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01. 不条理な縁談が決定しました



「お前の縁談が決まった。お相手は、ルシェンテ伯カレル様だ」


 父の声が、冷たく執務室に響く。

 私は思わず、伏せていた目を上げた。

 ルシェンテ伯と言えば、「金持ち好色ジジイ」の代名詞のような方だ。父は、そんなジジイと私を結婚させるつもりらしい。

 聞いた瞬間、心を駆け巡った感情は、「人生終わった……!」だった。




 ──何年かぶりに父の執務室に呼び出された。と思ったらこれだ。

 父が持ってきた縁談の相手は、金だけはあるエロジジイ。そんな老人に十六歳の娘を嫁がせるなんて、いくら貴族の政略結婚といえど普通はやらない。

 でもこの家はちょっと複雑で、私はその中でも厄介者扱いだった。


 実の娘の縁談だというのに、父の顔には感慨どころか、一片の憐れみすら浮かんでいない。それどころか、お前に拒否権はないとばかりに無言の圧をかけてくる。

 でも、こんなのを黙って受け入れるなんて無理。ありえない。

 だから私は必死に訴えた。無駄な足掻きかもしれないけど、自分の人生がかかってるのだ。


「……お父様、どうか考え直してください。カレル様はお父様より、幾つも年上ではありませんか。離婚歴も二回ほどおありとか」

「それがどうした?」


 それがどうした、じゃないんですよ。

 それが重要なんですよ。

 そう言いたいのを堪えて、父の説得を試みる。


「私は十六歳の若輩者です。私のような未熟な人間に、あの方の妻が務まるとはとても思えません」


 本音は「死ねロリコン野郎」である。しかしそれをストレートに言うと話を聞いてもらえないので、なるべく冷静に理由を述べた。

 けれど、すげなく一蹴されてしまった。


「この縁談は、しばらく非公表で進める。今後二年をお前の花嫁修行期間とし、十八歳あたりで嫁げば特に問題なかろう」


 ……いやいやいや問題ありすぎでしょう。むしろ問題しかない。

 そりゃ成人直後の娘を娶るより、多少は外聞が良いかもしれないけど。

 ジジイとの年齢差を考えれば、二年なんて誤差の範囲だ。「ふざけるな」という気持ちしかない。


「ですが、お父様……!」

「この縁談は決定事項だ、マルガレーテ。貴族の娘としての義務でもある。これ以上の反論は無用だ、さっさと離れに戻れ」


 なおも食いさがろうとした娘を、父は部屋から追い払うようにしっしっと手を振った。私は犬か。

 いっそ、父とジジイが結婚しろ、と大声で喚きたかった。だが、


「…………失礼いたします」


 その想像だけして、私は引き下がった。




 ──このコレット家で、私の意思が尊重されることはない。

 彼らは、私の意思なんてその辺の石ころくらいにしか思ってないのだろう。むしろ、最初から意思なんかなければ扱いが楽でいいのに、と考えてる節すらある。


 父や彼らにとって、私は単に、家門を維持するための「道具」に過ぎないのだ。その辺にあるペンやハサミと同様に。

 今日はそれをまざまざと思い知らされた日だった。悲しみより、怒りがふつふつとわき上がる。

 本当、父とジジイが結婚しろ。


 父がどう思おうと、私は人形や物なんかではない。淑女らしく、しおらしい性格でもなかった。

 父や継母に言わせれば、私はまったく可愛げがないらしいけれど、そんな自分に金持ちジジイの貞淑な後添えが勤まるんだろうか。

 私は、マナー講師が紅茶を飲む時に立てた小指を、ペキッとへし折りたくなるくらいには、淑女に向いてないのに。


 でも、父に逆らったら、結構な可能性で命が危ない。忘れられがちな食事を、さらに減らされるかもしれないからだ。

 そうなったら普通に生きていけない。

 私は、自分の命を人質に取られたも同然で、どんなに理不尽でも、この縁談を受け入れるしかなかった。



 ──全く何て日だろう。

 やさぐれた気分で離れに戻る。途中、窓の向こうを見上げると、空は厚い雲に覆われていた。

 今にも雨が降り出しそうだ。

 無意識にため息をつく。薄暗い廊下を進む足どりは、鉛の枷をつけられたかのようにひどく重かった。




 +++++




 私──マルガレーテは、コレット伯爵家の長女として生まれた。

 幼い頃の私は、それなりに幸せな子どもだったと思う。両親は共に優しかったし、特に不自由なく暮らしていた。でも母が亡くなって、状況は一変した。


 母の喪が明けると、父はすぐさま愛人を妻として迎え入れた。一年後には腹違いの弟、三年後に妹が生まれた。

 父と継母は弟妹のみを可愛がった。先妻の忘れ形見である私の居場所は、この家にはなくなった。


 侍女もつけられず、離れで過ごし、自分の事は自分でやる日々。

 食事をとるのも一人きり。その食事すら時々忘れられる。

 私は、この家では空気。


 マナーと教養を学ぶ機会は与えられたけど、ひと通り終わると、今度は王都の夜会に連れ回された。

 その時ばかりは高価なドレスを着せられ、着飾って華やかな宴に出席したが、次から次へと男性に引き合わされて、心浮き立つ暇などない。

 それより、なぜこんな事をさせられるのかという疑問の方が大きかった。


 夜会で引き合わされたのは、金のにおいのするジジイばかりだったので、嫌な予感はしていた。

 その予感が的中した、というわけだ。父は、私を高値で買ってくれる金持ちを探していたらしい。本当に最低だ。


 ……そもそも、こうなった原因は継母にある。継母はとんでもない浪費家で、宝石やドレスに目がなく、美食を好む女だった。

 当然うちは火の車。来年には跡継ぎの弟が王立学院に入る年齢だけど、父はその高い学費を工面できなかったのだろう。その上、近い将来、妹の持参金も必要になる。


 そこで、ロリコン金持ち貴族に、邪魔者の私を売り払って追い出せば、ほーら一石二鳥。私以外みんな幸せ。

 めでたしめでたし……ってなるわけないだろ。もう一度言いたい。父は最低だ。地獄に落ちろ。




 縁談が持ち上がったジジイとは、一度だけ夜会で会った。私の棒のような体をジロジロ見てたからよく覚えている。

 あの粘っこい視線を思い出すと、心の底からゾッとする。

 自分の三倍生きてる男に嫁ぐとか、どんな罰ゲームだ。360度どの角度から見ても、私には何のメリットもない。ジジイに弄ばれ、他の家人からは冷遇される日々しか想像できない。


 一応、希望が全くないわけではない。この国の平均寿命は六十歳かそこらなので、嫁いだ後、十年ほど我慢する、という選択もありと言えばありだろう。

 でも、その先が問題だ。


 倫理観ゼロのロリコンが、金で買ったも同然の小娘に、まとまった遺産を残すだろうか。

 私は全くもって楽観的にはなれない。

 ジジイの親族も、遺産の取り分を確保するためなら、お飾りの妻を排除する事も辞さないだろう。


 後ろ楯のない未亡人の未来に、希望なんてない。修道院行きならまだマシだろう。最悪身一つで追い出されたら……私一人で生きていく術はない。

 人生始まってないのに終わった。


 はぁ。重いため息しか出ない。

 そうしてひどく落ち込んでいたけれど────


 どん底にあった私は、ここにきて転機を迎えた。最悪な未来の代わりに手に入れたのは──ささやかな自由と、慎ましくも平穏な暮らし。


 取りあえず言わせてください。

 自由って最高だね!!


 

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