。初登場は関羽かんう荊州けいしゅう統治時で、元黄巾もとこうきん

     ぞくの過去は、演義のみの設定。(当台本では採用しています)

     生年不明だがしょく滅亡後死去している為、かなり長命だったと

     見られている。忠実で果断激烈、堅実な戦いぶりを諸葛亮しょかつりょうらに

     評価され、最終的には車騎しゃき将軍にまで出世している。

     「蜀中無大将、廖化作先鋒(蜀中に大将無し、廖化を先鋒とな

     す。)」

     「前に王平おうへい句扶こうふあり、あと張翼ちょうよく廖化りょうかあり」

     相反する二つの評価を史書から与えられている人物。

     ※作中、廖化は段々年老いていきます。その点に注意ください

     。


関羽かんう・♂:あざな雲長うんちょう

     酒に酔ったようなあから顔と腹まで届く見事な顎鬚あごひげを持ち、重さ

     八十二斤の青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを軽々と操る智勇兼備ちゆうけんびの名将。

     軍神とうたわれ、信義に厚く目下には慈悲深いが、同輩や目上を

     軽んじる傲慢ごうまんな一面も持つ。死後、関帝聖君かんていせいくんとしてまつられる。


廖化りょうかの母・♀:名やあざなは伝わっていない。

       廖化りょうかの年老いた母。

       荊州けいしゅうが陥落し関羽かんうが死んだ際、息子の廖化りょうかは呉の孫権そんけん

       一時降伏する。だが間もなく共に呉から脱出し、途上関羽

       の報復戦の為侵攻してきた劉備りゅうびと出会い、保護される。


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     漢の中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんを自称。乱れた世を正す為、義兄弟

     の関羽かんう張飛ちょうひと共に乱世を駆ける。

     蜀漢しょくかん帝国初代皇帝。


諸葛亮しょかつりょう・♂:あざな孔明こうめい

      蜀漢しょくかん帝国の丞相じょうしょう。道号は臥龍がりゅう

      謀略家と言うよりは政治家としての側面が強い。

      年々人材が失われていくしょくにおいて、全ての面で非凡な活躍

      を見せる。


姜維きょうい・♂:あざな伯約はくやく

     天水てんすい麒麟児きりんじうたわれる俊英しゅんえい

     もとはの将だったが、諸葛亮しょかつりょうの計にかかり、しょくに降伏。

     以来彼に師事、その遺志を受け継いで北伐ほくばつを繰り返し、国力を

     疲弊させてしまう。


杜遠とえん・♂:字は伝わっていない。

     正史では関羽かんう千里行に廖化りょうかは登場しないため、そもそも創作の

     人物だと思われる。本作では採用しているため登場している。

     劉備りゅうびの夫人達をさらってくるが廖化りょうかの怒りを買い、刺し殺され

     てしまう。


王双おうそう・♂:あざな子全しぜん

     隴西狄道ろうせいてきどうの生まれ。

     身のたけ七尺(約180cm)目は黄色く、腰は熊のごとく、

     背は虎のごとくという身体的特徴を持つ。

     武勇に優れ、中でも流星槌りゅうせいついという鉄球の付いた鎖分銅くさりふんどうのような

     暗器を得意とし、敵の不意を突いて投げつける。

     ただし、挑発に乗りやすく、短慮な面がある。


司馬懿しばい・♂:あざな仲達ちゅうたつ

      司馬しば八達はったつの次男。

      諸葛亮しょかつりょうにおいて恐れる唯一の人物。その才略は計り知れ

      ず、演義では諸葛亮しょかつりょうに叶わない立ち位置で描かれるが、

      本来軍事の才においては諸葛亮以上である。

      後に子孫が魏を乗っ取り、蜀・呉をも併呑してしんを建国。


鍾会しょうかい・♂:あざな子季しき

     幼い時から賢く、早熟で十五にして周りを驚かせていたとある

     。司馬懿しばいの息子の司馬師しばし司馬昭しばしょうの片腕として活躍する。

     蜀平定後、降伏した姜維きょういに野心をくすぐられて反乱を起こすが

     失敗、姜維きょういともども殺されてしまう。


しょく軍部将・♂♀不問:様々な場面で登場します。


軍武将・♂♀不問:様々な場面で登場します。


従者・♂♀不問:関羽千里行時の関羽の部下。


賊兵・♂♀不問:関羽千里行時の廖化の部下。


ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。


※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いし

 ます。


※配役例+総セリフ数

●ナレ男性版(8:1or7:2)

廖化(148):

関羽(31)・蜀軍部将(14):

廖化母(21):

劉備(19)・勅使(6):

諸葛亮(28)・従者(1):

姜維(40)・杜遠(10):

王双(9)・魏軍部将(7):

司馬懿(8)・鍾会(7)・賊兵(2):

ナレ(27):


●ナレ女性版(7:1)

廖化(148):

関羽(31)・蜀軍部将(14):

廖化母(21)・ナレ(27):

劉備(19)・勅使(6):

諸葛亮(28)・従者(1):

姜維(40)・杜遠(10):

王双(9)・魏軍部将(7):

司馬懿(8)・鍾会(7)・賊兵(2):


―――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:人材の枯渇こかつ示唆しさする、ひどく不名誉な言葉。

   国をにな重鎮じゅうちんである事を示す、ほまれある言葉。

   双方を与えられた人物が、古代中国の三国時代、しょくの国にいた。


   名を廖化りょうかあざな元倹げんけんという。


   後漢ごかん末期、張角ちょうかく率いる黄巾党こうきんとうが大規模な農民反乱を起こす。

   世に言う、黄巾こうきんの乱である。

   しかしその勢いはわずか一年も経たずに下火したびとなり、廖化りょうかの属する

   部隊も官軍かんぐんに追い立てられていた。

   そこで彼は、己の一生を決定づけるほどの鮮烈な出会いを果たす。 


廖化:ちくしょう…張角ちょうかく様に従ってりゃ、世の中が新しくなると思って

   反乱に参加したのによ…!

   !うッ、あ、あれは!?


関羽:ぬぅうんッ!!

   どけェェェい賊徒ぞくとども!

   張角ちょうかく兄弟はすでに死んだ!

   無駄に命を捨てず故郷に帰り、畑をたがやすが良い!


廖化:な、なんだありゃあ…。

   あんな馬鹿でかい青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを枯れ枝みてえに振り回してやがる…!


関羽:もはやなんじらの追い求めた黄天こうてんの世は実現せぬ! はあッ!!

   めない夢は無いのだ!!


廖化:あの人相…あから顔に腹まで届くひげ……。

   一度見たら絶対忘れねえ、まるで昔聞いたの神様みてえだ…!


関羽:剣を捨て、ほこを折り、再びくわを持てェい!

   まだ夢の中にいるのなら、この関羽雲長かんううんちょうが叩き起こしてくれる!

   りゃあああッッ!!


廖化:…関羽かんう、あのお方は関羽かんうというのか…。

   時代を変えていくのはああいうお人なのかもしれねえ。


   【二拍】


   とにかくよ、おめぇらも一目ひとめ見りゃ、絶対に忘れられねえ。

   あの時の関羽かんう様は、本当に神か何かかと思ったもんよ。


賊兵:おかしら関羽かんう様の話となると、時が経つのも忘れて語っちまいますから

   ねぇ。


廖化:そりゃあそうさ。

   今はこんな山賊で、その日暮らししちゃいるけどよ。


   いつか…あの方の家臣になりてえんだ。


ナレ:黄巾こうきんの乱が終息しゅうそくしてしばらく後、廖化りょうか黄巾党こうきんとう時代の仲間を率い、

   山賊稼業さんぞくかぎょうに手を染めていた。

   当初の志を忘れたわけではなかったが、日々食べていく為、

   慕ってくれる仲間の為に、足を洗うに洗えずにいた。

   だがそんな彼の日常を壊すかのような出来事が起きる。


杜遠:おう廖化りょうか、いま戻ったぜぇ!


廖化:ずいぶんと遅かったじゃねえか杜遠とえん

   ? やけに上機嫌だな。

   何か、でかい獲物でも手に入ったのか?


杜遠:へへへ…聞いて驚け!

   貴人きじん奥方おくがた様を引っさらって来たぜ!


廖化:なにっ、貴人きじん


杜遠:おうよ。

   どこへ行く途中だったか知らねえが、たった二十人ばかしのお供で

   この乱世を旅しようってのが、あめぇ考えだぜ。


廖化:素性すじょうは聞いたのか?


杜遠:んなもん聞いてなんになるってんだよ。


廖化:まあ、な…。

   【つぶやくように】

   だが、妙に気になる…。


   【二拍】


   ちとたずねてえ。

   何やらわけありに見えるが、いずこのお方で?


従者:【警戒している】

   …されば、左将軍宜城亭侯さしょうぐんぎじょうていこう予州よしゅうぼくを兼ねておられるみかど皇叔こうしゅく

   劉備玄徳りゅうびげんとく様の奥方様方おくがたさまがたである。


廖化:ッな、り、劉備りゅうび様の!?


   おいッ、杜遠とえん


杜遠:なんだ、いきなり大声を出すなよ。


廖化:何てことしやがったんだ!

   劉備りゅうび様と言えば信義に厚く、民百姓に慕われているお方だぞ!

   その奥方おくがた様をさらってくるなんて、どういうつもりだ!

   すぐに元の街道へお戻ししなきゃならねえ!


杜遠:はァ?

   劉備りゅうびだか何だか知らねえが、ろくに護衛もつけずにこんなとこを

   うろつかせてるのが悪いんだ。

   それよりもよ、ちらっと見たんだが中々の上玉じょうだまだぜ。

   ちょうど二人いるし、俺とおめえで分けりにしようや。


廖化:なっ、バカな事を言うんじゃねえ!


杜遠:バカな事だァ?

   俺たちゃ山賊だぞ!

   奪いてえもんを奪い、食いてえもんを好きな時に喰い、

   きてえ女を襲って犯す!

   それの何が悪いってんだ!


廖化:それじゃけだものと何も変わらねえぞ!

   黄巾党こうきんとうにいた時の、俺と世の中を変えようって誓い合ったてめえ

   はどこいったんだ!


杜遠:はッ、俺ァ気づいたんだよ!

   どんだけお高くとまって、ご大層たいそうな事ぬかして、いきがったとこ

   で、俺らみてえな土民どみんが世の中変えるなんてのは、夢物語だって

   なぁ!


廖化:な…なんだと…!?


杜遠:張角ちょうかくも夢見すぎたんだよ!

   たかだか鉅鹿きょろくの秀才ってだけで持ち上げられていい気になってる

   のを、どこの馬の骨か分からねえ老いぼれにきつけられたって

   とこだろうよ!


廖化:!!

   杜遠とえん…てめえ…そこまで落ちたかァッ!!!

   ッッ!


杜遠:ぐはッッ!?

   な、なな、なにしやがるん、だッ…!


廖化:ッ!

   バカ野郎ッ…!


   お前ら、このお方たちは元の場所へお連れする!

   不満のある者はいるか!?


賊兵:い、いや、俺らはおかしらに従いやす!

   杜遠とえんの奴、止めるのに耳も貸さねえでさっさと捕えてこいって言う

   んで仕方なく…。


廖化:よし、わかった!


   ご夫人様方、恐ろしい思いをさせちまい、申し訳ありやせん!

   すぐにもとの街道へお連れしますんで!

   お前ら、すぐに出発だ!


ナレ:廖化りょうか杜遠とえんを一突きで刺し殺すと、夫人達を護衛して街道へ

   向かった。

   見ると、彼方かなたから砂塵さじんを巻き上げて馬を駆けさせてくる者がいる。

   遠目にも風になびいて見える見事な顎鬚あごひげあから顔、関羽かんうだった。


廖化:!!あ、あれは…忘れもしねえ、関羽かんう様だ!

   お前らはここにいろ。


   【二拍】


   そこへ来られたのは関羽かんう将軍ではございやせんか!?


関羽:!?

   我が名を知っているとは、なんじは何者だ!

   いや、それよりも何故ご夫人方の御車みくるまを囲んでいる!

   返答次第ではその首がすぐに胴と泣き別れをするぞ!


廖化:お待ち下せえ、将軍!

   あっしらは決して将軍や奥方おくがた様方に敵意を持っちゃいません!


   申し遅れやした。

   あっしは元黄巾党もとこうきんとう廖化りょうかあざな元倹げんけんと言いやす。

   今はここら辺を縄張りにしている山賊ですが、実はついさっき、

   仲間の杜遠とえんという奴が奥方おくがた様方をさらって戻ってきたんです。


関羽:なにい!?

   では奥方おくがた様方は、なんじらの根城ねじろまで連れていかれていたと言うのか!


廖化:ご安心下せえ、お二方ふたかたやご家来けらい衆に傷一つ付けちゃおりません。

   一目ひとめで訳ありだと感じてお尋ねしたら、かん劉皇叔りゅうこうしゅく奥方おくがた様方と

   おっしゃるじゃありませんか。

   あっしは仰天ぎょうてんしてすぐに元の場所にお戻しすべきだと言ったのですが聞か

   ず、ついにはけしからん野望すらほのめかしました。

   それで不意を突いて刺し殺し、こうしてここまでお送りして来たっ

   てわけでして…これがその首級しゅきゅうです。


関羽:むぅぅ……なるほど、そういう事であったか。

   廖化りょうか殿と言われたな。

   奥方おくがた様方が危難を逃れられたのも、ひとえに貴公の尽力じんりょく賜物たまものだ。

   このとおり、礼を申す。 


廖化:あ、頭を上げてくだせえ!

   あっしは当たり前のことをしただけなんです。

   

   むかし、戦場で将軍を初めてお見かけした時から、いつかお仕えし

   てえと、そう思っていたんです。


   関羽かんう様! どうか、あっしらを家来にしてくだせえ!

   このままいつまでも、山賊でいたくねぇんです!


関羽:むう…、できる事ならその願いをかなえてやりたいが、どうしても今

   は世間の目がはばかられる…。


廖化:ッ、確かに…山賊さんぞくがお供したとあっちゃあ、劉備りゅうび様の名に傷が…。


関羽:だが! 貴公の名は決して忘れぬ。

   いずれ落ち着き先を聞いたら、我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅくなり、それがしなりを

   訪ねて参られよ。

   今日の恩に重くむくいたい。


廖化:!へ、へい!

   きっと!


関羽:うむ、必ずまた会おう。

   ひとまず、さらば!


ナレ:奇縁きえんによって関羽かんうと再会した廖化りょうかであったが、主従のえんはまだ薄く

   、家臣かしんとなるには至らなかった。

   それからしばらくの年月がたち、関羽かんう達の居場所が風に乗って

   彼の耳に伝わってきた。


廖化:関羽かんう様はいま、荊州けいしゅうにいるのか…!

   山賊稼業さんぞくかぎょうから足を洗ってだいぶ経つ。

   今なら大手おおでを振って関羽かんう様のもとに向かえる…!

   おっかあ


廖化母:元倹げんけんや、どうしたんだえ、そんなに大きな声を出して。


廖化:前からおっかあに話してたろ。

   関羽かんう様のことだよ。


廖化母:ああ、その話かえ。

    もう聞き飽きるほど聞いたわぇ。


廖化:昔話をしようってんじゃねえ。

   関羽かんう様の居場所が分かったんだ。

   荊州けいしゅうにおられるらしい。


廖化母:…山賊やってたと思ったら今度は宮仕みやづかえかぇ。

    忙しないねえ。


廖化:関羽かんう様におつかえするのは長年ながねんの夢だったんだ!

   だから…。


廖化母:おらの事は気にせんでええよ。

    荊州けいしゅうへ行って、関羽かんう様におつかえすればええ。


廖化:おっかあ…すまねえ!

   落ち着いたら、必ずむかえをよこすからよ!


廖化母:はいはい、あてにせんで待っとるわぇ。


廖化:じゃ、行ってくるぜ!


ナレ:廖化りょうかは飛び立つ思いで家を出て、荊州けいしゅう城へ入った。

   城門をくぐると、ちょうど関羽かんうが城下を巡察するのに出くわす。

   その雄大な体躯たいくを見ると、彼は我を忘れてその脇にひれ伏した。


廖化:関羽かんう様、おひさしゅうございます!


関羽:む?

   久しぶりと…?

   そう言うそなたは……。


   ! おお、もしや、廖化りょうか殿か!


廖化:はい!

   関羽かんう様、お元気そうで何よりでございます!


関羽:うむ!

   あれから何年もたってしまったが、そうか、わしの居場所を知って

   来てくれたのだな。


廖化:はい、今この荊州けいしゅうにおられると聞いて、いてもたってもいられず…

   !


関羽:そうか、あの時の礼をせねばな。


廖化:関羽かんう様…今度こそ、あっしを関羽かんう様の家来にしてくだせえ…!


関羽:もちろんだ。

   よく訪ねて来てくれた。

   あらためてここに主従しゅじゅうちぎりを結ぼうではないか。

   よろしく頼むぞ、廖化りょうか


廖化:はいッ、関羽かんう様!


ナレ:廖化りょうかは召し抱えられて念願を果たすと、関羽かんうをただ一つの太陽と思

   って忠義をささげ、粉骨砕身ふんこつさいしん仕えた。

   関羽かんうからも高く評価され、今の幕僚長ばくりょうちょうにあたる主簿しゅぼにまで出世、

   さらに母を荊州けいしゅう城に迎え、充実した日々を送る。

   だが、その晴天に暗雲が突如とつじょとして立ち込めた。

   それは、関羽かんう曹操そうそうの領土である樊城はんじょうへ侵攻した事にたんを発する。


関羽:皆、聞けい。

   我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅく曹操そうそう軍を漢中かんちゅうから追い払い、漢中かんちゅう王となられた。

   あわせてそれがしは、かたじけなくも軍を統括する最高の位である

   、五虎大将軍ごこだいしょうぐんの筆頭・ぜん将軍に任ぜられた。


廖化:我ら幕僚ばくりょう一同、心よりお祝い申し上げます!


関羽:うむ。

   このご恩に報ずる為にも、そして逆賊曹操ぎゃくぞくそうそうを追い詰める為にも、

   荊州けいしゅうから北上ほくじょうし、南陽なんよう方面を攻略しようと思う。

   異論いろんはないか。


廖化:ははっ!

   関羽かんう様と共に、逆賊曹操ぎゃくぞくそうそうを討ち倒しとう存じます!


関羽:よくぞ申した!

   出陣は三日後、先鋒は関平かんぺい、左翼は周倉しゅうそう、右翼は廖化りょうかが務めよ!


廖化:心得ました!

   ただちに準備にかかります!


ナレ:敵味方から軍神とたたえ怖れられる関羽かんう、彼に率いられた廖化りょうか達の

   士気は最高潮に達する。

   樊城はんじょうの包囲、長雨ながあめを利用した計略、敵援軍大将・于禁の捕縛ほばく

   ホウとくを処刑するなど、全てが順調に進んでいた。

   呉の孫権そんけんが突如同盟を破棄し、荊州けいしゅうへ侵攻するまでは。

   その事を新手あらての敵援軍・徐晃じょこうから聞かされた廖化りょうか達は動揺、

   不意を打たれたのもあり敗走する。


廖化:関羽かんう様、申し訳ありませぬ!

   徐晃じょこう軽騎兵けいきへいを率いて現れ、我が軍の側面を突かれました。


関羽:勝敗は兵家へいかつねだ。

   いくさは勝つこともあれば負けることもある。

   だが、いかに徐晃じょこうが勇猛で不意を突かれたとはいえ、戦況はかなり

   優勢であったはず。

   なぜここまで崩された?


廖化:それが…荊州けいしゅうが落ちたと敵将・徐晃じょこうから聞かされ…!


関羽:何ッ!

   そのような小賢こざかしい敵の口車に乗って何とするか!

   背後のとは同盟を結んでいるのだ。

   軍が荊州けいしゅうを直接攻撃することなど不可能であろう!


廖化:それがしも初めは疑っておりました。

   しかし本陣へ撤退てったい直後に荊州けいしゅうから知らせがあり、

   呉が…孫権そんけんが…我らを裏切ったとのことです…!


関羽:なんだと!?

   【勢いよく立ちあがって】

   ぬうう孫権そんけん!!

   碧眼紫髯へきがんしぜん不義者ふぎものめ!!


   して、孫権そんけん軍はどう動いておる?!


廖化:そ、それが…、

   すでに荊州けいしゅう城は陥落したと…!


関羽:!!!

   バカなッ!

   つな狼煙のろしで異変は瞬時に伝わるようにしていたはず!

   なぜ荊州けいしゅう城が奪われているのだ!?


廖化:商人に化けて狼煙のろし台へ近づき、油断を突いて占領したとの事です。

   荊州けいしゅう城は狼煙のろし台で降伏した将兵を用いて城門を開かせ、

   これもやすやすと…。


関羽:ぬ、ぬうう…しかし荊州けいしゅう本城ほんじょうが落ちたと言えど、

   公安には傅士仁ふしじんが、南郡なんぐん方面には糜芳びほうがおる。

   そこで巻き返しをはかるほかあるまい。


廖化:い、いえ…報告では、公安も南郡なんぐんもすでに…!


関羽:な…ッ!?


廖化:孫権そんけん軍の将、虞翻ぐほん…この者が公安を預かる傅士仁ふしじんと旧知の仲で、

   調略ちょうりゃくを受けて降伏したとの事です。

   さらに傅士仁ふしじん南郡なんぐん糜芳びほう調略ちょうりゃくし、これも開城かいじょうと…。

   む、無念にございます…!


関羽:……事ここに至ってはやむをえぬ。

   あの程度の者どもを後方の守りに置いた、我が見る目の無さを恨む

   ほかない。

   何としても成都せいとまで撤退せねばならんが…。


廖化:主要な街道はすべて孫権そんけん軍、曹操そうそう軍に遮断しゃだんされています。

   さらには我が軍の兵士たちの家族は全て荊州けいしゅう城にいるため、

   すでに脱走者が出始めております。


関羽:去っていく者はとどめがたい。

   むしろ、この逆境ぎゃっきょうにおいて我を見捨てず付き従ってくれる者こそ、

   一騎当千いっきとうせんつわものと言えよう。


廖化:おおせの通りかと…!


関羽:それで、これからのことだが…どこか立てもれる城砦じょうさいは無いか?


廖化:たしか…ここから南へ進んだところに、今は使われていない麦城ばくじょう

   言う古城こじょうがあります。

   まずはそこへ入りましょう。


関羽:麦城か…うむ、わかった。


ナレ:関羽主従かんうしゅじゅう孫権そんけん曹操そうそう連合軍に追い立てられるように麦城ばくじょうへ入ると

   、百五十にまで減った配下の兵と共に立てこもった。

   そのわずかな味方ですら、夜の闇に乗じて投降を呼びかける同郷の

   者の声に応じて一人、また一人と減っていく。

   そもそも籠城ろうじょうという戦術は、援軍がいずれ来るという前提で成り立

   つ。

   絶望的な状況の中、廖化りょうかは知恵をしぼって一計いっけいを案じると、関羽かんう達の

   前へ出た。


廖化:関羽かんう様、それがしに一つさくがございます。


関羽:…さくとな。

   どのようなものだ?


廖化:はい。

   ここから上庸じょうようの地はさして遠くはありませぬ。

   聞けば味方の劉封りゅうほう孟達もうたつ二将にしょうが守っているとか。

   そこへ援軍を要請するのです。


関羽:!

   そうだ、上庸じょうようの地があったか。

   しかしこの城は敵に包囲されつつある。

   誰が使者として脱出するかだが…。


廖化:…それがしが参ります。


関羽:廖化りょうか…。

   そちが…行ってくれるか。


廖化:…はい…!


関羽:危険な役目だ。

   失敗すれば確実に死ぬぞ。


廖化:覚悟の上でございます…!!


関羽:そうか…………頼んだぞ…!


廖化:この廖化りょうか身命しんめいして必ずや援軍を…!

   関平かんぺい殿、周倉しゅうそう殿、趙累ちょうるい殿、王甫おうほ殿、

   では…!!


ナレ:廖化りょうかは決死の覚悟で麦城ばくじょうから脱出。

   やっとの思いで上庸じょうようへたどり着き、劉封りゅうほう孟達もうたつに面会し援軍を

   要請する。

   しかしそこで聞かされたのは、無情にも断りの返事だった。


廖化:バカなッ!!

   上庸じょうようはまだ不安定ゆえ兵は出せぬ、成都せいとへ直接援軍をあおげだと!?

   そんな事をしていては麦城ばくじょうは、関羽かんう様や皆は…!!

   !! し、しまった、あれは孫権そんけん軍!


ナレ:援軍を拒否され、やむなく成都せいとを目指そうとする廖化りょうか

   しかしその途上、孫権そんけん軍に見つかり捕えられてしまう。

   それと共に関羽かんう達の死を知り、心が折れて降伏する。

   呆然自失ぼうぜんじしつの日を送るものの、彼を再び突き動かしたのは母の言葉と

   、りし日の関羽かんうの生きざまだった。


廖化:関羽かんう様…それがしが、上庸じょうようから何とか援軍を引き出していれば…。

   悔やんでも悔やみきれぬ…。


廖化母:これ、元倹げんけんや!

    いつまでそんな腑抜ふぬけたざまさらしているつもりだえ!?


廖化:おっかあ…。

   そうは言っても、関羽かんう様にお仕えする事がすべてだったんだ。

   その関羽かんう様に死なれて、心にぽっかり穴がいてしまったみたい

   で…。


廖化母:その関羽かんう様は桃園とうえんちぎりで義兄弟の誓いを結ばれた、劉備りゅうび様に

    お仕えしてたんだろ?

    なら、今度は劉備りゅうび様をあるじあおげばええ!


廖化:だ、だけど、今この身はに仕えてしまってる。

   どうにもならない…。


廖化母:元倹げんけん関羽かんう様もその昔、曹操そうそうの元にいた時があった事を忘れたの

    かぇ?

    お前がさんっざん聞かせてくれたろ。


廖化:!!!

   そうだった…関羽かんう様も、曹操そうそうに心から降伏すること無く、

   千里の道を越えて劉備りゅうび様の元に戻った…!


廖化母:それにならって、劉備りゅうび様の元へ行けばええ。

    亡き関羽かんう様が今のお前を見たら、きっとそうおっしゃられるわぇ。


廖化:おっかあ

   目が覚めたよ。

   呉を脱出して、劉備りゅうび様の元へ帰参きさんする!

   だが降伏した将だけに、目は付けられてるはずだ。

   何か手を打たなければ…。


廖化母:だったらこういうのはどうだぇ?

    お前がやまいか何かで死んだという噂を流すんだ。

    そうすれば、脱出しやすくなるんでないかぇ?


廖化:そうか! 死んだとなれば、監視の目をそらせる…!

   おっかあもなかなかの策士だ!

   よし、さっそく…!


ナレ:廖化りょうかはすぐに自身が死んだという噂を、周囲にあらゆる手段を使っ

   て広めていった。

   そしてみずからは身を隠すと、誰も疑わない状況を作り上げていく。

   噂が浸透しきった頃合いを見計らい、ついに彼は夜闇よやみにまぎれて

   年老いた母と共に脱出をはかった。


廖化:おっかあ、もうこれくらいでいいだろう。

   聞いた限り、周りも完全に俺の死を信じきっている。

   今こそ劉備りゅうび様の元に戻ろう。


廖化母:そうだね、見張られてる感じもほとんどのうなった。

    けんど、本当におらまで連れていくつもりかぇ?

    近ごろはだいぶ足腰が弱ってしもうた。

    長旅ながたびに耐えられるかね…。


廖化:おっかあを一人残していけるものか。

   それに、人質にされてしまう可能性もある。

   心配しなくてもいい、俺が背負ってでも連れて行くよ。


廖化母:すまないねぇ、苦労をかけて…。


廖化:それで、自分の事は周りになんて言ったんだ?


廖化母:親類と一緒に遠方の親族に会いに行くから、

    しばらく留守にするって言ってあるよ。


廖化:それなら誰も怪しむ奴はいないな。

   日も完全に落ちた。

   さ、行こう!


ナレ:二人は家を出ると昼は林や森、岩陰で身を潜め、夜の闇を利用して

   しょくへの旅路を急いだ。

   そうして幾日か経ち、秭帰しきという辺りまで来たある日の昼。

   いつものように森の中に身を隠していると、大量の人馬の音が聞こ

   えてきた。


廖化:うっ、この大勢の人馬の足音は…まずい、追っ手か…?


廖化母:なんてことだい……。


廖化:く…なんとかやり過ごさねば……ん?

   ! あ、あれは!!


廖化母:? どうしたんだぇ、元倹げんけん


廖化:おっかあしょくだ!

   しょく劉備りゅうび様の旗だ!


廖化母:えッ!?

    ほ、本当かい?


廖化:ああ、間違いない。

   きっと関羽かんう様の仇討あだうちに来たんだ!


廖化母:おおお、それじゃ、追っ手じゃなかったんだねぇ…!


廖化:おっかあはここにいてくれ!


   【二拍】


   おーーーぅいッッ!!


   【一拍】


   おーーーぅいッ! 待ってくれえーーッ!!


蜀軍部将:!? 何奴なにやつか!!


廖化:それがしは荊州けいしゅう陥落の折、関羽かんう様の元で主簿しゅぼを務めていた廖化りょうか

   あざな元倹げんけんと申す者だ!

   劉備りゅうび様にお目通めどおりを願いたい!


蜀軍部将:な、何ッ、関羽かんう様の!?

     しばし待たれよ!

     はッ!


劉備:む…?

   行軍こうぐんが止まっているぞ。

   …あれは。


   【一拍】


蜀軍部将:どぉうっ!

     申し上げます、陛下!


劉備:何事か?


蜀軍部将:はっ、それが、先ほど我が隊のそばへ一人の男が参り、

     名乗るを聞けば廖化りょうかと申し、関羽かんう様に仕えていた者だと…!


劉備:!!!なにッ、関羽かんうに仕えていたと申すか!

   廖化りょうか…聞いた事があるぞ。

   関平かんぺい周倉しゅうそうをはじめ、みなにしたと思っていたが…

   そうか、生きておったのだな!

   すぐにこれへ連れて参れ!


蜀軍部将:ははッ、ただちに!


劉備:そうか、この地にまだ関羽かんうの忘れ形見がたみがおったか…!


   【二拍】


蜀軍部将:お待たせいたした、廖化りょうか殿!

     陛下がお会いになられる。

     共に参られよ!


廖化:おお、かたじけない!


廖化母:元倹げんけん…よかった、よかったねぇ…。


蜀軍部将:? そちらは?


廖化:それがしの母だ。

   共に参ってもよろしいであろうか。


蜀軍部将:むむ、とりあえず、近くまではお連れ申そう。

     さ、こちらへ。


     【二拍】


     陛下、廖化りょうか殿をお連れしました!


廖化:こうしてじかにお会いするのは初めてにございます。

   廖化りょうかあざな元倹げんけんと申します。

   陛下におかれましてはご機嫌麗きげんうるわしゅう…!


劉備:おお、そちが廖化りょうかか!

   関羽かんうに仕えておったとのう!


廖化:ははっ!

   かつて千里の道を陛下の元までお戻りになられる際に、

   縁あってお会いしました。

   そののち、荊州けいしゅうにおられるところへせ参じ、配下に召しかかえて

   いただいたものです。


劉備:うむ、その折は我が妻たちを救ってくれたそうだな。

   ちんからも改めて礼を申すぞ!


廖化:あ、ありがたきお言葉…!!


劉備:それにしても、あの曹仁そうじん呂蒙りょもうに南北より攻められた中で、

   よく生きていたのう!


廖化:あの時…それがしは関羽かんう様に献策けんさくし、上庸じょうように援軍を求めて麦城ばくじょう

   脱出しました。

   ですが守将の劉封りゅうほう孟達もうたつに断られ、やむなく陛下のおわす成都せいと

   向かったのです。

   しかしその道中で孫権そんけん軍に捕らえられ、進退窮しんたいきわまったそれがしは

   心ならずも降伏しました。

   しかししょくに対する忠義の心は変わらず、いつか必ず帰参せんものと

   固く誓い、自身の死の噂を流して母と共に脱出して参りました…!


劉備:そうであったか!

   その忠義厚き心、さすがは義弟おとうとが重く用いていただけの事はある!

   関羽かんうにならってちんの元へ、しかも老いたるご母堂ぼどうを背負っての千里

   行…実に見事である!

   ちんも誇らしいぞ!

   して、ご母堂ぼどうはいずれにおる?


廖化:はっ、幕の外に。


劉備:うむ、ここへ通すのだ。


廖化:えっ、よ、よろしいので?


劉備:もちろんである。

   そなたのごとき人物を育てた御人ごじんだ。

   遠慮はいらぬ。


廖化:は、ははっ!


    【二拍】

   

廖化母:こ、皇帝陛下…わ、わたくしのような者がここにいても、

    よいのでございましょうか…?


劉備:おお、そなたが廖化りょうかのご母堂ぼどうであるか。

   あなたの息子は忠義厚く、関羽かんうの為に粉骨砕身ふんこつさいしん仕えていたと聞く。

   義弟おとうと関羽かんうが討たれ、仕えていた者たちまでみな失ったかと、

   ちんの嘆かぬ日は無かった。

   だが今日、こうして関羽かんうの忘れ形見がたみとも言うべき廖化りょうかと会えた事は

   近頃一番ちかごろいちばんの良い出来事だ。

   廖化りょうかの忠烈さはご母堂ぼどうの教えの賜物たまものである。

   ちんは心より礼を申すぞ。


廖化母:そ、そんな…陛下…、も、もったいないお言葉でごぜえます…。


劉備:廖化りょうかよ、そちを今より宜都ぎと太守たいしゅに任ずる!

   併せてこの征伐軍の一翼として軍を率いよ!


廖化:! は、ははぁーッ!!

   ありがたき幸せにございます!!


劉備:ちんと共に関羽のかたきを討とうぞ!


廖化:はいっ!

   必ずや、関羽かんう様の無念を晴らしてご覧にいれます!


劉備:うむ!

   ご母堂ぼどう成都せいとへ厳重に護衛をつけて送ろうぞ。


廖化:何から何まで…陛下、感謝申し上げます!

   

   …おっかあ、行ってきます。


廖化母:元倹げんけんや、体に気を付けてなぁ…。


劉備:みな聞け!

   関羽かんうにかつて仕えていた廖化りょうかが再び戻ってきてくれた!

   まさに義弟関羽おとうとかんうの引き合わせであろう!

   実に幸先さいさきが良いぞ!


劉備役以外:【歓声:SE代用可】


劉備:さあ、進軍を再開するのだ!

   孫権そんけんに我らの怒りを思い知らせてやろうぞ!


ナレ:劉備りゅうびは帰参したばかりの廖化りょうかを重く用い、これこそ天がを滅ぼし

   て関羽かんうかたきを討たせる前兆であると、大いに士気を鼓舞こぶした。

   廖化りょうか劉備りゅうびの期待にこたえるべく、関羽かんうの時と変わらぬ忠義を捧げ

   る。

   しかし、連戦連勝のしょく軍の前に立ちはだかったのは、すでに病死し

   た呉軍大都督ごぐんだいととく呂蒙りょもうと共に関羽かんうの死の原因を作った若き俊英しゅんえい

   陸遜りくそんあざな伯言はくげんだった。

   長く伸びきったしょく軍の陣に、得意とする火計を仕掛けてきたのであ

   る。


   【激しく燃えるSEあれば】


廖化:くそっ、なんという猛烈な勢いの炎だ…!

   これでは味方は寸断されて連携がとれぬ…。

   陛下は、陛下はいずれにおわす…!

   !あれは!


劉備:くっ…恐るべきは陸遜りくそん…。

   七十万の兵がこうもあっさりと…。

   ちん命運めいうんもここに尽きるのか…。


廖化:陛下ーーッ!

   それがしです! 廖化りょうかです!

   お怪我はございませぬか!?


劉備:!おお廖化りょうか

   ちんはこの通り無事だ!

   天はちんを見捨てたまわず…助かったぞ!


廖化:速やかに白帝城はくていじょうへ撤退なされませ!

   ここはそれがしが引き受けます!


劉備:廖化りょうか…!

   死んではならぬぞ!

   必ずや生きて戻るのだ!


廖化:ははっ!

   お前達は陛下をお守りして白帝城はくていじょうへ撤退せよ!

   残りは我と共に味方の退路たいろを確保し、窮地きゅうちにある友軍ゆうぐんを救援するの

   だ!

   続けェーーーーいッ!!


ナレ:義兄弟ぎきょうだいかたき、主君のかたき夷陵いりょうの戦いに臨んだ劉備りゅうび廖化りょうかであったが

   、陸遜りくそんの知謀の前に壊滅的打撃を受け、蜀最前線しょくさいぜんせんの拠点・白帝城はくていじょう

   撤退する事となる。

   その後、いくばくもなくして蜀漢しょくかん帝国初代皇帝・劉備玄徳りゅうびげんとくやまいの為

   にこの世を去った。

   しょく全体が悲しみに包まれる中、廖化りょうか劉備りゅうびひつぎを守って共に成都せいと

   引き上げた。


廖化:先帝……お会いしてわずかな間ではありましたが、この身に受けた

   数々のご恩、決して忘れませぬ。

   後を継がれた劉禅りゅうぜん陛下に、先帝と変わらぬ忠誠を誓いまする…。


蜀軍部将:廖化りょうか様、ここにおられましたか。

     丞相じょうしょう閣下がお呼びです。


廖化:? 諸葛丞相しょかつじょうしょうが?

   わかった、すぐ参る。


   丞相じょうしょうには初めてお会いするが…何の呼び出しであろうか…?

   廖元倹りょうげんけん、お召しによって参じました。


諸葛亮:うむ、待っていた。

    さあ、これへ。


    【二拍】


    そなたとこうしてじかに話すのは初めてであるが、先帝からは関羽かんう

    将軍亡きあとも我がしょくへの忠誠を忘れずに帰参したと、書簡しょかんで高

    く評価されていた。


廖化:お、恐れ入ります。


諸葛亮:夷陵いりょうにて呉の陸遜りくそんに火計を仕掛けられた際は、味方の救援に奔走

    し、先帝をお守りして無事に白帝城はくていじょうへ撤退させたと聞く。

    その働き、見事である。    


廖化:いえ…その時の自分にできる精一杯の事をしたまでにございます。


諸葛亮:謙遜けんそんせずともよい。

    それで、先帝がそなたに与えた太守たいしゅの地位だが…知っての通り、

    宜都ぎとは現在、しょくの領土ではない。

    それゆえ、私付きの参軍さんぐんに任命しようと思う。


廖化:なんと、丞相じょうしょう閣下付きの…!

   ありがたき幸せに存じます…!


諸葛亮:うむ。

    現在、五つの道よりがこのしょくへ攻め入ろうとしている。

    すでに魏延ぎえん馬超ばちょう李厳りげん趙雲ちょううんに各所の要害ようがいを守らせて万全を

    期しているが、そなたも遊軍として補佐してもらいたい。


廖化:ははっ!

   国家の為、粉骨砕身ふんこつさいしん働かせていただきます!


諸葛亮:にはすでに使者を派遣して修交同盟を結ばせるべく動き、

    南蛮なんばんを平定に向かわねばならぬ。

    くれぐれも留守を頼む。


ナレ:廖化りょうかは新たに諸葛亮しょかつりょう直属となり、しょくへさらなる忠勤をはげむ。

   かたや南蛮なんばん王・孟獲もうかく心服しんぷくさせた諸葛亮しょかつりょうは、いよいよ先帝劉備せんていりゅうびの遺

   志を継いでへの侵攻、すなわち北伐ほくばつを開始した。

   この時、廖化りょうか副将飛衛将軍ふくしょうひえいしょうぐんとして従軍し、しょくの勝利に貢献する。

   しかし街亭がいていにおいて馬謖ばしょく司馬懿しばいらに敗戦して以降、思うように

   戦況は好転しなかった。

   時は建興けんこう七年。

   第二次北伐、陳倉ちんそう城攻防戦にて。


蜀軍部将:も、申し上げます!

     敵援軍迎撃に向かった謝雄しゃゆう・キョウの両将軍は、敵将王双てきしょうおうそう

     討たれましてございます!


諸葛亮:むうう、ならば王平おうへい! 張嶷ちょうぎょく! 廖化りょうか

    なんじらは部隊を率いて敵援軍を迎え撃つのだ!

    陳倉ちんそう城へたどり着かせてはならぬ!


廖化:ははっ、ただちに向かいます!


   【二拍】


   しかし、謝雄しゃゆう将軍達を討つとは…かなりのごうの者だな……むっ!


王双:なんだァ!?

   またしょく軍の雑魚ざこが来たか!

   我は隴西狄道ろうせいてきどうの生まれ、王双おうそうあざな子全しぜんなり!!

   潔くその首を渡せィ!!


廖化:身のたけは七尺もあろうか…なんという猛気あふれる敵将だ…!

   だが、おくしてはおれぬ!

   我はしょく廖化りょうかあざな元倹げんけん

   ゆくぞ! でぇぇえい!!


王双:ふんッ!!

   なんだそのやわい打ち込みは!!

   めてるのかァ、廖化りょうかとやら!!


廖化:ぐッッ!!

   なんという重い一撃だ…!

   だが、我ら三人を相手ならどうだ!!


王双:雑魚ざこが寄り集まったところでしょせん雑魚ざこにすぎんわァ!!

   たばになってかかって来いッッ!!

   ぬぅぅぅおおおああああ!!!


廖化:うっ、ぬうぅぅうう!!!

   バカな、三人がかりでもおさえられんとは…!?

   ! いかん、兵達がおびえて逃げ始めておる!


王双:うわっはははは!

   さすがは雑魚ざこの部下、蜘蛛くもの子を散らすようにせおったわ!

   だが貴様らは逃がさん!

   我が武功となるがいい!!


廖化:くっ、こう部隊が崩れてはどうにもならぬ!

   退けっ、退けっ!!


王双:待てェい!!

   背を見せて逃げるやからには…これでもくれてやるわァ!!

   ふんッッ!!


廖化:うっ!

   い、今のは流星鎚りゅうせいついか!?

   危なかった…ッ!? 張嶷ちょうぎょく殿!


王双:うわッはははは!!

   片方は当たったか!

   どぉれ、その首をいただくぞォォ!!


廖化:ッさせるかああああ!!


王双:ぬうッ!

   おのれェ、邪魔をするかァ!!


廖化:張嶷ちょうぎょく殿は討たせんッ!

   今だ、王平おうへい殿!

   はあッ!!


王双:逃げるなァ!!

   首を置いて行けェ!!!


廖化:貴様の相手などしておれん!

   退退けェ!!

   張嶷ちょうぎょく殿、しっかりされい!


王双:チィィ、武功をのがしたわ!!

   まァ良い、陳倉ちんそう城のカクしょう将軍と合流するのだ!!


ナレ:かくして陳倉ちんそう城の包囲を突破されたしょく軍は、その後間もなく漢中かんちゅう

   撤退、第二次北伐は失敗となる。

   諸葛亮しょかつりょうは戦法を変え、戦術を練り、翌年再び北伐ほくばつを断行する。

   陰平いんぺい武都ぶとの都市を攻略し、更にはの名将・司馬懿しばいを自軍の退却

   を装っておびき出す事に成功、これを討ち取るべく策を巡らした。


諸葛亮:姜維きょうい廖化りょうか、これへ。


姜維:はっ!


廖化:おん前に。


諸葛亮:なんじらはそれぞれ兵を三千率い、あれに見える山に潜むのだ。

    明日、軍との決戦において我が軍が不利と見えても決して動い

    てはならぬ。

    そしてこれを…。


姜維:これは…にしきの袋でございますか。


諸葛亮:うむ。

    ここぞという戦機せんきを見極めたら、この袋を開いて中に記しておい

    た我が策に従って動くのだ。

    よいな。


姜維:お任せ下さいませ、丞相じょうしょう閣下!

   参ろう、廖化りょうか殿!


廖化:うむ!

   では丞相じょうしょう、行って参ります!


諸葛亮:そなた達の動きにかかっている。

    頼んだぞ。


ナレ:一夜明いちやあけ、ちょうコウ・戴陵たいりょう率いる軍先鋒三万がついにしょく軍の背後に

   現れる。

   呉懿ごい呉班ごはん馬忠ばちゅう張嶷ちょうぎょくら四将が陣を布いて迎え討ち、そこへ王平おうへい

   、張翼ちょうよく関興かんこうらの伏兵や、後から追い付いた司馬懿しばい軍本隊が

   激突し、混戦模様こんせんもようを呈していた。

   血は河となって流れ、屍は山をなし、馬さえも互いをみ合うほ

   どの修羅の世界が現出げんしゅつする。


姜維:廖化りょうか殿、戦況が一進一退いっしんいったいを繰り返しつつある。

   おそらく、丞相じょうしょうのおっしゃられた戦機せんきとはこのことであろう。


廖化:うむ。

   となれば、あの時授けられたにしきの袋を開けてみよう。


   【二拍】


   ! おお…!

   姜維きょうい殿、やはり丞相じょうしょう閣下は神算鬼謀しんさんきぼうだ。

   これを。


姜維:うむ。


諸葛亮:なんじら二人は布陣しているこの地を捨て、司馬懿しばいからにして出てき

    た渭水いすいの敵本陣を奪うべし。


姜維:…なるほど、そういうことか…!!

   すぐに進軍開始しよう!

   本陣を奪われた司馬懿しばいの顔が見ものだ!


廖化:よしッ参ろう!

   全軍、我らに続け!!


【喚声:SE代用可】


ナレ:姜維きょうい廖化りょうかの二将はただちに軍を動かすと峰伝みねづたい、山伝やまづたいに間道かんどう

   抜け、軍本陣を目指した。

   この動きは間もなく発見され、司馬懿しばいの元へ知らせが届くこ

   ととなる。


司馬懿:ぬう、しょく軍め…なかなか粘る…戦況が膠着こうちゃくしつつあるか…。


魏軍部将:も、申し上げます!

     彼方かなたの山に布陣していたしょく軍が動き出しました!


司馬懿:くっ、ここでさらに新手が加わるか…!

    数はさほどではないゆえ、そこまで戦局に影響は無いだろうが…

    。


魏軍部将:い、いえそれが、その敵軍は渭水いすい方面へ進軍しています!


司馬懿:なッ、なにッ、渭水いすいだと!!?

    まずい! 本陣を奪われては長安ちょうあんとの通路が断たれる!!


    全軍ッ退け(ひ)! 退けェッ!!

    本陣へ向けて撤退せよーーーーッッ!!


ナレ:この決戦でが受けた損害は、諸葛亮しょかつりょう北伐ほくばつが始まって以来最大と

   伝えられる。

   草むらに伏す両軍のしかばねは実に一万を越え、軍の将はしょく軍よりも

   多く討たれ、枚挙まいきょにいとまがなかったという。

   しかしそれでも勝利を決定づけるには至らず、しょく軍は漢中かんちゅうへ撤退と

   なる。その後第四次北伐を経て、建興けんこう十一年。

   第五次北伐、運命の時が迫っていた…。


諸葛亮:今回の策は木牛流馬もくぎゅうりゅうばを用いて敵から食料を奪う事、だがその真の

    目的は司馬懿しばいをおびき出して討ち取る事にある。

    諸将よ、抜かるな。


諸葛亮・廖化役以外全員:おうッ!【SE代用可】


廖化:【つぶやくように】

   よし、必ず今日こそ司馬懿しばいの首をわが手に…!


蜀軍部将:! 将軍! あれを!


司馬懿:はぁ、はぁ、いかん、味方が全滅とは…!

    なんとか本陣まで戻らねば…!


廖化:おお、あれこそ司馬懿仲達しばいちゅうたつ

   これぞ天の与えた機会!

   待てッ、司馬懿しばい!!


司馬懿:うっ、あ、あれはしょく廖化りょうか

    いかん!


廖化:往生際が悪いぞ!

   潔くその首を渡せッ!!


司馬懿:くうッ、ま、まだ死ぬわけには…!


廖化:もらった! でぇぇいッッ!!


   【一拍】


   !! し、しまった! 剣が木に!

   ぐっ、くっ、ぬ、抜けん!!


司馬懿:い、今だ!

    はっ!


    【二拍】


    た、助かった…だがまたすぐに追いついて来よう。


廖化:ッ! ッ!!

   ぬ、抜けた!

   くそっ、逃がさんぞ!!

   この千載一遇せんざいいちぐうの好機をおいて、いつ司馬懿しばいを討ち取れるものか!


司馬懿:何か…何かないか…。

    分かれ道へ出たか。


    !っそうだ、この冠を…ッ!


廖化:急げ! 急げ! 司馬懿しばいのがしては…!

   !むっ!?

   道が分かれている…っ!?


   これは…司馬懿しばいの被っていた冠ではないか。

   !さては逃げるのに夢中で落としていったな。

   という事は…こちらの道か!


   【三拍】


   ぬうう、一向に追いつかん…。

   やはり剣を抜くのに手間取てまどったのがまずかったか…!

   くそっ、運の良い奴め!

   やむを得ん、このかんむりだけでも持ち帰るか…。


ナレ:一つの判断の誤りが、後の出来事すべてを狂わせるに至る事はよく

   ある。

   廖化りょうか司馬懿しばいの機転に気づき、冠の落ちてい

   た道とは反対へ向かっていれば、歴史は大きく変わったかもしれない。

   かくして司馬懿しばいは九死に一生を廖化りょうかむなしくしょく軍本陣へ戻った

   。


廖化:丞相じょうしょう、ただ今戻りました。


諸葛亮:おお廖化りょうか、待っておったぞ。

    む? その冠は?


廖化:はっ、司馬懿しばいの冠です。

   それがしにこっぴどく追われて余程よほどうろたえたのでしょう。

   追撃の途上とじょうにて落ちておりました。

   さぞきもを冷やしたことかと。


諸葛亮:! そうか…司馬懿しばいをな。

    うむ、将軍に追い回され、生きた心地ここちもしなかったであろう。

    ともあれご苦労であった。

    皆も下がって休息するがよい。


廖化:ははっ。


   【二拍】


諸葛亮:…ああ、もしここに今、関羽かんう趙雲ちょううんらがおれば、この程度の小さ

    な戦果で満足などしなかったであろう…。

    むしろかえって罪をうていたかもしれぬ。

    関羽かんうなし、張飛ちょうひなし、趙雲ちょううんなし。

    …そのほか幾多の将星しょうせい落ちて、しょくに人材はいなくなった、か…。


ナレ:諸将が己の功績を誇る中、諸葛亮しょかつりょうとの人材の質を比較して

   心中その差をなげく。

   しかし国家の大目標を成し遂げる為、身をけずり、を討つ軍略を

   練ると五丈原ごじょうげんの地に陣を移した。

   廖化りょうかも諸将と共に一層の忠勤に励み、しょく軍を支えていく。

   だが無情にも天は人を待たず、諸葛亮しょかつりょうの命のは燃え尽きようとし

   ていた。


廖化:地雷の計も失敗に終わり、軍は何としても陣を出てこない…。

   食料に不足はないが、このままでは…。


姜維:はぁ、はぁ…!

   ! 廖化りょうか殿!

   ここにおられたか!


廖化:姜維きょうい殿、どうされた?

   何をそのように慌てておられる。


姜維:【声を落として】

    丞相じょうしょう閣下が、お倒れに…。

    すぐ本営へ。


廖化:【声を落として】

   !!? なんだと!?

   わかった、すぐ参る!


   日ごろ、働き過ぎておられるとは思っていたが…。

   今ここで丞相じょうしょうに何かあっては、しょくは…!


   【二拍】


   廖元倹りょうげんけん、参りました…!

   丞相じょうしょう閣下、お加減は…!?


諸葛亮:おぉ…廖化りょうかか。

    どうやらの命も、あとわずかのようだ。


廖化:ッそのような事をおっしゃらないで下さい!

   丞相じょうしょうはこの国の大黒柱、代わりなどおりませぬ!


諸葛亮:もかなう事なら、先帝のご遺志を果たしてから逝きたい…。

    だが、天が定めた寿命だけはどうにもならぬ。


廖化:そ、そんな…。


姜維:うっ、うっ…く、くく……。


諸葛亮:姜維きょういよ、泣くでない。

    そなたには我が兵法の全てを授けた。

    あの兵法書二十四冊をよくきわめ、国家の為に尽くしてくれよ。


姜維:は、はいっ…!    


諸葛亮:廖化りょうかよ、そなたの忠義や勇敢さは常々よく見ていた。

    の亡きあとも、皆で力を合わせてしょくを守って欲しい。

    くれぐれも頼み置くぞ。


廖化:ううっ…は、はい…必ずや…っ…!


諸葛亮:どれ…。


姜維:!? じょ、丞相じょうしょう、何をなされます?


諸葛亮:陣中を巡視する。

    四輪車を引いてきてくれ。


廖化:【つぶやくように】

   な、なんと…死が数歩先まで迫っているのに、最期まで国の事を…

   しかも死期が迫っていることを感じさせない毅然きぜんとした態度…。

   それがしもその生きざま、見習いとうございます…!


諸葛亮:ああ…旗にはまだ生気がみなぎっている。

    が死すとも、しょくはすぐについえることはない…。


姜維:はい…!


諸葛亮:人の一生とは実に短いものだ…。

    あの蒼い空…極みはいずこであろうかのう……。


廖化:【つぶやくように】

   !! 志半こころざしなかばでやまいに倒れるその無念、いかばかりか……!


諸葛亮:もうひとつ、そなたらに申しておくことがある。

    …が死ねば、必ずや魏延ぎえん謀反むほんするであろう。

    それに対する策はすでに楊儀ようぎらに授けてある。

    ゆえに決して立ち騒ぐことなく、静かに漢中かんちゅうへ退きあげよ。


    ふう…少し疲れた。休ませてもらおう。


廖化:は、ははっ…では…。


姜維:失礼いたします…。


   【二拍】


   廖化りょうか殿、少しよろしいか。


廖化:? どうされた、姜維きょうい殿。


姜維:こちらへ…。


   【二拍】


   これを見ていただきたい。


廖化:!? 丞相じょうしょう?!

   ッいや、これは…木像?


姜維:いかにも。

   丞相じょうしょうはご自身の亡きあと、必ずや司馬懿しばいはそれに気づいて追撃して

   くると見抜かれ、あらかじめこの木像を作らせておられた。

   軍が追撃して来たらこれを押し出せば、必ずや司馬懿しばいは逃げはし

   ゆえ、無事に退却できるであろう…そうおおせられた。


廖化:じょ、丞相じょうしょう…ご自身の亡きあとの事まで…。


姜維:王平おうへい殿や張翼ちょうよく殿はじめ、魏延ぎえんを除いた諸将にはすでにこの策は伝わ

   っている。

   廖化りょうか殿もそのつもりで準備にかかっていただきたい。


廖化:承知した。

   五丈原ごじょうげんの地を去る思い出に、司馬懿しばいめに手痛い置き土産をくれてや

   るとしよう。


姜維:ええ。

   くれぐれも、魏延ぎえんには知られぬようお頼みします。


ナレ:それから数日後の夜。

   諸葛亮しょかつりょうは再び諸将を集めて最期の言葉をのこした。


諸葛亮:楊儀ようぎ…これがの遺書だ。

    陛下にお届けしてくれ…。


    …の亡きあと、決して喪を発してはならぬ。

    の死を司馬懿しばいが知れば、総力を挙げて攻め来たるだろう…。

    すでに姜維きょういから伝わっているとは思うが…そうなったら

    授けた秘策を実行するのだ…。

    司馬懿しばいは必ずや驚いて退却し、我が軍は無事に漢中へ退きあげら

    れるだろう…。


    …もはや言い置くことは無い。

    諸将よ…心を一つにして国に仕え、己の職分を全うしてくれ…。


姜維:ははッ…!

   我ら一同、必ずや丞相じょうしょうのご遺托いたくにお応えします…!


廖化:委細いさい、承知いたしましてございます…!


諸葛亮:うむ…。

    外に出たい。

    四輪車に乗せてくれ…。


姜維:は、ははっ…。

   廖化りょうか殿、手伝ってくだされ。


廖化:うむ。

   さ、丞相じょうしょう…。


   【二拍】


諸葛亮:…秋風がみる…。

    虫の声もどこか寂しげだ…。

    …みな、空を見よ。

    あれが、宿星しゅくせいだ…。


廖化:あの星が…。


姜維:丞相じょうしょうを現す宿星しゅくせい…。


諸葛亮:いま…滅亡前の最後の輝きを見せている…。

    …見ていよ…今にちるであろう…。


姜維:!! あっ!


廖化:ほ、星が…!

   !? ッ丞相じょうしょう!?!


姜維:丞相じょうしょう閣下!!?


諸葛亮:……。


姜維:丞相じょうしょうッ、丞相じょうしょうーーーーーッッッ!!!

   ううっ、ううう………ッ!!【泣き崩れる】


廖化:じょうしょう……ッッ。

   く…う…っ。


【人々が嘆き悲しむSEあれば】


ナレ:建興けんこう十二年秋、八月二十三日。

   蜀漢しょくかん帝国最後の巨星、諸葛亮孔明しょかつりょうこうめい死す。享年きょうねん五十四才。

   廖化りょうかをはじめ、諸将はその偉大な足跡そくせきを涙と共にしのんだ。

   その後、しょくは人事を一新し国の健在を内外に示すが、

   以降も国の重鎮じゅうちん相次あいついで死去。

   誰の目にも国の斜陽しゃようが見える中、いつしか廖化りょうかしょくを代表する将軍

   となっていた。


廖化:すでに六十を越えたわしが、車騎しゃき将軍か…。

   国を守るため、さらに奮起ふんきせねば…。


姜維:廖化りょうか殿、車騎しゃき将軍就任、おめでとうござる。


廖化:おお、姜維きょうい殿か。

   わしはすでに老齢ろうれい、適任が他にいそうなものだとは思ったが…。


姜維:何を言われる。

   張翼ちょうよく殿と並んで百戦錬磨ひゃくせんれんまの将である廖化りょうか殿こそ、車騎しゃき将軍の任に

   ふさわしい。

   ちまたでは民達も申しておるぞ。

   「前に王平おうへい句扶こうふあり、あと張翼ちょうよく廖化りょうかあり」とな。

   それに年は関係ない。

   かつてしょく五虎大将軍ごこだいしょうぐんであった黄忠こうちゅう殿のごとき気概きがいを持ってもら

   わねば。


廖化:そうか…黄忠こうちゅう殿か。

   確かに、老いてなお盛んな方であられた。

   わしも、まだまだ負けてはおれぬのう。


姜維:うむ、その意気だ!


ナレ:その後も廖化りょうか姜維きょういらと共に前線で国を守り続けた。

   しかし二代皇帝・劉禅りゅうぜん宦官かんがん寵愛ちょうあいして国政をかえりみず、また連年の

   姜維きょうい北伐ほくばつによって国力は疲弊ひへい一途いっとをたどっていく。

   そのすき見逃みのがさず、はついに大軍をもってしょくに侵攻。

   廖化りょうか姜維きょうい張翼ちょうよく要害ようがい剣閣けんかく鍾会しょうかいを迎え撃った。


鍾会:あれが剣閣けんかくか。

   漢中かんちゅうすら守り切れなかったしょく軍など恐れる必要はない!

   者ども、踏みつぶしてやるがよい!


魏軍部将:ははっ!

     では将軍、総攻撃の合図を!


鍾会:かかれェーーーーーいッ!!

   全軍突撃せよーーーッ!


【喚声:SE代用可】


廖化:くっ…め、ついに押し寄せて来おったか…。

   漢中かんちゅうはすでに奪われ、ここが抜かれれば国が危うい…。


姜維:なんの、この剣閣けんかくは無双の要害ようがい

   軍がたとえ何十万の兵を率いて来ようと、決して落とせぬ。


廖化:うむ。

   何としても守り抜かねばのう!


姜維:よしッ連弩れんど隊、準備せよ!


廖化:敵に矢を腹いっぱい喰らわせてやるのじゃ!


   放てェッッ!!


【大量に矢を射るSEあれば】


魏軍部将:ううっ、なんだあのバカ長い矢の雨は!

     かすっただけで大怪我はまぬがれん!


鍾会:ええい、かかれかかれ!

   力づくでも突破するのだ!


魏軍部将:し、しかし鍾会しょうかい将軍!

     こうも兵がおびえていてはいくさになりませぬ!


鍾会:お、おのれぇ…!

   しょくの内部は腐敗していると聞いたが、前線の軍はそうでもないとい

   う事か!


魏軍部将:くうっ、また一斉に放って来た!!


鍾会:ええぇい全軍、矢の届かぬ所まで後退だ!


姜維:はっははは!

   見ろ、敵はひるんだぞ!


廖化:よし、わしに続けィ!

   軍を蹴散らすのじゃあーーッ!!


姜維・廖化役以外:【喚声:SE代用可】


姜維:我らも負けてはおれん!

   張翼ちょうよく殿、参るぞ!

   全軍突撃せよ!!


魏軍部将:将軍! 敵が打って出て来ました!!


鍾会:くそッ、図に乗りおって!

   やむをえん、退却だ!


魏軍部将:全軍ッ退けェーーーいッ!


鍾会:おのれ、早くここを突破せねば…!

   トウがいに手柄を横取りされかねんというに…!


姜維:ははは、いくらでもかかってくるがいい!

   この剣閣けんかくは決して抜かせん!


廖化:ひかえの兵は怪我人の手当てにあたれィ!

   体力の残っている者は石と矢を回収するのじゃ!


ナレ:剣閣けんかくこもしょく軍の士気は高く、再三にわたって軍率いる鍾会しょうかい

   撃退する。

   その為、いずれあきらめて撤退するであろうと廖化りょうか達はふんでいた。


   だが、その見通しは成都せいとからやってきた二世皇帝・劉禅りゅうぜん勅使ちょくし

   よって、絶望と共に突きくずされることとなる。


姜維:ここしばらく敵の攻撃が無いな…。


廖化:確かに。

   我らの鉄壁の防御に攻めあぐねたのかもしれぬのう。


姜維:ん? あれは…。


勅使:開門! 開門せよ!

   我は成都せいと劉禅りゅうぜん陛下よりつかわされし勅使ちょくしである!


姜維:なに、陛下からの…?


廖化:すぐにお通ししよう。

   しばし待たれい!


   【二拍】


姜維:勅使ちょくしどの、ここへ来られたのはいかなるわけで?


勅使:うむ…。

   将軍達には辛い知らせと勅命ちょくめいになります。


   実は…軍が成都せいと城下にせまり、我が国は、しょくは…に降伏しま

   した…。


廖化:なッ、なんじゃと!?


姜維:バカなッ!

   どうやって軍が成都せいとにやってきたというのだ!

   げんにこうやって敵は剣閣けんかくから一歩も進めておらぬではないか!


勅使:のトウがい将軍が陰平いんぺい間道かんどうを越え、江油こうゆ城とフ城は降伏、

   綿竹めんちくを守っていた諸葛瞻しょかつせん殿とその子息しそくしょうは戦死しました。


廖化:な…諸葛瞻しょかつせん殿が…!

   【つぶやくように】

   そうか…国家にじゅんじられたか…父君ちちぎみ諸葛丞相しょかつじょうしょうの名をはずかしめない、

   立派な最期であったろう…。


勅使:それゆえもはや勝ち目はないと朝廷ちょうていは判断し、に降伏する事と

   なった次第です…。


姜維:な、何という事だ…。


勅使:では…劉禅りゅうぜん陛下の勅命ちょくめいをお伝えします。

   ただちに武器を捨て、に降伏するべし、とのことです…。


姜維:我らは承服しょうふくしかねる!

   

   …ッだが……だが……勅命ちょくめいにはさからえぬ…!

   無念だが、やむをえぬ…か…。


勅使:よろしいか。

   では、そのむね鍾会しょうかい将軍にお伝えして参る。


   【二拍】


廖化:姜維きょうい殿!

   なぜ降伏を決めたのじゃ!

   我らはまだ戦えるぞ!


蜀軍部将:そうです!

     なぜ陛下は降伏されたのだ!

     我らとはさみ撃ちすれば、全滅させるのは容易だったはず!


姜維:我らが今戦い続ければ、陛下とそのご一族の身に危害が及ぶことに

   なる。それに我らは勅命ちょくめいそむいたとして、反逆者の汚名をかぶる事に

   もなるのだ。


蜀軍部将:これまでの戦いで我らの親兄弟、子供も戦死しました。

     その死は一体何だったのでございますか!

     こんな…こんなバカな事があっていいのか!!

     くそぉッ!!


廖化:お、お前達…剣を叩き折るとは…。


蜀軍部将:廖化りょうか様は口惜くやしくないのですか!?

     まだ戦えるのに、敵にひざまずかねばならないのですぞ!


廖化:……ああ、分かる……分かるぞ、お前達…。

   わしもそなたら同様、口惜くやしくて…無念でならぬ…!

   ふんッ!


   丞相じょうしょう…我らの不甲斐ふがいなさ、お許しくだされ…!

   うっ、ううう……!


姜維:丞相じょうしょうしょくの未来をたくされていながらこの始末…申し訳ありませぬ。

   この剣ももはや、しょくの為にふるう事ができませぬ。

   む、無念……ッッ!!


   うっ、ううううおおおお………!!【号泣する】


ナレ:姜維きょういも、廖化りょうかも、その他の将兵たちも皆、号泣ごうきゅうしながら剣を岩で

   叩き折った。

   かくしてしょく景耀けいよう六年・秋、蜀漢しょくかん帝国は滅亡する。

   二世にせい四十三年の歴史であった。

   しかし、諦めきれない姜維きょうい廖化りょうからと語らい、鍾会しょうかいをそそのかして

   しょくを取り戻そうと画策かくさくする。

   だが計画は失敗に終わり、姜維きょうい鍾会しょうかいは斬られ、廖化りょうかほか数名は

   洛陽らくようへ連行となった。

   その途上。


廖化:うっ、ごほっ、ごほっ…!

   ああ…この身の命も、きる時が来たか…。

   思えば…黄巾党こうきんとう時代に関羽かんう様をお見かけした時から…わしの人生は

   決定づけられていた…そんな気がする…。

   そして関羽かんう様を失い…あるじ先帝せんてい劉備りゅうび様も失い…そして諸葛丞相しょかつじょうしょうをも

   失った時、わしも…共に終わっておったのかも、しれぬな…。

   関羽かんう様…先帝せんてい丞相じょうしょう…申し訳ありませぬ…。

   不肖ふしょうの身なりに力をくしましたが…国を守りきる事がかないませなん

   だ…。


   いま…そちらに参って…おわび…もう、し…あげ…ま…す……ッ…。


ナレ:人材の枯渇こかつ示唆しさする、不名誉な言葉。

   国をにな重鎮じゅうちんである事を示す、ほまれある言葉。

   相反あいはんする二つの評価を与えられた男がいた。


   廖化りょうかあざな元倹げんけん


   その姿は国家への忠義厚く、戦場に出ては勇猛果敢な将であった。

   乱世をひた駆けてしょくを守るべく粉骨砕身ふんこつさいしんしたが、力及ばず国の滅亡を

   の当たりにすることとなる。

   その衝撃と無念、そしてすでに体をむしばんでいたやまいの為、しょく滅亡の翌年

   、景元けいげん五年、洛陽らくようへの途上でこの世を去った。

   享年きょうねんは七十代であったという。

   現在も成都せいと昭烈廟しょうれつびょうには彼の像がまつられ、たずきたる者達に生前の

   面影をしのばせている。



END



●参考動画


●YouTube

・蜀の滅亡を見届けた猛将!廖化【ゆっくり三国志武将紹介 第150回】

・【ゆっくり歴史解説】姜維と共に蜀漢の興亡を見た武将「廖化」とは?【三国志】


●Wikipedia

・ 廖化



「俺、廖化推しなんですよね」

「ほほう…(カチッ」


二か月後。


「はぴば、できたよー。」


端的にこの台本ができた経緯です。

廖化はかなり地味な部類の武将ではありますが、蜀の興亡を見届けた人物でもあります。

本当は諸葛亮死後の戦争シーンも書けたらとは思ったのですが、登場人物の枠制限の兼ね合いや、

台本そのものの長さを考慮して現在の作品に落ち着きました。


楽しんで読んでいただけたのなら幸いです。



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