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09. 二人目の保護者が現れました

 


 師匠のお気に入りだという食堂は、ギルドから歩いてすぐの場所にあった。夕食には早い時間帯だったからか、店内に客の姿は少ない。店員に好きな場所に座っていいと言われ、奥の席に陣取る。

 初めて来るお店だったのでキョロキョロしていると、「ほら、何でも好きなもん頼めよ」と男にメニューを渡された。


「いろんな料理がありますね……」

「これとかどうかしら。魚の唐揚げに、甘辛いソースがかかってて美味しいのよ」

「ハイ、それにします!」


 他にもいくつか、師匠がお奨めの料理を頼んでくれる。暫く待っていると、料理の前に、飲み物が運ばれてきた。グラスをカチンと合わせ、三人で乾杯する。


「新人の門出に、乾杯!」

「頑張ってね、マール!」

「はいっ。あの、お二人とも、ありがとうございます……」

「しっかりしろ、主役だろ」


 照れてしどろもどろになっていると、男は笑って、豪快にエールを飲み干した。

 カタン、とジョッキをテーブルに置いた彼は、相変わらず軽薄な笑みを浮かべていたけれど、「ちゃんとした自己紹介はまだだったな」と、改まった口調で切り出した。


「俺はラーシュ、二十歳。ギルドで剣士やってる。フローラとは駆け出しの頃から知り合いで、何度かパーティを組んだ事もあるな。一応は高位ランクだから、困った事があったら何でも聞いてくれ。

 あと、この街の美人はみんな知り合いだ。彼女がほしくなったら言えよ。誰か紹介してやる。つうことで、これからよろしく」


 「最後の情報いらないわよね」と師匠が呟く。全く同感だ。


「僕はマールと申します。魔法師として修行中の身ですが、どうぞよろしくお願いします」

「おう」


 ペコリと頭を下げると、男は嬉しそうに僕の髪をワシャワシャと撫でてきた。犬みたいな扱いだと思ったけど、不思議と嫌ではない。

 父にしっしっと邪険にされたのとは全く違う。これは愛情表現の一種なのだ。


「お待たせしましたぁ!」


 丁度、給仕のお姉さんが、元気よく料理を運んできた。すぐにテーブルが大皿で埋まり、温かい湯気と良いにおいに満たされていく。

 ラーシュは料理が来た途端、「これも食え」「こっちも食っとけ」とひたすら僕の世話を焼いた。

 僕がよほど、栄養失調気味に見えたのかも知れない。言われた通りに頑張って食べる。


 取り皿に乗った魚の揚げ物と、鶏の串焼きを必死に頬張っていると、果実酒をちびちび飲んでいた師匠が、ふと思い出したように言った。


「そういえば、来週仕事で、三日ほど家を空けなきゃいけないのよ。マールは初めての留守番だけど、この街にもかなり慣れてきたから、まぁ大丈夫よね?」

「えっ……が、頑張ります…………!」

「自信なさげだなおい……」


 つい情けない顔をした僕に、ラーシュが呆れて言う。

 でも不安になるのは致し方ない。ハーネに来てからというもの、師匠の後ろをヒヨコのようにくっついて回ってたのだ。

 勿論、フローラさんも僕にずっと構ってられるわけではない。それはちゃんと分かってる。師匠の仕事は本来、ギルド所属魔法師なのだから。


「僕は一人でも大丈夫です。どうか師匠は、心おきなくお仕事に行ってきてください!」

「よく言ったわっ! さすがは私の弟子ね!」

「留守番ごときで、よくそんなに盛り上がれるな……」


 隣のフローラさんにぎゅっと抱きつかれ、ラーシュにまた呆れられたけど、僕はそれどころじゃない。「ちゃんと留守番するぞ」と決意を新たにする。

 そんな師弟の様子を眺めていたラーシュが、苦笑いして口を開いた。


「来週俺はずっとこっちだから、こいつの様子を見に行ってやってもいい。ていうか、フローラは最初からそのつもりだったろ」

「あら気づいてた?」

「そりゃ気づくだろ」


 ラーシュが肩を竦める。うふふと微笑むフローラさんは、なかなか食えない魔女だった。策士ですね師匠。

 ラーシュはワイルドに骨付き肉を齧りつつ言う。


「新人の頃は、俺だってフローラに世話になったし、これくらいは別に手間でも何でもない」

「良かったわね、マール。あなたの保護者が二人になったわ!」

「いえ、大丈夫です。一人でもやり遂げてみせます……!」

「マール、意気込みはいいと思うけど、そんな悲壮な顔してたら説得力ゼロよ……」


 フローラさんも、うんうん頷くラーシュも、同じようなしょっぱい顔をしている。何故だ。


「無理は言わないから、ラーシュに甘えなさい」

「そうだぞ。お前になんかあったら、俺らは寝覚めが悪い。世話焼くのも最初の内だけだし、そんなに気負わなくていい」


 ラーシュの琥珀色の瞳は、楽しげに細められている。彼はやっぱり、面倒見が良い性格なんだろう。それに軽薄だけど普通に格好いい。本当に惜しい。

 しかし待てよ、と思い直す。そもそも僕は男女の機微にかなり疎い。夜会に出た時も、父に言われるまま誰かと喋ったり踊ったりして、粗相のないようにするのに必死で、「あのひと素敵」みたいな感情は皆無だった。

 恋愛話をした同世代の友人もいなかったし、恋愛小説さえろくに読んだ事がない。人生で一番必死に読んだ本は、転移魔法の書である。

 あくまで仮説だが、男性の場合、軽く見られた方が多数にモテるのかもしれない。ラーシュを見てるとそんな気がした。


 ……とまあ、益体もない事を考えて、いずれにせよ余計なお世話だよね、という結論に至った。ここまで約二秒。

 それより留守番中に、ラーシュが様子を見にきてくれる、という話でしたね。うん。


「では……お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、ラーシュ」

「うん、何なら添い寝してやってもいいぞ」

「……そい……?」

「だから添い寝」

「いや要りませんて! もう子供じゃありませんし!!」


 真っ赤になった僕を見て、ラーシュはカラカラ笑っている。本当に失礼な男だ。


 その後も楽しく食事は続いた。僕の料理下手をネタに師匠とラーシュがからかってきたりしたけれど、ちっとも嫌な感じはしなかった。

 多分、母がいなくなってから一番楽しい夜だったと思う。



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