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見習い男装魔法師と、無自覚な恋  作者: es


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後日談 今いる場所

本編後、二人が港町に移住した後のお話。

 


 港町エッダに移住した後は、家を決めたりギルドに登録したり家具を揃えたりと、何かと忙しかった。

 一ヶ月もすればそれも落ち着いて、私とラーシュは冒険者として本格的に働きはじめた。


 とはいえ、私はまだまだひよっこだ。

 ランク的には中堅クラスだけど、冒険者歴は一年ちょっとで、経験も浅い。

 一方、ラーシュは高ランクの冒険者だ。そのため、依頼によっては、彼とパーティを組めない事もある。


 そういうのもあって、当初ラーシュは、自分の目が届かない所で私が危険な目にあうのではないか、と心配していた。

 でも、危険を承知で冒険者になると決めたのだ。早く独り立ちしたいし、過保護にされたら成長はない。そう切々と訴えて、彼を説得した。


 新しい生活は何かと物入りで、お金も貯めたいし、ラーシュに追いつくためにもたくさん依頼をこなしたい。高位の魔法も覚えなきゃ……


 と気負った結果、移住三ヶ月目にして、私は見事にぶっ倒れたのだった。




「…………お前は無理しすぎ。気持ちはわかるが、焦りは禁物だ。そんな体調で依頼受けて、なんかあったら元も子もねえんだぞ」


 体調を崩した所に、厳しい口調でラーシュにそう言われ、かなり落ち込んだ。

 でも、言わんとすることは分かる。

 駆け出しの頃、ラーシュは仲間を失って、一度は自暴自棄になった。初心者が無闇に焦ったり、自己管理がなってないと命に関わると知っているから、彼の言葉はいつになく重かった。


「すみません…………」

「わかればいいんだ。今はとにかく栄養とって休め。ほら、食え」

「ありがとうございます……」

「食べたら寝とけ。いいな」


 ラーシュはベッド上の私にお粥の椀を渡すと、私の髪をくしゃりと撫でて、タオルや水差しを持って出ていった。

 あついお粥をハフハフしながらスプーンで掬って食べる。手作りのお粥が疲労の溜まった体にじんわり沁みこんでいく。


 私が倒れた後、ラーシュは速やかに医者を呼んで、てきぱきと世話を焼いてくれた。

 依頼中にパーティの怪我人や体調が悪くなったメンバーを介抱することもあるのだろう。ものすごく手際が良い。

 出汁のきいたお粥はとてもおいしかった。後で作り方を習っておこう。料理はまだ苦手だけど、お粥くらいなら何とか……うん。多分、作れると思う。


 サイドテーブルに椀を置いて布団に潜りこむ。体が内側からポカポカして、うつらうつらしてきた。

 そうして微睡んでる内に、いつしか意識は深い眠りのなかを転がり落ちていった。




 +++++




『……マルガレーテ、今日からお前は離れで暮らすんだ』

『まあ、お姉様には離れでももったいないわ』

『くくっ、たしかに』

『あなたたち、そんなことを言ってはダメよ』


 ──久しぶりに家族の夢を見た。これは父に離れに住めと命じられた日だ。

 母が亡くなって数年後。家族のなかで、はっきりと爪弾きにされていると自覚させられた出来事だった。

 妹と弟を形だけ嗜めた継母は、言葉とは裏腹に薄く笑みを浮かべてたっけ。

 あぁ、イヤなこと思い出しちゃった……


 ──でも、これはただの夢だ。終わった過去の出来事で、今の私には何の関係もない。

 早く目が覚めてくれないかな……と思った所で、「マルガレーテ、起きろ」と誰かに肩を軽く揺すられた。


「……っ、ラーシュ……?」


 はっと目が覚めると、琥珀色の瞳が心配そうに私を覗きこんでいた。


「うなされてたぞ。大丈夫か?」

「…………平気です、けど……ちょっと嫌な夢を見てました。実家にいた頃の、あまり、いい思い出とは言えない出来事で……起こしてもらえて、良かったです……」

「そうか」


 ラーシュはそっと私を抱き起こすと、軽く抱き締めてくれた。


「今は俺がお前の家族だからな、安心しろ」

「……まだ結婚してませんけど」

「つれないこと言うなよ、今からするんだろ」


 ラーシュはおどけたように言って、優しく背中をさすってくれた。


 一応ラーシュとは恋人同士ということになってるし、求婚もされたけど、生活が落ち着くまで結婚は待って貰ってる。

 寝室も別々で、手を繋ぐとか、たまにこうして特別に抱き締められる以外の接触もしてない。

 というのも、


「キスとかしたり、お前が隣で寝てると歯止めが効かなくなると思う」


 と、ラーシュが真顔で怖いことを言うので、話しあった結果そういうことになった。

 色々我慢させて申し訳ない、と思う。同時に、それで彼の心が離れてしまったら、という不安も正直感じていた。

 自分を差し出せないくせに、恋人の心変わりを心配する私は狡いのかな、と悩む私に、ラーシュは、


「オレは待てるから大丈夫。心配するな。つうか、オレが無理やりついてきたんだから、お前のしたいこと優先なのは当たり前だろ」


 ときっぱり言ってくれた。

 その言葉を信じて私なりに必死にやってきたけれど、体調が悪いとつい弱気になってしまうみたいだ。うっかり見てしまった悪夢がそれに拍車をかけていた。


「……自分が、不甲斐ないです」

「おい、泣くなよ」


 ポロポロ泣いてしまった私を見て、ラーシュが慌ててこちらの顔を覗きこむ。

 深い琥珀色の瞳が私を真摯に見つめた。


「お前はよくやってる。その若さで、しかも二年足らずで中堅なんて簡単になれるもんじゃない。だから焦らなくていいし、もっとまわりに甘えろ。

 マルガレーテはどっちかっていうと、焦って一人で何とかしようとするから見てて危なっかしいんだよ」

「…………そうでしょうか」

「ああ。頑張りすぎなの、お前は。わかった?」


 あやすように私に優しく言い聞かせたラーシュは、少し体を離し、涙で濡れた頬をそっと拭ってくれた。

 それから彼は、少し言いにくそうに言葉を続けた。


「それとさ……『ラーシュを待たせて悪いな』とか全然思わんでいいからな」

「…………はい。えーと、ほんというと、ちょっとだけ思ってました。ごめんなさい………」

「だと思った。オレも強引についてきたしなぁ……こっちこそごめんな」

「いいえ、ラーシュにはすごく助けられてますし……私もあなたが………す、すきだから、早く恋人っぽくなりたくて、つい…………」


 最後はごく小さな囁き声だったけれど、彼の耳にはしっかり届いたらしい。

 ラーシュは「あーーーもう、お前はかわいすぎるんだよ!!!」と叫ぶと、まるでぬいぐるみに抱きつくように私をぎゅーっと抱き締めた。


「大丈夫。いつか絶対足腰立たなくなるまで恋人っぽいことしてやる。楽しみに待ってろ」

「そういうこと言われると逆に怖いんですが…………!?」

「怖くない怖くない。どっちかっつーと天国見るだけだから」


 余計に怖いことを揶揄うように言って、ラーシュはぐりぐりと頭を寄せてきた。


「オレはいつまでだって待てるし、何でも頼ってくれて構わねえよ。だから、階段を三段飛ばしで上ろうとするな。わかったな」

「はい」

「いい子だ。今はとりあえず寝ろ」


 背中をぽんぽんと叩くと、ラーシュは私をそっとベッドに寝かせた。

 離れていく体温が名残惜しい。

 でも、彼の温もりは悪夢の残骸をきれいさっぱり消し去って、自分が今いる場所をはっきりと自覚させてくれた。

 彼はいつもそうして自分を導いてくれる。そのことに胸がいっぱいになる。


「ラーシュ、ありがとうございます……」

「うん」


 大きな手がそっと私の髪をすく。安心すると途端に眠気が襲ってきた。

 幸福感に満たされて、私はもう一度眠りに落ちていった。



ここまでお読みいただきありがとうございました!


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