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見習い男装魔法師と、無自覚な恋  作者: es


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11/26

11. 限界は知っておきましょう

 


「よお無事に生きてるか? また見に来てやったぞ」


 昨日より遅い時間だったけれど、ラーシュは翌日も顔を出した。

 外はもう真っ暗だ。だが、軽薄な笑みを湛えた色男がそこに居るだけで、不思議と場が明るくなる……気がする。彼の陽気な性格のせいなのか、あるいは、銀髪が光を弾くからなのか。両方かもしれない。

 軽口を叩いて、玄関先に佇む彼は、昨日と同じく大きな紙袋を抱えている。持ち帰りにした料理だろう、いいにおいがする。


「何事もなく生きてますし、留守番もちゃんとやってますよ」

「そうか、偉いなマールは。部屋もピカピカだし、戸締りもちゃんとしてる。これならフローラも安心だな」


 今日は両手が塞がってるからか、ラーシュは頭を撫でる代わりに手放しで誉めた。完全に子ども扱いだ。

 非常に悔しいが、焦らず甘えず。一つずつ出来る事を増やしていくしかない。今に見てろ。


「今日は外の仕事だったから、ちょい遅くなったわ。すまんな」

「いえ、全然いいんですけど。何のお仕事だったんですか?」

「遺跡調査の護衛。街から近い場所だったし、パーティ組んでた魔法師の転移魔法で、日帰りで帰ってこれたんだ。しっかしなかなか疲れたぜー」

「そういう割に、全然くたびれて見えませんね」

「元の体力が違うんだろ。でもすっげー腹減ってる。早くメシにしたい」

「はい。では、その唐揚げはこちらへ」


 話しながら二人で料理を並べていく。それが終わると、ラーシュはドカッと椅子に座って、手前の串焼きにかぶりついた。

 相変わらず、とんでもない食欲だ。胃の底に穴が空いてないか心配になる。彼の健啖家ぶりを興味深く眺めながら、僕は魚のフライを齧った。


 あらかた食べ終わって、僕はカタリと席を立った。早食いのラーシュはとっくに食べ終わっている。


「ごちそうさまでした、とっても美味しかったです」

「どういたしまして」

「では片付けついでに、お茶淹れますね」

「いや、今日はこっちにしよう」


 僕を制止すると、彼はどこからともなく大瓶を取り出して、テーブルにドンと置いた。


「何ですかこれ」

「酒。見てわかんだろ」

「誰が飲むの」

「俺とお前。俺は明日休み。お前は暇。よって宅飲みだ」

「待ってください! ここ、僕のうちでも、あなたのうちでもないんですけど!?」

「問題ない、フローラは心が広いからな。それに、男なら酒は飲めるようになっといた方がいいぞー」

「それ、自分が飲みたいだけでしょう!?」

「バレたか。ま、ちょっとばかり付き合えよ」


 ラーシュはキッチンからグラスを二つ勝手に取って、キュポンと栓を抜き、瓶を傾けた。透明なグラスに、コポコポと葡萄色の酒が注がれる。


「酒でも戦闘でも、自分の限界を知っとくのは大事。ほら、こっちがお前のな」


 強引にグラスを渡された。むうっと手元の葡萄酒を眺め、暫し考える。

 実際、僕は舐める程度の飲酒経験しかない。「自分の限界を知らない」というラーシュの指摘はその通りだし、師匠の元から独立したら、付き合いで飲む機会があるかもしれない。


 ……限界に挑戦とまで行かなくても、多少お酒に慣れた方が良い気がしてきた。

 決めた。飲んでみよう。


「分かりました。ご相伴に預かります」

「そうそう何事も経験だぞ」


 ラーシュはグラスをくるくる回しながら、機嫌良さそうに笑った。そんな彼を横目に、何事も経験だ、とクイッといったら────予想以上にアルコール度数が高かったらしく、僕はあっという間に酔っ払いになってしまった。

 やはり僕は、まだまだお子様だったようだ。実に遺憾。


「にぁー…………」


 呻きながら、ソファにぱたりと倒れこむ。隣で飲んでいたラーシュが、心配そうに僕を覗きこんだ。


「マール、なあ、大丈夫か?」

「ぜんッぜん、大丈夫ですよぅ。でもなんだかフワフワします~。へんなかんじ。なんだこれ……」

「お前、めちゃくちゃ酒弱いのな……」

「たのしいんで問題ないれーす」


 えへへ、と笑いながら、仰向けにコロンと寝返りを打つ。瞼がやけに重い。何だかものすごく眠くなってきた。


「すやぁ……」

「待て、寝るな! お前が内鍵かけないと俺が帰れねえだろ!」

「んー帰らなきゃいいんじゃないれすかね……」

「てめえ泣かすぞ」

「かえらないで……さみしい」


 彼の上着をぎゅっと掴んだら、何やら「ぐっ」とくぐもった声がした。暫くして、ラーシュが深いため息をついた。


「しょうがねえな……俺はソファで寝るから、お前は自分のベッドで寝ろ。部屋どこだ、運んでやる」

「二階、のおく、です……」

「分かった」


 フワリと体が浮いて────その後の記憶がない。




 +++++




 ………………やけに眩しい。昨日はカーテンを引き忘れて眠ってしまったらしい。瞼ごしの朝陽が目に刺さって痛い。


 少しずつ意識がはっきりして、その途中で、ふと違和感を覚えた。何だか普段より温かい。もぞ、と身動ぎすると、妙に狭苦しい気がした。


 えーと……昨晩はお酒を飲んで、ソファで眠りこんだんだっけ……?

 曖昧な記憶と共に、薄目を開けたら。


「よく眠れたか、マール」

「ひゃあぁぁあっ」


 すぐ側で声がして、飛び上がるほど驚いた。軽薄さの代わりに渋面を浮かべた男の端正な顔が、視界いっぱいに映っている。

 片肘をついて頭を支え、眉間に深い皺を寄せたラーシュが、苦りきった琥珀の瞳でこちらを見下ろしていた。

 さらには、密着といってもいい距離で僕の狭いベッドに横たわっている。何だこの状況。


「あの、どうしてラーシュが隣で寝てるんですか……?」

「お前がソファで爆睡しそうだったから、部屋に運んでやったら、服を握って放さなかったんだ」

「ぅわぁ……」

「そんで寂しいとかゴネるから、面倒臭くなって一緒に寝た」

「申し訳ないというか、何というか……」

「お前はもう金輪際、酒は禁止な」


 ムスッと言われてシュンとする。僕は素直に頷いた。


「そうします。ご迷惑おかけしてすみません……」

「いや、迷惑だからじゃない。お前の身の安全のためだ。俺が女好きだから良かったが、節操ない奴なら男でもヤバいんだぞ。気をつけろよ」


 ラーシュは真顔で心配してくれた。

 成程そういう意味か。僕も聞いた事がある。男でも構わないという男性もいるらしい、と。

 それに、酔い潰れて隙が出来たら、女だとバレる危険も高くなりそうだ。お酒に弱いと分かって、かえって良かったかもしれない。


「別に怒ってるとかじゃねえから。よし、腹減ったし朝飯食うか」

「はい!」


 ラーシュは仏頂面で体を起こし、僕の頭をワシャワシャと撫でた。



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