勇者たけるさんの事件簿とやら
勇者たけるさんの事件簿とやら
その1
日本のスズナリシティには、勇者たける(56)さんという男が住んでいた。見た目は、ごく普通である。好きなものは手羽先、嫌いなものは歪んだ感情とスーパーの火曜市だけである。
「たけさーん、郵便です」
「おう、そこに置いとけ。うちにはポスターがあるだろ」
「ポスターじゃなくて、ポストですよ!たけるさん」
「小僧、私はたけさんではない。今日からは、勇者たけるさんだ!」
えっ?ハッ?何それ意味わからん この人ついにボケちゃったのかな等と、郵便少年は思った。
「あっ!ひょっとして今、このおじさんボケちゃったのかなとか思っただろう。いい加減にしなさい!」
その間、チロルチョコを3つ選べるくらいの沈黙が過ぎて、
「ゴッ、ゴホン。とにかく、私の事は今日から勇者たけるさんと呼びなさい!わかったね」
そう言って、たけるさんは風の如く舞ったのである。自転車で。
チリン、チリン。たけるさんはこの歳になっても車はめったに乗らない。理由はさまざまあるのだろう。同情するわけじゃないが、訳は聞かないでおいてくれ。とりあえず、我々は彼を見守っておこう。
風の如く舞った勇者たけるさんは、早速スーパーの買い出しに出かけた。今日は、月曜日である。
「いらっしゃいませーカードはお持ちですか?すぐ終わりますので、よかったら…」
いかん。いわゆるお一人様だけ順に訊かれてるぞ…このままだと、俺もペースに巻き込まれてしまう。
勇者たけるさんは、必殺技を使った。
たけるスマーーーッシュ!と見せかけて、スマホ片手に電話してる振りだまし
「あ、もしもし?たける、いや、勇者たけるさんです」
意外と、自分で会話を考えて話し続けるのは難しかった。こんなに高度な技だとは…。
そんなこんなで、その場を勇者たけるさんは切り抜けた。
さてと、まずは野菜コーナーを見るかな。おっ?ねぎが特売だぞ……。なぜだろう。ねぎを買う手が全然進まない… その時、
「はぁ… また逃げられちゃいましたよ。お客さん全然カード作ってくれませんね」
「まぁ、仕方ないよ佐藤くん。何せカードを作るのは手続きが面倒くさいしね。少しの時間っていったって、労力は倍だし。」
「これじゃ、今日もノルマ達成は厳しいですかね…おれ、またいびられるのかな…。辻さん、責任を取るって一体何ですか。そもそもこの仕事、不利だと思いま」
「おい、佐藤。わかってるってお前の言いたい事はよ。だが世の中ってもんは、言葉で説明できるほど、そんなに簡単じゃないんだ」
「辻さん、なんか口調がソノダさんに似てませんか?」
「おっ、分かったか?いびられる練習になっただろ」
「もぉ、結局いびられるんじゃないですか!」
「あっはっは。おい佐藤。責任取るってそんなに悪いもんじゃないぞ!一緒に泥道行こうぜ」
「はぁ…まったく、大丈夫なのか、この会社は!」
「(小声)佐藤くんは、ひとりじゃないよ。いつもありがとう…」
おーーい!こんなもん見せられたら、俺はいったい…何のためにこの入口を通り抜けてきたと思ってる!たけるさんは、何も悪いことをしていないのに、その身に取り留めのない罪悪感を感じたのであった。
くっそ。こんなんじゃ、まるで俺が、悪人じゃないか!
カードを作成するのは、確かに時間と手間が掛かるが、このころ彼は、もはやそんな事をすっかり忘れていたのである。
「よし!やるぞ。」
たけるさんは、勇者になった。そして勇者たけるさんは、スーパーの入口へと引き返して行った。俺の人生は、こんなもんじゃない
「あの…すいません。カードを作りたいんですけど…」
「あっ、はい!ぜひぜひ、こちらへどうぞお座りください!そしたらですね…こちらの書類に…」
そして勇者たけるさんは、カード作成のため、本来ならもう少し短時間で終わる手続きだが、長い長い時間をかけて、慣れない書類にサインをしたり、パスワードを作成した。
必殺技、勇気のイッポーーーあたまフル回転!
そう彼は何度も繰り返し、カード作成に挫けなかった。
「もっ、もう…終わりました…か…?」
「お客さま、お手数ですが、再確認用のパスワードをこちらに入力いただけますか?」
もう、無理だーーーーー!
「ほらね、佐藤くん。悪いもんじゃないでしょ?」
その2
そんなこんなで、カードを無事作り終えた勇者たけるさんは、野菜を飛び越え一直線に鶏肉コーナーへ向かった。お目当てはもちろん!手羽先である。
「えーっと、確かこのへんにあったよな」
鶏むね肉の横へ目線を向ける。あれ?
手羽先が、無い。おかしいな、確かこのへんにあったはずだよな。
「鶏むね、ささみ、鶏もも」
ささみの横にあったはずである。とその時、
「売り切れ…?えっーーー!ガビ…ゴクリっ」
勇者たけるさんは、慌てて黙った。
危ない、危ない。この年号が変わったばかりの新時代に、昭和のガビョーンネタを言ってしまうところだった…。これを言うと、あの人古いなーって感じの冷ややかな目で見られるんだよなぁ…あぁ…怖い、怖い!
「す、すみません。手羽先はもう、売り切れですか?」
「あっ、はい。明日には入ってくると思いますけど。」
「そうですか…」
勇者たけるさんは、気にしている事がある。
普通なら、明日また手羽先を買いに来ればいい話だが、そう。明日は…火曜日だ。
火曜日といえば、週に1回だけ、唯一いつも半額の手羽先が、国産鶏むね半額に変わるアンラッキー火曜市なのである。
「明日は、火曜市か…。さっきのカード作ってなかったら、まだ売れ残ってたかなぁ」
彼は心の中で、なんと苦しい言い訳、いつから俺はこんなに、歪んでしまったんだ!と、自分の嫌いなものと闘っていた。
「手羽先、食べたかったなぁ…」
と言いながら、勇者たけるさんはウィンナーを片手に、青果コーナーから順に礼儀正しく、スーパーを見回ったとさ。めでたし、めでたし。
レジに着いた勇者たけるさんは、いつもなら、1番空いてる列はどこか?必ず確認してから並ぶ。だが、今日の彼はどうやらその余裕さえ消失しており、目の前にあるレジに何も考えず並んでしまった。長蛇の列だった…
すると、前に並んでいた親子連れの女の子が叫んだ。
「やっぱ嫌だーーーー!まいちゃん家行きたい!」
「だめ。今日は、ピアノがあるでしょ!まいちゃん家は、今度ピアノが無い日に行こう」
「やだっ、ピアノ行きたくない!本当に嫌だーーー!」
「なんで、行きたくないの?」
「また先生に怒られるもん!ひかり、何も悪くないのに怒られちゃうもん!先生、ひかりの手叩くもん」
「それは、ひかりがちゃんと練習しないからだよ、いつもあれだけ言ってるのに…」
「だって練習嫌なんだもん。そんなに言うなら、ママが練習してよ!」
「もう、……。とりあえず行くよ!」
すごい迫力である。女の子は目にすごい涙を溜めながら、
「なんでピアノやらなきゃいけないの!嫌だよーーー!まいちゃん家行きたかったよ!」
「もう、いい加減にして!別にやめたいなら、やめちゃえば?もう、発表会も出なくていいから」
「嫌だー!」
女の子は泣き崩れている…。
わかるよ、少女よ。私も今、なんとも言えなく疲れているよ…嫌になっちゃうよな。
レジまではまだ、遠そうだ…
「ひかり、もうピアノ、やめちゃえば?」
「嫌だ…。」
「だって、嫌になったんでしょ?だったら…」
「いやだ、いやだーーー!」
「あ、勇者たけるさん!こんばんは。」
「あ!及川さんですね!こ、こんばんは!」
な、なんと、近所に住む及川さん家族だった!
この家族はいつも親切にしてくれ、娘のひかりちゃんは普段おとなしく、優しくほほえみかけてくれる良い子だ。だが、そのひかりちゃんが取り乱すくらい泣いている。とその時、
「たけるおじちゃん、こんばんは。」
彼女は、急いで涙を拭き、何もなかったかのように挨拶してくれたのである。
「こんばんは。」
なぜかパッションを感じた。俺はいったい、何をやっていたんだろう。彼女はこんなに、小さい体で一生懸命生きているというのに…。
「もう…勇者さん笑ってるよ?」
ひかりちゃんは、恥ずかしそうに斜め下を向き、黙りこんでいる。
「ひかりちゃん、ピアノ嫌なんですか?」
「そうなんです。自分でやり出したのに、練習が嫌いで、こんな事しょっちゅうです。」
「だって、嫌なんだもん…」
ひかりちゃんも、ちゃんと子供なんだな。今度は何故か、安心してる自分がいる。
「ひかりちゃん、練習きらいか!」
「うん。でも、やらなきゃいけないんだ。ひかりが言っちゃったから…。でも、ちゃんと練習すると、でも、でも…!」
彼女は急に泣きそうである。
「ちゃんとやらなきゃいけないのに、もっと頑張らなくちゃいけないのに…!わーーん!」
「いけないのに、どうしたの?」
「音符が、ずっと追いかけてくるの。全然、おしまいが見えなくて、ひかり、もう怖い!ピアノ嫌い!嫌だ!なんでずっと練習しなきゃいけないの!」
「ひかり、勇者さん困っちゃうよ?」
「だって、だって…全部ひかりが悪いんでしょ!(小声で)ひかり、死ぬまで練習しないといけないのかな…」
「またそんな事言って…ちがうって言ってるでしょ?」
ひかりちゃんは、そんな事思ってたんだ。
「ひかりちゃんは、どうしてピアノやってるの?」
「……わからない。」
「おじちゃんね、ひかりちゃん頑張ってることが偉いと思うよ。だけど、がんばっていても、上手くいかないことって、おじちゃんにもあるんだ。」
「うん…。そうなんだ…。」
「そう。だけどね、何事も楽しいとか、やっててよかった!って思える時がたまにあるんだ。ひかりちゃん、そういう時に、なんでやりたいのか、やってるのか。よく考えてごらん。少しずつでいいから、自分の心とお話してごらん」
ここまで、あまりその形跡を残さなかった彼であるが、ひかりちゃんにとって、その姿はまぎれもなく、勇者だった。
「おじちゃん、ありがとうございます。ひかり、今日だけ、がんばってこようかな」
「勇者さん、本当にありがとうございました。ひかり、じゃあ行くよ。」
そんなこんなで、レジの順番も次になっていた頃、
「すみません、お客さま!もし良ければこれ、買われて行きますか?」
知らない店員さんが声を掛けてきた。40代くらいの女性店員だった。
「あ、それは、手羽先じゃないですか!」
「はい!明日はお値引きできない日なので…
形が崩れているので、訳あり商品にはなってしまうんですが…」
訳あり商品。なんだか、悪くないじゃないか。
「ありがとうございます。ぜひ、買わせて下さい。」ベリーーー感謝ーー!!
勇者たけるさんは、必殺技を使った。
その女性パート店員は、いつもこの店の常連である勇者たけるさんを目で覚えていた。
たけるさんは決まって月曜日に、手羽先を買って行くので、比較的覚えやすいのだった。
そんな中、彼の買い物カゴにまだ手羽先が入っていないのをスーパーの入り口で見かけ、
これから手羽先を買っていかれるのかな?と思っていた矢先、シフト終わりのバイトの子から、今日の手羽先が売り切れ、お肉コーナーですごく落ち込んでいた客が居たという話を聞いた。
もしかして、今日買えなかったのかな?その時、彼女の中にあるサービス精神が燃え上がった!
これは、昨日のミスを挽回できるかも!
「私ちょっと、行ってきます!」
彼女は、余り物の手羽先を急いで手に取り、監視カメラで彼を確認した。急いで勇者たけるさんの居るレジまで早歩きしてきたのである。
勇者たけるさんは、
「人生やっぱり、捨てたもんじゃないな」
と言って、ほっこりきた気持ちでスーパーを後にしたとさっ。