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「なにそれ」
伸びてきた指がぴたりと止まる。指先にはちょんと白い絵具のようなものが付いていた。
「なんでそんなの塗るの?」
村の小さな神社のお祭り。
これから小学生で山車を引いて村内を練り歩き、ゴールの神社へと向かう。
兄弟のお下がりの色の抜けた法被に絞り鉢巻き。今日が年に一度のお祭りということは分かっている。けれど、鼻筋に白を一本入れる意味がわからない。ヘンだし。大人たちのされるままになって疑問を抱く様子もなくお喋りをして笑い合っている同級生たちが異質に思えて仕方がなかった。
――そこで異質だったのは自分の方だったのに。
「虫除けだから」
太陽を背に手を伸ばしているのは、斜向かいの家のおばさんだった。学校に行くとき毎日のように会うし、野菜のお裾分けなんかで毎日のように会うから見慣れているはずの笑顔を張り付けたその顔が、知らない人のように思えて恐ろしかった。
「嫌だ!」
おばさんの指から逃げ出し、他の子どもたちにヘンなことをしている大人に捕まりそうになるのを、子どもたちの間を縫って逃れ隠れていた。祭りが始まってから確認してみると、大人の手が回らなかったのか、私のように頑なに拒んだのか、鼻筋に白い線を持たない子もちらほらと混ざっていた。
密かに憧れていた二歳上の裕介先輩がいつもと同じ顔で友人の輪の中にいたから、自分は間違っていなかったのだと少し嬉しくなった。
「コウちゃんもやらなかったんだ」
子どもは山車を引くグループと山車の横を歩きながら掛け声をかけるグループに分かれ、途中何度か入れ替わる。掛け声もそこそこに山車の装飾を観察しながら歩いていると、山車に繋がるくたびれた綱に手を乗せた裕介先輩に話しかけられた。
裕介先輩は言いながら、自分の鼻筋をさっと指先で撫でた。
「なんか……イヤだったから」
話しかけられたことに驚いて頭が回らなかったのと、自分が感じた違和感をうまく言葉にできなかったので、曖昧にしか答えられなかった。それでも裕介先輩はニッと笑って、「俺も」と頷いてくれた。
「仲間だね」
日に焼けた肌が陽光を弾いた。思わず目を瞬いていた。
憧れの先輩にいちばん近づけたのは後にも先にもこの時だけだった。
祭りの少しあとに、先輩の母親が亡くなったことを大人たちの噂話で知った。
中学を卒業するまでの数年間、いつもつまらなそうにしている先輩を遠くから見ていることしかできなかった。
高校までは村から通うのが普通だったが、裕介先輩は遠方の高校を選び寮に入った。
彼は早々に村からいなくなってしまったのだった。