05. 軽薄な救世主でした
「放してやれ」
そういって殴りかかるチンピラを止めたのは、背の高い若い男だった。
ややくすんだ銀色の髪、煌めく琥珀色の瞳。魅力的な甘い顔立ちだが、何となく軽薄さが漂う。
やたらモテそうな色男。そんな印象だった。
灰白で統一した上下の衣服は、さして華美ではなく、普通の町人のそれと大差ない。
しかし腰に下げた長剣の存在感は、全く普通ではなかった。
装飾と呼ぶには、いかにも武骨。
実戦で活躍しそうな、使いこまれた代物だ。
隙のない身のこなしや、鍛えられた長身を見れば、彼がその剣に相応しい使い手だろうという事は、素人である私の目にも明らかだった。
ギルド所属の剣士だろうか……と、少し冷えた頭で当たりを付ける。
ていうか、何その腕力。えぐい。
銀髪の男は、別に筋肉ダルマというわけではない。なのに、極太の腕を難なく掴み、ピタリと止めている。
オッサンが「ぐぐ……」ともがいても一向に振りほどけないのは、圧倒的に力の差があるからだ。
なんて馬鹿力。私の首とかなら、片手でパキッと折っちゃうだろう。
「てめえ、放せッ!」
「放すわけねえだろ。てめえら、ナンパにしては品がなさすぎんじゃねえの。二人がかりで女脅すとか、サイテーのクズ以外に表現のしようがあるか?」
男が嘲るように笑う。さらに力を込めたのか、オッサンが喉の奥で「ぐぅっ」と呻いた。
見かねて、眼帯を付けたもう一人が叫ぶ。
「よく見ろ、そいつは女じゃねえ、男だ!」
「…………そうなのか?」
男の琥珀の瞳が、人攫いから、はた、と私に向いた。彼はまじまじと私の顔を覗きこみ、短髪を確認し、私の薄っぺらい体を眺め、「……ほんとだ」とあからさまにガッカリした表情になる。
……失礼なやつだ。すみませんね、男で。いや本当は女だけど。
ああ、でも、「男だから助けるのやーめた!」とか言い出したらどうしよう。いっそ、女だとバラした方がいいの……!?
一人焦りまくる私を他所に、男は不機嫌そうに「くそう」と低く唸った。
「何だよ、颯爽と美人を助けて、顔見知りになるチャンスだと思ったのにさあ」
「ぐぁあああっ」
さぁ、の所が、人攫いの野太い悲鳴と重なった。同時に、人攫いに投げ出された私は、ズシャァと石畳に顔を打つ。めちゃくちゃ痛い。
「腕がっ、腕がぁあっ!」
「ぎゃあぎゃあうるせーぞ、オッサン」
「いっ……たぁ……」
「あ、悪い。大丈夫か坊主?」
ぶつけた鼻を押さえながら、涙目で顔を上げる。そして目にした光景にぎょっとした。人攫いの腕が……あり得ない方向に曲がってるんですが。
「ひぇ……」
思わず口から悲鳴が漏れた。
銀髪の男は、腹いせにオッサンの腕を捻り上げ、ポキッとやっちゃったらしい。
「クソッ、そいつを放しやがれ!!」
今度は、眼帯のもう一人がやけくそで剣を抜いた。わぁ、刃傷沙汰……
今まで経験したことのない暴力が目の前で繰り広げられている。出来ればすぐにこの場を離れたかったが、足がガクガクして走るどころではない。泣きたい。
だがこんな状況に慣れているのか、銀髪の男は平然と嘲笑を浮かべた。
「てめえ、剣を抜くならそれなりに覚悟しろよ。返り討ちにあっても文句は言えねえんだぞ」
「あぁ!? てめぇ、細切れにしてやる!!」
「ハッ、やってみろよ」
男は琥珀色の瞳を僅かに細め、武器を持つ相手の方に向きを変えた。火に油を注がれた眼帯のオッサンは、怒りを膨張させ、今にも斬りかかってきそうだ。
「お前は下がっとけ、絶対に前に出るなよ」
鼻を押さえたまま固まってる私に、男は横目で警告する。言われなくても腰が抜けて動けない。無用の心配だが、一応コクコクと頷く。
男は言うが早いか、掴んでいた人攫いを勢いよくブン回し、手近な壁に叩きつけた。
「ぐぇっ……!」
蛙が潰れたような声がして、人攫いがずるずると地面に倒れ込む。よく見たら白目剥いてる。やっぱりこの人めちゃくちゃ強い。
続けて、銀髪の男は流れるような動作で一歩踏み出した。同時に長剣を抜き放つ。
ガキン、と激しい剣戟が響いて、人攫いの剣が鋭く弾かれた。次の瞬間には、返す白刃が男の首にピタリと当てられていた。
「動くと首を飛ばす」
口角を吊り上げ、底意地の悪い笑みを浮かべた男に対し、眼帯の人攫いは剣を足元にカツンと落とし、おそるおそる両手を上げた。
「──さて、」
どこからともなく出した縄で、手際よく男たちを縛り上げた銀髪の男は、落胆を隠さずに私を振り返った。
「あーぁ、何だよ、マジで男かよ。遠目でも絶対女だと思ったんだけどな。すっげえ好みだーとか張り切っちゃった俺の期待を返せよ……」
「…………」
なぜか責められてるけど、私は悪くないと思う。女だけど。本当は。
「ま、いいや。ごめんな愚痴って。で、坊主。こいつらと知り合い?」
「…………ッ」
ブンブン首を振って否定する。こんな臭くて、ガラの悪い知り合いが居て堪るか。
「じゃあ、連れ去られそうになったとか?」
「…………!」
コクコクと首を縦に振る。
「そんなに首振ったら折れるぞ。ならこいつらは人攫いって事でいいな?」
コクコクと頷く。
「そっか。怖い思いしたな。もう大丈夫だ」
男は安心させるように、大きな手で私の短髪をポンポンと撫で、地面に顔をぶつけたせいで出た鼻血を、雑にぐいっと拭いてくれた。
……普通に優しい人かもしれない。女好きだけど。
「俺はこいつらを警備隊に突き出してくるが、お前どうしたい? 行くとこあるんなら、後で送ってやってもいいけど。見た感じ、こっちに着いたばかりの旅行者とかだろ」
彼はそんな提案をしてきた。軽薄に見えて、意外に世話焼きでもあるようだ。頷きかけた私は、そこで、はたと考え直した。
──彼だって初対面だ。万が一、足元に転がされてる人攫いとグルだったり、別のグループの悪党だったりしたら。
今度こそ身ぐるみ剥がされ、人買いに売り飛ばされるかもしれない。そうなったら本当に終わりだ。
やっぱり、簡単に人を信用すべきじゃない。それでなくたってこいつは胡散臭い。女だとバレたら、豹変して襲って来るかも、という可能性に思いあたる。
──よし逃げよう。
足元に落ちていた自分の荷物を殊更ゆっくりと拾い上げ、男に視線を向ける。軽薄な笑みを浮かべた男は、一緒に来るんだな、と心得たように頷いた。
けれども私は、パッと身を翻して、脱兎の如く駆け出した。
「あっおい!」
背後の声を無視して、路地裏を駆け抜ける。明るい大通りに出ると、人混みに隠れるように必死に走った。暫くして後ろを振り返り、誰も追いかけて来ないのを確かめて、やっと立ち止まる。
とにかく助かった。壁に寄りかかって、ゼイゼイと荒い息を整える。
───よし。今度こそ、魔女の家に向かおう。同じ轍は踏まないように周りに注意を払いつつ、街の片隅で転移魔法を発動させた。