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06. 優しき魔女と再会しました

 


 ハーネに着いて早々、とんでもない目に遭った。あのまま人攫いに捕まってたら……と思うと心底ゾッとする。

 それにしても、助けに入ってくれた銀髪の色男は、めっちゃくちゃ強かったなぁ。絶対に只者じゃない。

 彼が単に通りすがりの親切な人なら、お礼も言わず逃げたのは失礼だったかもしれない。でも、よく知らない街で、見知らぬ人間に付いていくなんて出来ない。

 リスクが高すぎるから仕方ない。


 いまだ燻る恐怖をどうにか脇に追いやって、紙片に書かれた魔女のうちに向かう。そして……暫く歩き回って、やっと目的の家を発見した。

 小さな路地に面した、白壁と赤い屋根の二階建て。そこが魔女の家だった。


「ここが、あのひとの家……」


 思わず、ごくりと喉が鳴る。

 彼女には一度、手紙を送った。転移魔法の練習も兼ね、屋敷を抜け出した際に、ついでに彼女宛に手紙を出したのだ。

 内容は、いつか彼女を訪ねるつもりでいる事と、弟子にしてほしい旨を書き綴った。そして、向こうからは返事を出さないようにお願いした。


 返信不要と書いたのは、万一父に彼女の返事が見つかって、家出計画がバレたりしたら、父はジジイとの婚姻を急がせたり、私を軟禁する等の強行手段に出る可能性があったからだ。そうなったら逃げられない。

 返事がほしくなかったわけではないけれど、慎重に行動するに越した事はなかった。


 気を取り直して、目の前のドアを叩きかける。しかし…………再び迷いが生じて、俯いて手を下ろした。


 彼女が自分を騙していたら……とふと考える。

 ……でもその考えはすぐに打ち消した。

 彼女はギルドから派遣された正真正銘の高ランク魔法師だ。私を騙すために住所を渡したとは考えにくい。

 そもそも、あの時の私は、世間知らずの令嬢だった。遠方のハーネまで会いに来るなんて、彼女自身もあまり期待してなかったのではないだろうか。


 でも、彼女の言葉通り、私には魔法の素養があった。そして家出に成功した。

 振り返ってみると、本当に無謀だったと思う。

 私は自分の人生に対して、とことん諦めが悪かったのだ。


 でも……今はどうするのが正解なんだろう。

 彼女が家出に関わってると父に知れたら、彼女の立場が危うくなるかもしれない。

 そもそも私は、彼女と会う約束もしてない。今、この家にいるかどうかも分からない。

 手紙を受け取ってないとか、長期で家を空けている可能性だってある。状況はないない尽くしだ。


 幸運にも彼女が居たとして、たった一度の会話に縋った小娘が突然押し掛けてきたら、とんでもなく迷惑だろう。

 でも、私には他に頼れる人もおらず、藁にも縋る思いだった。


 弟子になれなくてもいい。今後、一人で生きていくのに有用な話を一つでも聞けたら……と、祈るように深く息を吸って、思い切ってドアをノックした。


「はぁい、どなたかしら」


 緊張しながら反応を待っていると、懐かしい声がした。半年前、私に助言をくれた魔法師の、あの声。

 へなへなと膝から崩れそうになるのを必死で耐えて、彼女に呼び掛ける。


「マルガレーテ・コレットです。あなたが魔獣退治で滞在したコレット家の娘ですが、無礼を承知で訪ねてまいりました。

 突然押し掛けてご迷惑かと思いますが、どうか、お話だけでもさせていただけないでしょうか」

「あら、あなた、本当に来たのね!」


 キイ、と小さな音を立てて、ドアが開く。その向こうで、数百年の時を生きる魔女が、見とれるほど優しい笑みを湛えて立っていた。


「遠いところから、はるばる、私の家にようこそ。手紙は読んだわ。畏まらなくていいから、中でゆっくりお話しましょ」


 彼女はニコリと微笑んで、緊張でガチガチになっている私を家に招き入れてくれた。




 +++++




 事情を話した後。

 彼女──"獄炎の魔女"フローラさんは、「話は分かったわ」と頷いた。


「では改めて聞くわ。あなたがこれから、どうしたいかを」


 来た。何度となく頭に思い描いていたやり取りだ。私は、テーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げた。


「ぜひ、あなたの弟子にしてください!」

「うん。いいわよ」

「えっ」


 あっさり頷くフローラさん。私はガバッと顔を上げた。


「あの、本当にいいんですか?」


 おそるおそる聞き返す。さっきまで、断られたらどうしよう……とそればっかり考えてたから、予想外の肩透かしに戸惑ってしまう。


「ええ、何の問題もないわ」


 魔女は、二度目も躊躇なく頷いた。空耳か幻覚かもしれないと思ったけれど、現実だった。こんな簡単に引き受けて大丈夫なの……?とかえって心配になる。

 押し掛けておいて何なのと言われそうだが、家出した貴族娘の私に関わって、彼女が罪に問われたら、それこそ恩を仇で返すようなものだ。

 やっぱり、やめるべきかもしれない。


「……私が言うのもおかしいですけど、私なんかを弟子にしたら迷惑ですよね? 断られたとしても、あなたには感謝しかありませんし、後は自分で何とかします、よ……?」

「そうねえ。でも、大丈夫じゃないかしら」


 魔女は首をこてんと傾げ、軽く握った拳を顎につけて言う。


「遠縁の男の子を引き取った事にしておくわ。私の弟子でいる間は、男の子で通しましょ。

 あなたのお屋敷でも言った事だけど、せっかく魔法の素養があるのに、五十手前の好色ジジイに嫁いで、人生棒に振る事ないわ」

「…………っ」


 フローラさん、超良い人。やっぱり私の事情を知って、気にかけてくれたらしい。

 ──気がついたら、私の目からドバドバと涙が溢れていた。


「うあぁ……すみません」

「いいのよ。家に戻したりしないから安心して。あなたも大変だったわね」


 彼女は小さな子をあやすように、私の短くなった髪を撫でてくれた。親にも与えられなかった優しさが胸に沁みて、また涙が溢れる。蛇口がぶっ壊れた水道みたいだ。


「髪、バッサリ切っちゃったのねぇ」

「はい、男装の方が安全かと思いまして……」

「そうね、正しい判断だわ」


 フローラさんは笑って頷く。


「あなたの顔立ちって、綺麗だけど何となく中性的だし、男の子で通しても違和感はないと思うわ。独立したら別の街に行って女の子に戻ればいいし、その頃にはあなたの親も、諦めがついてるんじゃないかしら」

「ありがとうございます! これからお世話になります!」

「ええ、よろしくね」


 ずびっと鼻を啜った私に、フローラさんは無邪気に目を細めた。尊敬する恩人、という贔屓目を差し引いても、彼女は非常にかわいらしい。

 ウェーブのかかった蜂蜜色の髪に、若草色の瞳をした美人さんだ。

 名前も外見もベリーキュートなフローラさんだけど、実は、凄まじい炎魔法の使い手でもある。"獄炎の魔女"という異名からも推して知るべし。

 うちの領地でも、大型魔獣を片っ端から消し炭にしたという。おそるべき火力。ほんと格好いい。痺れる憧れる……


 いつかフローラさんみたいになりたい……!と意気込んでいると、「じゃあ早速がんばろう!」とキッチンに案内された。

 ──そこは、いわゆる腐海の森だった。"獄炎の魔女"は片付けが大の苦手らしい。



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