24. 互いに嘘ついてました
「あの……離して貰えませんか」
「嫌だ」
話は一段落したが、さっきから抱き締められたままだ。距離を取ろうとしたのに一蹴されて、かえって、ぐっと引き寄せられた。
「僕、あなたを騙して嘘ついてたんですよ」
「色々と事情があったんだろ。前に言ってたジジイに嫁がされそうになった娘って、お前の事じゃねえの」
大正解だ。
僕が女だったのは全然気がつかなかったくせに、それには気づいてしまうなんて。ラーシュは、僕の沈黙を肯定と受け取ったようだった。
「お前が女だって知って、全部納得した。でも他の男の物になるんだと思ったら、すげえ落ち込んで……どうしていいか分からなくなったんだ。さっき、お前に当たったのは悪かったと思う。すまなかった」
彼は切なく許しを乞う。物憂げな美男子がやると、破壊力が凄まじい。どんな酷い事をされてもうっかり許してしまいそうだ。
……いや違うな。誤解を誘導したのは師匠で、隠し事をしてた僕が悪いのだから、許すも何もない。
「ラーシュが謝る必要はありませんよ。嘘をついてたのは僕で、結婚も誤解だったんですから」
「いいや。俺もお前に嘘をついてた。だから俺が怒る資格なんかなかったんだ」
「あなたが嘘?」
思い当たる節がない。首を傾げると、ラーシュは不敵に笑った。それが、普段の彼に近い表情で、少し安心したけれど、言われた言葉は安心から程遠いものだった。
「お前の事は最初、弟がいたらこんな感じかなーとか思ってた。だから『男に興味ないから安心しろ』って言ってたんだ」
「……そうでしたね」
「でもそれは最初だけで、お前はめっちゃくちゃかわいいし、女だったら絶対タイプだから、段々「もう男でも良くね?」とか思い始めて……あの副官も男とか関係ないって煽ってくるし、最近はマジでヤバかったな。何度か理性が四散しかけたぞ」
「四散」
「ああ、いつ弾け飛んでもおかしくなかった」
とんでもない告白に息を飲む。
「……男同士なのに、時々、空気おかしくない?とか思ったの、気のせいじゃなかった……って事です、か……?」
おそるおそる尋ねた僕に、いっそ爽やかな笑顔でラーシュは肯定した。
「そういう事だ」
「マジですか」
「思ったけど、お前も結構俺の事好きだよな」
「えっそんな事は……いや、そうなのかな……?」
「そうやってすぐ騙されそうになるのが……まあ、かわいいけど」
「洗脳はやめてください……」
僕を抱き締め、くつくつと笑い声を上げたラーシュは「ほんとかわいい」とグリグリと銀色の頭を押し付けてきた。まるで飼い主に甘える大型犬だ。
しかしこいつは可愛らしい愛玩動物などではない。飢えた狼さんだという事実を忘れてはならない。この和やかな雰囲気が変わらない内に、二人きりではない場所に移動しよう。可及的速やかに。
引越とか、"女神の霊薬"の代金とか、話したい事は他にも色々あるしね!
「誤解は解けたので、とりあえずご飯食べに行きましょう! すっっごくお腹すいてるんです!」
「あーそうすっか」
力任せにべりっと剥がすと、ラーシュはやけにあっさり離れていった。胡散臭い笑顔が逆に怖い。
頭に浮かんだのは、罠にかかった獲物のイメージだった。いや、多分気のせいだ。気のせいったら気のせい。
とりあえず彼に愛想笑いを返し、僕達は行きつけの食堂に移動したのだった。
夕飯どきの食堂は喧騒に満ちていた。人に聞かれたくない話をするには逆にうってつけかもしれない。僕らは隅の席に陣取って、食事を注文し、額を寄せ合う。
「……"女神の霊薬"の代金は、稼いで必ずお返しします。ただ、これから自立するので正直お金が全然ありません。少々猶予をいただけると助かるのですが……」
「金は別にいらない。それより、どこの街に引っ越すか教えろ」
「そういうわけには」
「いいから教えろ」
お金は返さなくていい、と頑として断られた。代わりに行き先を教えろ、と彼は主張する。
渋々僕は行き先を告げた。本当は行き先を告げずに引っ越すつもりだったが、ラーシュには最大の秘密がバレてしまったし、今更隠しても意味がないと思ったのだ。
「国を二つほど跨いだ、ラネル王国の港街です。男装もそろそろ無理があるので、女性としてやっていく予定です」
「了解。俺も一緒に行く」
「はァ!? 何でですか!」
「好きな女と一緒にいたいからに決まってる」
「ちょっ待て待て待て!! そんないきなり決めていいんですか!!?」
「お前が女に戻るなら、気兼ねなく口説けるな。寧ろ行かない理由がない」
彼は実に嬉しそうだ。僕は焦って、余計な事を言う口を塞ぐ。いくら食堂が騒がしいとはいえ、誰かに聴かれたらどうするんだ。
ラーシュは僕の手を剥がすと、上目遣いにこちらを見ながら掌に素早く唇を押し当てた。余りの早業に絶句する。多分誰かが間近で見ていても、絶対に気づかなかっただろう。僕以外は。
さすが女好きを自称するだけある、と妙に感心してしまうくらい手慣れた仕草だった。
「……女たらし」
「不安なのは俺も同じだぞ」
「自信満々にしか見えませんよ」
「そうでもない。余裕なんかねぇよ」
運ばれてきたエールを一口飲んで、彼は少し苦々しい顔をした。
「世間知らずだったお前の世界は、これからどんどん広がってくわけじゃん。俺は確かにいい男だが、お前に相応しい男なんて、世の中に幾らでもいるんだぞ」
「自信過剰なのか自信がないのか、よく分からない台詞ですね……」
「俺は正直なんだ」
肩を竦めた彼は「ま、簡単には逃がさないけど」と言ってニヤリと笑った。
やっぱり、罠にかかった獲物のイメージが浮かぶ。引越先、こっそり変えた方がいいかな……と真剣に悩みはじめた時、彼が改まって口を開いた。
「お前は、魔法師として独り立ちしたいんだよな」
「そうです。僕は、師匠のような格好いい魔法師になりたいんです」
「……あんな目に遭った後でもか?」
それが黒獅子に襲われた事を言ってるのはすぐに分かった。確かにあの時は死にかけたけど、僕の決意は揺らがなかった。
「はい。誰かに勝手に自分の人生を決められるのは、もう懲り懲りなんです。僕は自分の力で生きていきたい」
キッパリ伝えると、ラーシュはふと優しく笑う。
「分かった。ま、そういう奴だからほっとけないと思ったし、好きになったんだろうな、俺は」
彼は琥珀の目を細めた。彼の言葉がすとんと胸に落ちて、沁みるような温かさが広がっていく。彼は自分を閉じ込めようとはしない。ありのままを見て、それで好きだと言ってくれる。
卵から孵化したばかりの雛と目があったような、不思議な感覚だった。初めて恋を自覚した瞬間とは、皆こうなのだろうか。
「今日は俺の奢りな。俺らの門出に乾杯するぞ」
「俺ら、とは誰と誰ですか」
「意地の悪いこと言うなよ」
僕は照れ隠しで、思わずぶっきらぼうな態度になる。明るく笑ったラーシュも、誤魔化すように料理を勧めてきた。
二人で普通にご飯を食べてお喋りして。ある意味、平穏な日常が戻ってきた。




