14. 危なっかしい、と評されました
ハーネの街に来て、半年以上が過ぎた。
最近は魔法の修行と平行して、ギルドの仕事にも取り組み始めている。フローラさんやラーシュの指導の下、簡単な仕事から始め、今は中位ランクの依頼もこなせるまでになった。
目に見える形で成果が出せて、素直に嬉しい。
「ほら、あなならすぐ中堅に行けるって言ったでしょ?」
フローラさんはそう言って胸を張った。とてもかわいくて尊い。
今日も僕は、元気に依頼をこなす。今回の仕事は、ラーシュと組んでの魔獣狩り。場所はハーネ近隣の森で発見された古代遺跡。
ここはまだ手つかずで、弱い魔獣の巣になっていた。本格的な調査の前に、魔獣を一掃しなければならず、ギルドに依頼が回ってきた、というわけだ。
遺跡に棲みついた兎型の魔獣は、見た目はかわいいけどかなり狂暴で、繁殖力が高い。
向かってくる魔獣をラーシュがザクザク切り捨て、後ろから僕が風魔法で援護する。
群れを蹴散らしながら遺跡を二巡ほどしたら、残りは逃げ出したのか、一匹も見当たらなくなった。
「よし、思ったより早く終わったな」
「お疲れ様でした、ラーシュ」
笑顔をかわしたが、一抹の申し訳なさから僕の顔が曇る。
「ラーシュの実力なら、これよりもっと高ランクの依頼が受けられますよね。僕なんかに付き合って貰って、申し訳ないです……」
「ん? そんなの気にしてたのか。お前って俺の弟分みたいなもんだろ。お前が腕を上げたらオレも鼻が高い」
ラーシュは僕の頭をワシャワシャとかき混ぜて、ニヤリと笑った。
本来なら彼はこんな兎ごときではなく、より難易度の高い依頼をこなしているはずだ。なのに、僕のお目付け役を優先して、付いて来てくれている。
特に気にした風でもないのが余計に申し訳ない。
そんなギルドきっての剣士は、魔獣の血であちこち黒ずんだ装備を見下ろして眉を寄せた。
「返り血浴びたし、あっついし、どっかで水浴びしてーなぁ」
「確かにひどい格好ですね……」
僕は遠距離攻撃型だから、あまり汚れてない。だが前衛のラーシュはお世辞にもきれいとは言えなかった。
「近くに川かなんかあったような気がする。マール、上から見れるか?」
「少しお待ちください、確認してみますね」
風魔法で体をふわりと浮かび上がらせて、森の上を飛ぶ。フローラさんのスパルタな特訓で、風の中位魔法は全部マスターした。これもその一つ。
風を調節して辺りを見回す。東の方にキラキラと輝く水面が見える。細長いから、多分川だろう。
「ラーシュ、あっちに川がありました!」
「よし、そこで装備洗うか。ついでに泳ぎたい」
「了解です、移動しますね」
ふわっと地面に着地して、ラーシュの隣で魔方陣を開く。ふっと景色が変わり、目の前に、透明な水を湛えた川がゆったりと流れていた。
「よっしゃまずは泳ぐぞー!」
ラーシュはポンポンと鎧と服を脱いで、六分丈の下履き一枚になると、ザブンと豪快に飛び込んだ。
「冷てぇけど気持ちいーなー!」
歓声を上げて、魚のように泳ぐ姿は実に楽しそうだ。
暫く水と戯れていたラーシュは、流れの緩い所を怒涛の勢いで往復し始めた。依頼をこなした後なのに、体力ありすぎでは。
一方、僕はちまちまとズボンの裾を捲って、川にせり出した岩に座り、ちゃぽんと足だけ水に浸した。僕は服が脱げないから仕方ない。
川の水はひんやりしてとても気持ち良い。ほう、と癒されていると、ラーシュが水飛沫を上げてこちらに泳いできた。
「マール、泳がないのか?」
「はい。足だけで十分気持ちいいですよ」
「ふーん」
「僕の事はお構いなく。あなたは好きなだけ泳いじゃってください」
「つまんねーー」
元気な二十歳児は、ぶーぶー言いながらブクブクと水中に潜っていった。
それにしても川辺は気持ちいい。たまにはこういうのもいいな……と油断してたのがいけなかった。突然足首をぐっと掴まれ、思わず声が裏返る。
「な、なにっ!!?」
「泳げないなら正直に言うんだ。俺が教えてやる」
「おわぁっ!!」
奴はいつの間にか足元にいた。水中を静かに移動して、僕の足元に忍び寄ったらしい。悪童のように、ラーシュは僕の足をぐいぐい引っ張って、あろうことか水中に落としやがった。
ドボンと派手な水飛沫が上がる。思ったより深い。水底に足がつかない。ガボッと水を大量に飲んで、一気に平衡感覚を失った。最早どっちが水面か分からない。
闇雲に暴れていると、力強い腕にぐいっと引き上げられ、やっと息が吸えるようになった。
「ぷはぁっ!」
「お前、本気で全然泳げないのな……なんか悪かった」
「はぁ、はぁ…………実は、お風呂より深い水に入った事がなくて…………死ぬかと思いました」
「どんだけ温室育ちなんだよ……」
ラーシュの呆れた視線が痛い。面目ない。
「先輩として忠告しておくが、冒険者やるなら泳ぎは覚えた方がいい。この仕事は何があるか分かんねえからな」
「善処しま……ひゃっ」
「捕まれ。一旦、岸に上がる」
しがみつく僕を抱え、近くの岩場に向かって勢いよく泳ぎ出す。速い。彼の前世はサメとかだったのではないか。
「お前ほんっと軽いな」とか何とか言いながら、ラーシュは僕を水中から引き上げ、岩の上に転がした。僕は仰向けに寝転がったまま、ぜえはあと荒い息を繰り返す。
「ほら、そのローブ干してやるから脱げ」
「えぇっ、や、結構です! 風の魔法で乾かせますから……!」
「いーから転がれ」
「ちょっ、ひぇあっ」
ごろんと一回転させられ、強引に剥ぎ取られたローブは、岩場に広げられて燦々と太陽を浴びている。おかげで僕は、上が濡れたシャツ一枚という、非常に心許ない格好になってしまった。
一応サラシは巻いている。元々体も薄っぺらいので、すぐ女だとバレるとは思わないけど、一応膝を抱えて体を丸めた。
すると、ストンと隣にラーシュが腰を下ろした。やけに緊張する。心臓がバクバクいってる。
「髪ぐちゃぐちゃだぞ」
隣から伸びてきた手が、いつもより丁寧に髪をすく。わざとじゃないだろうけど、耳を掠めた指が冷たい。反射的にぴくりと体が揺れる。
耳を掠めた指は、微かに頬をなぞってゆっくりと離れていった。
…………何だか空気がおかしい。気のせいだろうか。
「………………あーぁ、マジで危なっかしいな、お前」
「え、なに、どこが!?」
聞き捨てならない。伏せてた顔をガバッと上げて、焦って尋ねたが、ラーシュは答えなかった。ただ困ったように苦笑して立ち上がった。
「むしろ危ないしかない。ま、暫くそこで休んでな」
いつもの軽薄な雰囲気に戻った男は、返り血のついた装備を掴んで水に飛びこみ、ザバザバ洗うと、びしょ濡れのままそれを着た。
「おっし、帰るぞ!」
「めちゃくちゃ濡れてますけど……」
「水も滴るいい男だろ」
「いいから、黙ってこっちに来てください。風魔法で乾かします」
風魔法を使って軽く乾かしてやったら、ラーシュは日向ぼっこ中の犬みたいな、気持ち良さそうな顔で大人しくしていた。
「これ、便利だな」
「そうでしょう、そうでしょう。雨でも洗濯物が乾くから重宝するんです!」
「いいな。今度俺んちでもやってくれ」
「仕事がない日なら、いつでも」
自分のローブは、ラーシュがザバザバ丸洗いしてる間に乾かして、さっと羽織った。やっぱり上着がないと落ち着かない。
「そろそろハーネに戻りましょうか」
「あぁ、頼む」
呪文を詠唱し、移動の魔方陣を開く。そうして僕らは依頼を終えて、ハーネに戻ったのだった。




