18. なぜか求婚されました
「求婚って、どういう意味ですか……?」
「そのままの意味だ」
話が全く飲みこめない。何ゆえ結婚。戸惑う僕に、レゼク様は噛み砕いて、理由を教えてくれた。
彼──レゼク・ノイマンは、マルガレーテ・コレット嬢、つまり僕に、夜会で出会って一目惚れした。色々ツッコミどころ満載だが、彼は真剣に僕との将来を考えていたそうだ。
彼は僕を伴侶にすべく、家族を説得し、段取りを整え、いざ求婚を、と意気込んでいた。ところがその直前で、マルガレーテ嬢とルシェンテ伯の婚約の話を耳にした。
恋した少女がジジイの後添えに……という、悲しい現実に落ち込む彼に、さらに追い討ちをかけたのは、彼女が急な病で儚くなった、という噂だった。
永遠に彼女を失った彼は、喪失感に打ちのめされた。すぐに立ち直れぬほどに。もはや誰と結婚しても、愛せる気がしない。
彼は生涯かけてマルガレーテ嬢を想い、独身を貫く覚悟を決めた。そして仕事一筋に生きようと、王都から遠く離れた、ガラナ砦への転属願を出した。
転属願はほどなく受理され、辺境の砦へ異動となり、ひたすら職務に励んでいた所──突然、僕が目の前に現れた。これは運命だと思う。
…………だそうだ。何それ重い。重すぎる。
何より、彼の禁欲的な雰囲気と、語られる情熱的な恋との落差。この人が僕に一目惚れ……?
「色々とつっこみたい所はありますけど…………家出した後、僕は死んだ事になっていたのですね」
「そうだ。君が生きていて本当に良かった」
彼は淡々と頷く。
まぁ、ジジイに嫁がせる予定の娘が家出したら、外聞悪すぎ以外の何物でもない。一番無難な対応がそれだったんだろう。だとしても、父は最低だという評価に変わりはない。
「あの、ちょっとよろしいですか」
「何でも聞いてくれ」
「あなたが僕に一目惚れとか、ちょっと信じられないんですが……」
さっきから、彼の表情は微動だにしない。顔の筋肉が仕事を放棄している。まるでお面を被ってるみたいだ。
普通、好きだった人が生きていて、運命の再会を果たし、なおかつ求婚ともなれば、もう少し……色々あるのではなかろうか。喜びに震えるとか。赤くなるとか。
それなのにこの鉄面皮である。
「すまない、私は感情が表に出ない質なんだ」
「出なさすぎだと思います」
「よく言われる。だが君への気持ちに嘘はない」
抑揚のない声に無表情。僕に気があるとは到底思えない。でも、砦の副官ともあろう方が、冗談とか良からぬ目的で、男装した家出人に求婚するとも思えない。だから本当は本当なんだろう。
ただ、僕としては結婚はちょっと……というのが本音だった。せっかく家出して自由になったのに、よく知らない人とまた結婚とか、ありがたい気持ちはあるけどやっぱり無理だ。
「……申し訳ありません、レゼク様。今の僕は貴族令嬢ではありませんし、性別さえ偽っております。何もかもあなたとは釣り合いません。どうか、ご容赦ください」
「身分など、どうにでもしてみせる」
おう……キッパリ言い切ったよこの人。何をどうするつもりだ。戦々恐々としていると、
「無論、無理強いをするつもりはない。だが、君に好かれるために、僅かな期間で構わないから私に機会を与えて欲しいのだ」
彼は身を乗り出し、無表情で懇願した。
「…………えーと、分かりました」
のけぞりつつ頷く。レゼク様は僕の素性を知った上で、実家に連絡しないと約束してくれた。なら、こちらも譲歩すべきだろう……と悩んだ末の判断だった。
でも、恋愛偏差値が最底辺な僕には、これで良かったのかさっぱり分からなかった。
「というわけで、今日はこの方も食事をご一緒する事になりました!」
「レゼク・ノイマンだ。ガラナ砦で副官をしている。よろしく」
「…………マール、ちょっといいか」
レゼク様は、砦からハーネまでついてきた。食堂前で待ち合わせていたラーシュに紹介すると、彼は苦い顔で「話がある」と僕の腕をぐいっと引っ張った。
瞬間、レゼク様が殺気立った。反射的にラーシュが剣に手を掛け、一触即発の事態になる。バチバチと見えない火花が散って、慌てて二人の間に割って入る。
「何してるんですか、二人とも落ち着いてくださいっ!」
「マール殿、こいつの素性は確かか?」
「あぁ? 何だてめぇ……」
「ラーシュ、口に気をつけて。レゼク様、彼は僕の兄みたいなもので、人攫いに連れ去られそうになった時に助けてくれた恩人なんです!威嚇はちょっと……!」
「…………それは失礼した」
レゼク様がすっと殺気を消した。ラーシュも剣から手を放す。はぁ……危うく刃傷沙汰になる所だった。
「マール。いいからちょっと来い」
「はい。すみません、レゼク様はそちらで少々お待ちください」
ラーシュにぐいっと引っ張られ、軽く頭を下げて、少し離れた角の方に行く、
「何なんだあいつ。付きまとわれてんのか?」
「いえ、あの方は、昔のちょっとした知り合いなんです。砦に行ったら偶然再会して、一緒に食事でも、という話になりまして……」
「でも、なんか困ってるだろお前」
ギクリとした。彼は意外とそういう機微に敏い。心配そうにしているので、僕が変な奴に絡まれてると思ったのだろう。大体あってる。
「けして悪い人ではないので、大丈夫ですよ」
「本当かよ……まあ困ったら言え。俺が追い払うから」
「はい。でも、本当に何でもないですから」
ラーシュに大丈夫だと言い聞かせて、食堂に戻る。しかしレゼク様とラーシュは、明らかに互いを警戒していた。先が非常に思いやられる。
案の定──二人はとことん気が合わなかった。夕食の間は刺々しい空気に包まれ、最後はどちらが僕を送るかで揉めた。決闘を始めそうな勢いだったので、白目がちになりながら「転移魔法で帰ります」と言い張って、僕は一人で帰ってきた。うちに着いたらどっと疲れた。
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夜。素性が知られた事や、求婚された事をフローラさんに報告すると、師匠は何だか楽しそうに笑った。
「あら、そんな事があったのね。断然面白くなってきたわぁ!」
「全然面白くないですよ……」
「あはは。ま、私は外野だしね。でも真面目に言うと、気を持たせるのは良くないわよ。キッパリ断った方が、その副官さんのためじゃないかしら」
「はい……折を見てそうします」
確かに、フローラさんの言うとおりだ。結婚する気もないのに、これじゃ僕は男を弄ぶ嫌な奴になってしまう。
「私は手を出さないから、経験を積むと思って、自分で対処してみなさいね。ふふ、モテる女は辛いなぁ」
「からかわないでくださいよ……でも、確かにこれは僕の問題なので、自分で何とかしてみせます……!」
僕はぐっと拳を握った。レゼク様とのあれこれに、師匠やラーシュを巻き込むわけにはいかない。
それに近々僕はハーネを去る。今回の依頼が終われば、弟子を卒業し、別の街に移る準備に入ろうとフローラさんとも話している。
──魔法や家事に関しては、師匠のお墨付きを貰った。料理は相変わらず下手だけど、簡単な食事で済ませる方法も覚えた。要するに、必要な栄養素をとれば良いのだ。
最大の問題は、少年で通すのが難しくなってきた事にある。栄養状態が良くなり、穏やかに毎日を過ごしているお陰か、僕の顔や体つきは明らかに女っぽく、丸みを帯びてきた。
性別が偽れなくなると、今の身分証は使えない。となれば、フローラさん以外の人間関係を捨て、新たな身分証を取得し、別の土地で女性として生きるしかない。
同時にそれは、二度とラーシュに会えない事を意味していた。心が千切れそうなほど寂しいけれど、様々な事情を考え合わせると、そうするのが最善だ。
二度と会えないのなら、街を去るまでは、彼とは仲の良い兄弟のような関係でいたい。
──それにしても、レゼク様の求婚は頭が痛い。人当たりの良いラーシュがやけに突っかかるし、トラブルにならなきゃいいけど……と、僕は人知れず、ため息をつくのだった。




