11. 限界は知っておきましょう
「よお無事に生きてるか? また見に来てやったぞ」
昨日より遅い時間だったけれど、ラーシュは翌日も顔を出した。
外はもう真っ暗だ。だが、軽薄な笑みを湛えた色男がそこに居るだけで、不思議と場が明るくなる……気がする。彼の陽気な性格のせいなのか、あるいは、銀髪が光を弾くからなのか。両方かもしれない。
軽口を叩いて、玄関先に佇む彼は、昨日と同じく大きな紙袋を抱えている。持ち帰りにした料理だろう、いいにおいがする。
「何事もなく生きてますし、留守番もちゃんとやってますよ」
「そうか、偉いなマールは。部屋もピカピカだし、戸締りもちゃんとしてる。これならフローラも安心だな」
今日は両手が塞がってるからか、ラーシュは頭を撫でる代わりに手放しで誉めた。完全に子ども扱いだ。
非常に悔しいが、焦らず甘えず。一つずつ出来る事を増やしていくしかない。今に見てろ。
「今日は外の仕事だったから、ちょい遅くなったわ。すまんな」
「いえ、全然いいんですけど。何のお仕事だったんですか?」
「遺跡調査の護衛。街から近い場所だったし、パーティ組んでた魔法師の転移魔法で、日帰りで帰ってこれたんだ。しっかしなかなか疲れたぜー」
「そういう割に、全然くたびれて見えませんね」
「元の体力が違うんだろ。でもすっげー腹減ってる。早くメシにしたい」
「はい。では、その唐揚げはこちらへ」
話しながら二人で料理を並べていく。それが終わると、ラーシュはドカッと椅子に座って、手前の串焼きにかぶりついた。
相変わらず、とんでもない食欲だ。胃の底に穴が空いてないか心配になる。彼の健啖家ぶりを興味深く眺めながら、僕は魚のフライを齧った。
あらかた食べ終わって、僕はカタリと席を立った。早食いのラーシュはとっくに食べ終わっている。
「ごちそうさまでした、とっても美味しかったです」
「どういたしまして」
「では片付けついでに、お茶淹れますね」
「いや、今日はこっちにしよう」
僕を制止すると、彼はどこからともなく大瓶を取り出して、テーブルにドンと置いた。
「何ですかこれ」
「酒。見てわかんだろ」
「誰が飲むの」
「俺とお前。俺は明日休み。お前は暇。よって宅飲みだ」
「待ってください! ここ、僕のうちでも、あなたのうちでもないんですけど!?」
「問題ない、フローラは心が広いからな。それに、男なら酒は飲めるようになっといた方がいいぞー」
「それ、自分が飲みたいだけでしょう!?」
「バレたか。ま、ちょっとばかり付き合えよ」
ラーシュはキッチンからグラスを二つ勝手に取って、キュポンと栓を抜き、瓶を傾けた。透明なグラスに、コポコポと葡萄色の酒が注がれる。
「酒でも戦闘でも、自分の限界を知っとくのは大事。ほら、こっちがお前のな」
強引にグラスを渡された。むうっと手元の葡萄酒を眺め、暫し考える。
実際、僕は舐める程度の飲酒経験しかない。「自分の限界を知らない」というラーシュの指摘はその通りだし、師匠の元から独立したら、付き合いで飲む機会があるかもしれない。
……限界に挑戦とまで行かなくても、多少お酒に慣れた方が良い気がしてきた。
決めた。飲んでみよう。
「分かりました。ご相伴に預かります」
「そうそう何事も経験だぞ」
ラーシュはグラスをくるくる回しながら、機嫌良さそうに笑った。そんな彼を横目に、何事も経験だ、とクイッといったら────予想以上にアルコール度数が高かったらしく、僕はあっという間に酔っ払いになってしまった。
やはり僕は、まだまだお子様だったようだ。実に遺憾。
「にぁー…………」
呻きながら、ソファにぱたりと倒れこむ。隣で飲んでいたラーシュが、心配そうに僕を覗きこんだ。
「マール、なあ、大丈夫か?」
「ぜんッぜん、大丈夫ですよぅ。でもなんだかフワフワします~。へんなかんじ。なんだこれ……」
「お前、めちゃくちゃ酒弱いのな……」
「たのしいんで問題ないれーす」
えへへ、と笑いながら、仰向けにコロンと寝返りを打つ。瞼がやけに重い。何だかものすごく眠くなってきた。
「すやぁ……」
「待て、寝るな! お前が内鍵かけないと俺が帰れねえだろ!」
「んー帰らなきゃいいんじゃないれすかね……」
「てめえ泣かすぞ」
「かえらないで……さみしい」
彼の上着をぎゅっと掴んだら、何やら「ぐっ」とくぐもった声がした。暫くして、ラーシュが深いため息をついた。
「しょうがねえな……俺はソファで寝るから、お前は自分のベッドで寝ろ。部屋どこだ、運んでやる」
「二階、のおく、です……」
「分かった」
フワリと体が浮いて────その後の記憶がない。
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………………やけに眩しい。昨日はカーテンを引き忘れて眠ってしまったらしい。瞼ごしの朝陽が目に刺さって痛い。
少しずつ意識がはっきりして、その途中で、ふと違和感を覚えた。何だか普段より温かい。もぞ、と身動ぎすると、妙に狭苦しい気がした。
えーと……昨晩はお酒を飲んで、ソファで眠りこんだんだっけ……?
曖昧な記憶と共に、薄目を開けたら。
「よく眠れたか、マール」
「ひゃあぁぁあっ」
すぐ側で声がして、飛び上がるほど驚いた。軽薄さの代わりに渋面を浮かべた男の端正な顔が、視界いっぱいに映っている。
片肘をついて頭を支え、眉間に深い皺を寄せたラーシュが、苦りきった琥珀の瞳でこちらを見下ろしていた。
さらには、密着といってもいい距離で僕の狭いベッドに横たわっている。何だこの状況。
「あの、どうしてラーシュが隣で寝てるんですか……?」
「お前がソファで爆睡しそうだったから、部屋に運んでやったら、服を握って放さなかったんだ」
「ぅわぁ……」
「そんで寂しいとかゴネるから、面倒臭くなって一緒に寝た」
「申し訳ないというか、何というか……」
「お前はもう金輪際、酒は禁止な」
ムスッと言われてシュンとする。僕は素直に頷いた。
「そうします。ご迷惑おかけしてすみません……」
「いや、迷惑だからじゃない。お前の身の安全のためだ。俺が女好きだから良かったが、節操ない奴なら男でもヤバいんだぞ。気をつけろよ」
ラーシュは真顔で心配してくれた。
成程そういう意味か。僕も聞いた事がある。男でも構わないという男性もいるらしい、と。
それに、酔い潰れて隙が出来たら、女だとバレる危険も高くなりそうだ。お酒に弱いと分かって、かえって良かったかもしれない。
「別に怒ってるとかじゃねえから。よし、腹減ったし朝飯食うか」
「はい!」
ラーシュは仏頂面で体を起こし、僕の頭をワシャワシャと撫でた。




