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見習い男装魔法師と、無自覚な恋  作者: es


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16/26

16. 彼の身の上を伺いました

 


「すまん、クソ親父が迷惑かけたな」

「いえ、全然迷惑なんかじゃ……」

「あんなんに気ぃ遣わんでいい」


 ラーシュはムスッとした顔のまま、さっきまで父上殿が座っていた僕の向かいに腰掛けた。


「さっきラーシュの父上殿が教えてくれたのですが、父上殿は東の大森林出身だそうですね」

「ああ。だから俺らは、この国じゃあんまり見ない髪と瞳の色してんの」

「珍しいですよね。とても綺麗だと思います」

「……ま、悪くない色だよな。俺も嫌いじゃあねーよ」


 ラーシュが小さく笑った。くすんだ銀の髪と、光の加減で金にも見える琥珀色の瞳。顔立ちや雰囲気は全然違うけど、二人の色はよく似ている。

 ラーシュはその銀髪を、気だるげにかきあげた。


「あんのクソ親父は、根っからの流れの傭兵なんだ。俺の母親は旅芸人の歌姫だったらしいが、俺の記憶にはない。物心ついた頃にはいなかったし、親父は何も教えちゃくれねえから、生きてるのか死んでるのかも分からん」

「……それは、寂しかったでしょうね」

「そりゃ、子供の頃はな。親父は親父で、俺に一通り剣を教えて成人したら、『後は一人で何とかしろ』つって放り出しやがったんだ。

 そんで自分は自由な旅暮らしに戻ったけど、たまにああして様子を見に来んだよ」


 「ほんと身勝手なんだよな」と口を曲げたラーシュは、いつもより子供っぽい。思春期の少年のようでつい笑ってしまう。


「何笑ってんだ」

「いえ。仲がいいんだなぁ、と思いまして」

「どこがだよ。俺の話聞いてたか?」

「勿論です。僕の場合、本気で父と折り合いが悪かったので、お二人のような関係が羨ましいです……気を悪くしたらごめんなさい」

「……別に。そういやお前も、なんか訳ありっぽいよな」


 ラーシュはポリポリと頬をかく。僕は苦笑して、自分の事情を少しだけ語った。


「僕の父は、家を立て直すために、自分よりも年上の男に娘を嫁がせようとしたんです。僕はそれが許せず、家を出ました」


 まあ、その娘が僕なんだけど。


「それ、姉さんか妹?」

「まぁ……そうですね。結局、嫁がなかったんですが」

「そうか」


 「その姉妹を紹介しろ」と言われるかと思いきや、ラーシュは別の事を口にした。


「やっぱり、お前って貴族だったんだな」

「……どうして分かったんですか」

「家がどうとか言うのは貴族だけだろ。あとやたら世間知らずで、言葉遣いも古臭いからな」


 相変わらず、失礼な男である。


「けど、冒険者も楽じゃないぞ」


 軽い口調とは裏腹に、その声は、悲しみとも諦観ともつかない響きを帯びていた。それから…………ラーシュは初めて、自分の苦しかった過去をポツポツと語ってくれた。


 ──駆け出しの頃に仲の良かった同業者は、三人とも魔獣に殺された事。うち一人は、目の前で食いちぎられた事。

 その後、ラーシュは暫く落ち込んで、一時期は自暴自棄になってしまったという。そんな彼を叱咤激励して立ち直らせたのが、フローラさんだったらしい。


「つまりフローラは俺の恩人で、マールはその弟子ってわけだ」


 ラーシュはそう締めくくった。彼はすでにいつもの彼で、普段通りの軽そうな笑みを浮かべている。

 しかしさっきの話で、飄々とした彼の一端を垣間見た気がした。彼が僕に構うのは、いなくなった仲間を僕に重ねているからだろうか。

 単純に見えて、案外複雑な精神を持つ彼の事が、少しだけ分かったような気がする。


 背もたれに体を預けた男は、揶揄うように、ニヤリと笑った。


「お前はほんっと危なっかしいからな。出会いが出会いだけに、ほっとけねえんだ」

「むう……それを言われたら痛いですけど、これでも成長したつもりです」

「まだまだだろ」


 カラリと笑った後、ラーシュは自嘲気味に肩を竦めた。


「俺もいつどうなるか分かんねえし、人の世話ばっか焼いてる場合じゃないのは確かだな」

「……ラーシュがあとくされない女性とばっかり付き合ってるのも、それが理由なんですね」


 思った事を何気なく口にすると、お茶を飲みかけたラーシュが激しく噎せた。


「ブハッ……ゲホッ!」

「ちょ、汚なっ」

「なっ何を根拠に……!」

「動揺してる所を見ると図星だ」

「黙れよ小僧!」


 ラーシュは毛を逆立てた猫のように怒っている。でも、そうとしか言い様がない。


 誰に対しても平等で優しいけれど、彼は常に、他者に対して一歩引いているように見えた。

 自惚れでなければ、僕やフローラさん、父上殿には素を見せてると思う。でも、他の人達には、薄い膜を間に挟むような、そんな距離感を保っている。人当たりが良くて相手にそうと感じさせないから、みんな気づかないけど。


「世間知らずのくせに、妙な所で鋭いよな、お前は……」

「もっと誉めてくれていいですよ。遠慮なく。ほらほら」

「うざい」

「いたたたっ、暴力はやめてくらひゃい!」


 むっつりした顔のラーシュが、僕の頬を摘まんで引っ張った。痛い。伸びきって戻らなくなったらどうするんだ。


「馬鹿力……!」

「雉も鳴かずば射たれまいって奴だな」


 ラーシュがやっと頬を離した。多分赤くなってる。頬を押さえた涙目の僕に睨まれても、彼はどこ吹く風だ。


「……でも、お前の言った通りかもな。俺が本気じゃないから、女の方もさっさと見切りをつけて、次の男に行っちまう。その踏ん切りの良さときたら、いっそ天晴れだぞ」


 彼はおどけて言った。でも、僕は少し切なかった。

 ──ラーシュは顔が良くて、強くて、高位ランクの冒険者だ。街を歩けば女の子にちやほやされるし、知り合いだってたくさんいる。だけど……いくらモテても、そんなのは少し空しい気がした。

 でも、そう思っても口には出さない。ラーシュは同情など求めていない。彼には彼の生き方があり、矜持がある。土足で踏みにじるような真似は出来なかった。


 ただ、やるせなく見回した部屋はがらんどうで、やっぱり僕は切なくなった。仕事道具以外の物を増やさないのと、真剣に恋愛しない理由は、多分同じなんだろう。


「何て顔してんだよ」


 俯きがちになっていると、ワシャワシャと頭を撫でられた。


「お前は後衛で、転移魔法が使える。もし危なくなったら躊躇なく逃げるんだ。お前こそ絶対に長生きしてくれ」

「…………あなたを見捨ててもって事ですか? ご免被ります」

「バカだな、自分を優先しろ」


 優しく細められた琥珀色の瞳を、僕は直視できない。かすかな雨音を聞きながら、僕はすっかり温くなったお茶を口に含んで飲み下した。




 それから暫くして、長雨の季節が明けた。僕がフローラさんに弟子入りして、一年が経とうとしていた。




しんみり回でした。次回、新キャラ登場です。

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