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雪と踊る  作者: 涼澤
3/6

❆❅❆






 嫌だ!


 鮮明な声を聞いて、瞼を持ち上げる。

 漂っているのか。

 身体の感覚がない。目を開けた気がしたが、明るいのか暗いのかもわからない。

 死んだのか。

 ならば自分は今、何をしているのだろう。地獄への往路か。

 死んだら無に帰すのではないのか。ぷつりと鋏で断ち切るような終わりがあるだけではないのか。

『おまえは我の子に非ず。それゆえ、連れてはいけぬ』

 さっき聞こえてきた子どものような声とは違う、身体に沁み込むような声がした。

 高くも低くもなく、流れる水のように心地よい、そんな声。

 自分はまだ流れの中を漂っているのか。

「なんで」

 問う己の声はひどく幼かった。今にも泣きだしてしまいそうに揺らいでいる。

『おまえは我の子であることを拒んだ。望みを叶えてやることはできない』

「私は、どうしたらいいの」

 死ぬならここだと思った。

 ここがいい。ここならば安心していける。不思議と強く確信していたのに。


 眼前に白い着物の女が見える。


 色の抜けた肌、闇を塗り込んだような髪。

 細く長い指先が真っ赤な唇に触れる。冴え冴えとした水の匂いがした。

 微かに笑みを零した彼女は、幼子のような私を慈しんでくれている。

 そう、なぜか、よくわかった。

 氷のような指が私の鼻筋を撫でる。

 それはあの日、私が大人にはさせなかったことだった。

 あれを拒絶した私は、この神の子にはなれなかった。

 だから、拒絶されるのだろうか。

 女はすっと目を細めた。それは少し悲しそうで、けれど嬉しそうにも見えた。




 ……コ…ちゃ……コウ………

 途切れとぎれに声がする。

「コウちゃん、コウちゃん!」

 懐かしい呼び方をしてくれる声は、記憶に焼き付いている少年のものより幾らか低い。

 ……裕介先輩。

 応えなければと口を開くが、声ではないものが胸をせり上がり吐き出す。喉が焼けるようだ。顎を口から溢れたぬるい水が伝う。

 ひどく重たい瞼を持ち上げると、月の光を背負った影が覗き込んでいた。よく見えないのに、何故か、目頭にたまった涙が光を弾くのだけはよく見えた。

「ゆ、すけ……せんぱい」

 平らな床のようなところに横になっていた。

 先輩の服が濡れそぼっているのは私を引き上げ、流れのほとりに建つ神社まで運んでくれたからなのだろう。

 寒さは感じなかったが、自分のものとは思えないほど身体が重かった。水面にたたきつけられたからか、岩で打ったのか、全身が鈍く痛む。

「わたし……わたし……死ねなかったの」

 涙が溢れ、顔の上を流れる。眼と鼻が熱くて堪らない。

 身の内から湧き上がる熱に、どうしようもなく生きているのだと思い知らされる。

 ああああ、と声をあげて泣いていた。

 戻ってきてしまった。

 どうしたらいいのか、わからない。

 それが悲しくて、苦しくてどうしようもない。

 終えてしまえたらどんなにか楽なのに、また立てと、歩けと言うのか。

 そんな勇気は砕けてしまっているのに。

 どうしたらいいの。

 社に施された竜の彫刻に手を伸ばす。届くはずがない手が、強く握られる。

 触れた肌から伝わる熱を僅かに指先が感じる。

 裕介先輩の顔がすぐ近くから私の目を捉える。瞳に宿る青白い光は優しい。

 ああ、そうだ。

 思い出した。


 あの日、彼の笑顔の奥に見上げた神輿にも竜の彫刻が施されていた。






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