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03. 計画に望みを託しました

 


 魔法の素質がある──その言葉を反芻する。繰り返し、何度も。そうして私は一つの結論を導き出した。


 ──家を出て、魔法師になろう!


 決めた。あの人みたいな魔法師になりたい。

 私の決意は固かった。

 いったん決心すると、心にわだかまっていた澱のようなものは、綺麗さっぱりどこかに消えてしまった。霧が晴れるように、思考が、感覚が研ぎ澄まされていく。


 魔女がくれた一言。たったそれだけの根拠で家出なんて無謀すぎる……と自分でも思う。

 でも、父の言いなりになってロリコンジジイに嫁ぐよりマシだ。きっと何千倍も。


 私が何より欲しかったのは、誰にも縛られない"自由"だった。

 自分の人生は自分で決めたい、という"意思"だった。

 籠の鳥ではなく、人として生きたい。そんな感情が自分にもあったんだと気づいてしまうと、元の自分には戻れなくなっていた。

 家出すると決めたら、為すべき事が次々浮かぶ。もはや迷いはない。


 父や継母には「可愛げがない」「生意気だ」などとさんざん嫌味を言われてきたけれど、結局これが私なんだと思う。

 失敗したって構うもんか。どうせ詰んでるなら、好きに生きたい。


 そして………ふと、魔女の微笑を思い出す。

 何となくだけど、彼女は私に同情して、声をかけてくれたんじゃないか。そんな気がした。


 コレット家の使用人は基本的に噂好きだ。空気のような私の前でも、好き勝手にお喋りする。

 使用人にあるまじき事だが、客人である魔法師の彼女の前でも、親の都合でジジイに嫁がされる娘の話をしてしまったのではないだろうか。

 彼女が声をかけたのは、話を聞いて憐れんだからなのかな……

 というのは私の想像でしかないけれど、あながち、外れてはいない気がする。


 どちらにせよ、人生の墓場な政略結婚から逃げる千載一遇のチャンスだ。


 希望が見えたら、食欲も湧いてきた。

 塞ぎがちだった私が急によく食べるようになって、使用人には訝しがられた。

 小枝のように細かった体に、少しずつ肉が付いていく。ついでに筋トレも始めた。筋肉は裏切らない。筋肉こそ、今の私の唯一の味方だ。

 家出した後はどんな生活になるか分からないので、基礎体力は何をおいても必須だった。




 ──それから一ヶ月。私の体は、着実に筋肉量を増やした。筋肉最高。筋肉万歳。

 鶏ガラのようだと継母にバカにされた体だけど、腹にうっすら線が浮き出てきたのは感動した。これが腹筋というやつか……!

 感動の余り、一日何回も鏡で見てしまった。ただし胸は相変わらず平坦。まあいい。今は必要のないものだ。


 これほどの変化にも関わらず、父や家族は相変わらず、私に無関心だった。

 娘をジジイに売り渡す後ろめたさなのか、はたまた邪魔者が片付いて安心したのか、私はますます放っておかれた。

 以前はあれでも家族だと思ってたから、多少の寂しさはあったけど、今は違う。

 むしろそっとしといてほしい。その方が都合がいい。

 家族の無関心をこれ幸いとばかりに、着々と計画を立て、家出に向けて動き出した。




 計画その一。

 魔法を覚える。それも転移魔法に全フリで。

 そのために必要だったのが、魔法書の入手だった。手始めに出入りの行商人を泣き落とし、母の形見である宝石を一つ握らせて、転移の魔法書を持ってきて貰った。

 話を聞いた商人は亡くした娘に私を重ね合わせたらしく、快く協力してくれた。


 その魔法書を見ながら、寝る間を惜しんで魔法の練習に励む。

 人目につかない夜中、寝室で毎晩、魔法を練習した。最初は寝室の角から角へ。次に部屋から庭に出て、また戻る。そうして徐々に遠くまで行けるようになった。

 うっかり庭の噴水に落ちた時は、音を聞きつけた使用人に見つかりそうになったけど、その前に転移魔法を使って事なきを得た。危なかったぁ。


 三ヶ月も経てば、相当な距離を移動できるようになった。ついでに少し街を歩き、お金の使い方や、世間の常識を付け焼き刃でも身につける。

 これでいつでもうちを出ていける……!


 独学でも転移魔法がそれなりに使えるようになった事で、私は少し自信を深めた。

 ──後から思えば、家出の一番の決め手になったのが、この「自信」だった気がする。それがなかったら、家出に挑む勇気なんか出なかった気がする。


 さて、計画その二。

 逃亡用の荷作りと、資金調達。まず用意したのは保存食。それから少年の服。

 私は使用人に頼んで、食事やお茶うけに、乾燥させた果物やナッツを毎回出してもらうようにした。それを食べずにコツコツと瓶に貯めていく。

 暫く経つと、それらの保存食は、数日なら飢えずにすむ量になった。ナッツや干し果物を溜めこんだ瓶は、さながらリスの冬支度のようだった。


 服は、小間使いの少年の服が干されているのをこっそり拝借した。靴は侍女のものを借りる。

 借りるといっても返せないのだけれど、元はうちから支給された物だし、私は人生がかかってるので、まあいいかの精神で気にしない事にした。

 旅の資金は、出入りの商人から魔法書と一緒に受け取った現金。元の宝石が高価だったので、釣りとして幾らか用意してもらった。贅沢さえしなければ、何日かは宿に泊まれるだろう。


 計画その三。

 地図の入手。これは、うちの図書室にあったものを持ち出した。年代物で読み取れない箇所もあったけど、何も無いよりはいい。

 家を出たら、まずは魔女の住む街を目指す。彼女に会えたら、弟子入りできないか頼んでみるつもりだ。

 魔女は、東の国境近くのハーネという街に住んでいるらしい。改めて地図で見るととても遠かった。ルートを確認して何度もシミュレーションする。

 教えてくれた住所が嘘なら嘘で構わない。弟子入りを断られても、その時はその時だ。街に暫く滞在して、身の振り方を考えよう。


 できるだけ楽観的になれ。失敗をおそれるな。自分にそう言い聞かせて、計画を進めていく。


 そして、半年後。

 決行の日がやってきた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 男装王女からはじまり、こちらにもお邪魔しています。 とても読みやすいです。 [一言] まさかの筋肉
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