16. 彼の身の上を伺いました
「すまん、クソ親父が迷惑かけたな」
「いえ、全然迷惑なんかじゃ……」
「あんなんに気ぃ遣わんでいい」
ラーシュはムスッとした顔のまま、さっきまで父上殿が座っていた僕の向かいに腰掛けた。
「さっきラーシュの父上殿が教えてくれたのですが、父上殿は東の大森林出身だそうですね」
「ああ。だから俺らは、この国じゃあんまり見ない髪と瞳の色してんの」
「珍しいですよね。とても綺麗だと思います」
「……ま、悪くない色だよな。俺も嫌いじゃあねーよ」
ラーシュが小さく笑った。くすんだ銀の髪と、光の加減で金にも見える琥珀色の瞳。顔立ちや雰囲気は全然違うけど、二人の色はよく似ている。
ラーシュはその銀髪を、気だるげにかきあげた。
「あんのクソ親父は、根っからの流れの傭兵なんだ。俺の母親は旅芸人の歌姫だったらしいが、俺の記憶にはない。物心ついた頃にはいなかったし、親父は何も教えちゃくれねえから、生きてるのか死んでるのかも分からん」
「……それは、寂しかったでしょうね」
「そりゃ、子供の頃はな。親父は親父で、俺に一通り剣を教えて成人したら、『後は一人で何とかしろ』つって放り出しやがったんだ。
そんで自分は自由な旅暮らしに戻ったけど、たまにああして様子を見に来んだよ」
「ほんと身勝手なんだよな」と口を曲げたラーシュは、いつもより子供っぽい。思春期の少年のようでつい笑ってしまう。
「何笑ってんだ」
「いえ。仲がいいんだなぁ、と思いまして」
「どこがだよ。俺の話聞いてたか?」
「勿論です。僕の場合、本気で父と折り合いが悪かったので、お二人のような関係が羨ましいです……気を悪くしたらごめんなさい」
「……別に。そういやお前も、なんか訳ありっぽいよな」
ラーシュはポリポリと頬をかく。僕は苦笑して、自分の事情を少しだけ語った。
「僕の父は、家を立て直すために、自分よりも年上の男に娘を嫁がせようとしたんです。僕はそれが許せず、家を出ました」
まあ、その娘が僕なんだけど。
「それ、姉さんか妹?」
「まぁ……そうですね。結局、嫁がなかったんですが」
「そうか」
「その姉妹を紹介しろ」と言われるかと思いきや、ラーシュは別の事を口にした。
「やっぱり、お前って貴族だったんだな」
「……どうして分かったんですか」
「家がどうとか言うのは貴族だけだろ。あとやたら世間知らずで、言葉遣いも古臭いからな」
相変わらず、失礼な男である。
「けど、冒険者も楽じゃないぞ」
軽い口調とは裏腹に、その声は、悲しみとも諦観ともつかない響きを帯びていた。それから…………ラーシュは初めて、自分の苦しかった過去をポツポツと語ってくれた。
──駆け出しの頃に仲の良かった同業者は、三人とも魔獣に殺された事。うち一人は、目の前で食いちぎられた事。
その後、ラーシュは暫く落ち込んで、一時期は自暴自棄になってしまったという。そんな彼を叱咤激励して立ち直らせたのが、フローラさんだったらしい。
「つまりフローラは俺の恩人で、マールはその弟子ってわけだ」
ラーシュはそう締めくくった。彼はすでにいつもの彼で、普段通りの軽そうな笑みを浮かべている。
しかしさっきの話で、飄々とした彼の一端を垣間見た気がした。彼が僕に構うのは、いなくなった仲間を僕に重ねているからだろうか。
単純に見えて、案外複雑な精神を持つ彼の事が、少しだけ分かったような気がする。
背もたれに体を預けた男は、揶揄うように、ニヤリと笑った。
「お前はほんっと危なっかしいからな。出会いが出会いだけに、ほっとけねえんだ」
「むう……それを言われたら痛いですけど、これでも成長したつもりです」
「まだまだだろ」
カラリと笑った後、ラーシュは自嘲気味に肩を竦めた。
「俺もいつどうなるか分かんねえし、人の世話ばっか焼いてる場合じゃないのは確かだな」
「……ラーシュがあとくされない女性とばっかり付き合ってるのも、それが理由なんですね」
思った事を何気なく口にすると、お茶を飲みかけたラーシュが激しく噎せた。
「ブハッ……ゲホッ!」
「ちょ、汚なっ」
「なっ何を根拠に……!」
「動揺してる所を見ると図星だ」
「黙れよ小僧!」
ラーシュは毛を逆立てた猫のように怒っている。でも、そうとしか言い様がない。
誰に対しても平等で優しいけれど、彼は常に、他者に対して一歩引いているように見えた。
自惚れでなければ、僕やフローラさん、父上殿には素を見せてると思う。でも、他の人達には、薄い膜を間に挟むような、そんな距離感を保っている。人当たりが良くて相手にそうと感じさせないから、みんな気づかないけど。
「世間知らずのくせに、妙な所で鋭いよな、お前は……」
「もっと誉めてくれていいですよ。遠慮なく。ほらほら」
「うざい」
「いたたたっ、暴力はやめてくらひゃい!」
むっつりした顔のラーシュが、僕の頬を摘まんで引っ張った。痛い。伸びきって戻らなくなったらどうするんだ。
「馬鹿力……!」
「雉も鳴かずば射たれまいって奴だな」
ラーシュがやっと頬を離した。多分赤くなってる。頬を押さえた涙目の僕に睨まれても、彼はどこ吹く風だ。
「……でも、お前の言った通りかもな。俺が本気じゃないから、女の方もさっさと見切りをつけて、次の男に行っちまう。その踏ん切りの良さときたら、いっそ天晴れだぞ」
彼はおどけて言った。でも、僕は少し切なかった。
──ラーシュは顔が良くて、強くて、高位ランクの冒険者だ。街を歩けば女の子にちやほやされるし、知り合いだってたくさんいる。だけど……いくらモテても、そんなのは少し空しい気がした。
でも、そう思っても口には出さない。ラーシュは同情など求めていない。彼には彼の生き方があり、矜持がある。土足で踏みにじるような真似は出来なかった。
ただ、やるせなく見回した部屋はがらんどうで、やっぱり僕は切なくなった。仕事道具以外の物を増やさないのと、真剣に恋愛しない理由は、多分同じなんだろう。
「何て顔してんだよ」
俯きがちになっていると、ワシャワシャと頭を撫でられた。
「お前は後衛で、転移魔法が使える。もし危なくなったら躊躇なく逃げるんだ。お前こそ絶対に長生きしてくれ」
「…………あなたを見捨ててもって事ですか? ご免被ります」
「バカだな、自分を優先しろ」
優しく細められた琥珀色の瞳を、僕は直視できない。かすかな雨音を聞きながら、僕はすっかり温くなったお茶を口に含んで飲み下した。
それから暫くして、長雨の季節が明けた。僕がフローラさんに弟子入りして、一年が経とうとしていた。
しんみり回でした。次回、新キャラ登場です。




