25. これからの日々を
「────師匠、この度、僕はラーシュと二人でラネル王国に行く事になりました」
「そういうわけで、こいつは俺が貰うからな!」
二人揃って報告すると、フローラさんは「あらあらまあまあ」と嬉しそうにニヤニヤした。
結局、引越し前に押し切られ、あっという間にお付き合いする運びとなった。元女好きの手練手管は、恋愛初心者に太刀打ち出来るはずもなく、完全に丸め込まれ……無念。
「結婚は少し待って欲しい」と頼んだのは、せめてもの抵抗だ。しかし、僕がラーシュを好きなのもバレている。ぐいぐい来られたら折れてしまいそう。
「ふふ、最初からこうなると思ってたわ。何にせよ良かったじゃないの」
「まったく、俺を嵌めやがって……」
「あら、私は切っ掛けを作ったあげただけでしょう。でも、調子に乗ってマールを泣かせたら、本気で許さないから」
「"獄炎の魔女"の弟子を弄んで、敵に回すようなバカな真似はしない……大切にする」
最後の一言は、父親に「お嬢さんをください」という求婚者のように真剣だった。思わず照れた僕をちらりと見て、フローラさんが重々しく頷く。
「よろしい。結婚式には絶対呼んでね。あと、二人の子どもが生まれたら、何をおいても見に行くから!」
「気が早すぎますよ師匠……」
「あなた達の子なら、私の甥か姪みたいなものでしょ。すっごく楽しみなの!」
「絶対かわいいんだから!」とはしゃぐフローラさんが一番かわいいです。
「甥か姪じゃなく、お前の年齢からいってひ孫だろ」
ボソッと呟いたラーシュの一言で、フローラさんの額にピキッと青筋が走る。そして、"獄炎の魔女"の逆鱗にふれた男は、割と本気で燃やされかけた。
僕は学んだ。魔女に年齢は禁句だ。そのドタバタがおさまって、僕は改めてフローラさんに向き直る。
「師匠、これまで僕を導いてくださってありがとうございました。この恩は一生かけても返せませんが、絶対忘れません」
偶然出会ったフローラさん。彼女の一言があって、僕は家から逃げようと決心した。一か八かの賭けだった。
そうしなければ、僕は色ボケジジイに嫁がされ、ろくでもない人生を送っていただろう。
今は堪らなく幸せだ。それはどんな宝物より価値のあるもので、限りなく勝率の低い賭けに、僕は勝ったのだ。
「恩なんて返さなくていいのよ。あなたは私の大切な弟子なんだから。向こうに行っても元気でね。必ず会いに行くわ」
「はい」
思わず涙が溢れた僕を、フローラさんはぎゅっと抱き締めてくれた。それをラーシュが黙って見守っていた。
+++++
その数日後。
僕らはラネル王国の港町に降り立っていた。
「……変じゃないですか?」
「全然。よく似合ってる」
久しぶりに女性用の服を着た私は、落ち着かずにスカートの裾を弄っていた。
「お前が世界一かわいい、マルガレーテ」
蕩けるような笑みを浮かべた男。ラーシュは、初対面の陽気な女好きから、ダウナー系色男、そして、甘々溺愛男子という第三形態に進化した。次があるなら、今後は何に進化するんだろう。
それにしても大袈裟だ。歯が浮かないのかな。
私たちは、この街で、冒険者として活動していく事になった。家を借りたり、ギルドに登録したり、明日から忙しくなる。でも到着した今日は、宿に荷物を置いてのんびり夕食をとる予定だ。
「晩飯まで時間あるし、どっか行きたい所とかあるか?」
「僕……じゃなかった。私、海が見たいです!」
「じゃあ、散歩がてら港の方に行ってみるか」
「はい!」
元気よく返事して、並んで歩き出す。
海の街は不思議なにおいがした。少し歩いていくと、建物の上に船の帆柱が幾つも見えてきた。やがて視界が開けて、港にずらっと並んだ帆船と、水平線まで続く青い海原が広がっていた。
「これが海…………! 本当に水がたくさんあるんですね。あと青い!」
私の素朴な感想に、ラーシュが声を上げて笑った。そんな彼を見上げて瞬きする。
「海は初めてじゃないんですか?」
「親父と旅してた時に何度か見たが、初見の奴と一緒だと、新鮮で面白いな」
楽しそうなラーシュにつられて笑った私を、彼は緩く引き寄せて短い髪に口づけた。
格好こそ女性らしくなったけど、私の髪は短いままだ。引越の前に、ラーシュに髪を伸ばした方がいいかと聞いたら、
「マルガレーテは短いのも似合うし、長いのもかわいいと思う。お前がしたい髪型にしろ」
という親バカみたいな返事が返ってきた。ちなみに、この港街は髪の短い女性も少数ながらいるらしい。なので、暫く短いままでもいいか、と気楽に考える事にした。
海を前にはしゃぐ私を見て、ラーシュは眩しそうに目を細める。
「お前の世界が広がっていくのを、側にいて、ずっと立ち会えるなら、こんなに幸せな事はねえな」
「…………」
ラーシュは嬉しそうに笑っている。それが余りに幸せそうなものだから、私の心臓は壊れそうになった。直視できずについ顔を俯ける。
ラーシュには一生勝てる気がしない。
その時ふと、彼の父上殿が教えてくれた一族の古い言い伝えを思い出した。狼の聖獣の血を引くという彼らは、出会った運命の相手を一生かけて愛する、という伝承を。
──ラーシュにとって私がそうだったらいいな、と思う。一族ではない私にその感覚は分からないけど、心からそう願った。
「じゃ、飯食いに行くか」
「はい」
手を繋いで街に戻る。これからの日々がどうあろうと、この瞬間の幸せを一生忘れないように心に焼き付けた。




