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8話 案外美味しい芋粥です

 ソニアのリクエストのは、困った。私は芋粥を作った事がない。杏奈先生の事件の時にジェイクに食べさせられたが、全く美味しくなかった記憶も大きいだろう。思わず「げっ」という表情をしてしまう。


「ダメ?」


 ソニアは少し元気になってきたのか、上目遣いぶりっ子してきた。同性としてはラッとするが、男性には堪らないんだろう。


「レシピがあれば良いんだけどね」

「そうね、レシピね。そういえば昔、ジェイクにレシピを教えて貰った事もあったわね」


 ソニアは2階に行き、何か紙を持ってきて私に見せてきた。そこには手書きの几帳面な文字で芋粥のレシピが書いてある。しかも「ソニア元気になってね! ジェイク」とも書いてある。こんな事言われたら、普通惚れるのではないか?ソニアも相当男の趣味が悪いのかもしれない。


「まあ、レシピが有れば頑張って作れるかも?ソニアも手伝ってくれる?」

「いいわよ」


 私とソニアは2階にあるキッチンの向かう。


 冷蔵庫の中には、材料の芋があった。この芋は見た目はじゃがいも似てるが中見はサツマイモによく似ている。よく洗い、皮をはぐ。ソニアにも芋の下ごしらえを手伝って貰う。

 米も洗い鍋の中でしばらく浸水しておく。本当は、オートミールによく似た麦を使うのだが材料が無いので仕方ない。出来上がりは保証できないが、ソニアはそれで良いと言っていた。


 意外と時間がかかり、キッチンでソニアと雑談する。村の話題を振るが盛り上がらず、結局ブラッドリーの愚痴になる。しかし、愚痴を吐き出しているソニアは少しは元気になってきたようだ。


 米で作ったおかげか、芋粥はジェイクが作ったものよりはいい匂いもする。手間と時間はかかるが、出汁をとったり醤油や味噌で味付けするわけではないので、作業自体は意外と簡単だった。確かにこの料理はジェイクのような独身男性も簡単に出来るだろう。


「意外と美味しそうね」


 出来上がった芋粥は、ホコホコと湯気もたち、不味そうではなかった。寒い冬の日に食べると美味しいのかもしれない。味覚というものは、意外と環境と体調に影響されるのかもしれない。


 リラックスして映画を見る時には、安いポテトチップスがピッタリだし、お腹は痛い時はあっさりとした白いお粥がいいだろう。ステーキや寿司などの豪華なご馳走がいつも美味しいとは限らない。一人で食べたらどんなに美味しい食事もたぶん不味いと思う。ソニアも一人で食べるのを嫌がり、私と一緒に芋粥を食べる事になった。


 芋粥が入った土鍋をリビングのテーブルに持っていき、フーフーと息で冷ましながら食べる。


 特別美味しい料理ではなかったが、ソニアはニコニコと嬉しそうに食べていた。顔色も少し良くなっている。確かに暖かい食べ物は、具合が悪い時は美味しく感じるものである。ジェイクに作ってもらったお粥を食べた時、不味いなどと思ってしまった事をちょっぴり反省する。作業自体は楽だが、芋の下ごしらえが面倒で手間がかかる。やっぱり料理に上下をつけたり、評論したりするのはあまり気持ちのいい行為では無いのかもしれない。


「美味しいわ」


 こんな素朴な料理の芋粥を喜ぶソニアは確かにちょっと可愛らしい。ジェイクの女の趣味が悪いと思ってしまった事も反省する思いだ。自分は他人の事をジャッジ出来るほど品行方正でも無いのに。


「喜んでくれたら私も嬉しいよ。ところでジェイクは何でソニアに芋粥のレシピを渡したの?」

「それは、あまりにも私が不摂生してたからジェイクが心配して作って来てくれた事があったのよ」


 そう語るソニアは、婚約者であるブラッドリーの事を語るより嬉しそうである。少し違和感を覚えるぐらいだった。


「そういえば今度王都でわたし達の婚約パーティーがあるんだけど、貴方も来る?」

「良いいの?」


 思ってもみない提案だった。


「だって村の女達はみんな私を嫌っているんですもの。マスミ以外は呼びたくない」

「それは嬉しいけど、ジェイクは?」

「呼ぶわけないじゃない」


 ばっさりだった。さっき感じた違和感は思い過ごしだろうか。


「でもクラリッサは呼ぼうかな。あの人は一応王族関係者だし、ブラッドリーも呼びたいでしょうね」

「何で?」

「ブラッドリーも一応王族の親戚なのよ。だから資金もあって、ホテル王になれたって言うわけよ」

「へぇ」


 日本では一応身分差はないので、ソニアの言う事はあまちピンと来なかった。


 ソニアは美味しいと何度も言い、芋粥を完食した。これだけ芋粥を気に入っているようだと「私を元気づけて」mというい意味を持つティラミスはソニアに要らないのかもしれない。村人に新しいスイーツを気に入って貰うのはやっぱり難しそうである。


「あーあ、私は毎日芋粥が食べたい!」

「自分で作れば良いじゃない?」

「自分で作るのはめんどくさいのよ」

「ダメじゃない」


 私は少々呆れる。ソニアは妻になって料理が出来るのだろうか疑問である。この国では別の料理は妻の仕事という圧はないが、ブラッドリーは亭主関白らしい。彼の為にソニアは良い奥さんになれるか正直疑問に思う。もっともそんな事を口にしたら、余計ソニアにマリッジブルーは深刻になりそうなので口にはしないが。


「ジェイクと結婚したら芋粥毎日食べられるかな…」

「は?」


 自分の耳が正常か疑ってしまうほどだった。


「ジェイクと結婚すればよかった」

「それをいうのはナシよ。一度婚約しれて、裏切ったのはあなたじゃない?」


 ソニアとジェイクは婚約していたと聞いていた。婚約破棄になったのは、ソニアが別の男と浮気したせいである。


「そうだけど…」

「無視が良すぎるんじゃないかな」


 私は子供に接するようの優しく言う。ソニアは悔しそうに唇を噛む。


「結婚前で憂鬱になっているのはわかるけどね…」

「そうね。私はこれでも結婚には夢見てたのよ。でもいざ手に入ると『こんなもんか』ってがっかりするのよね」


 贅沢な悩みであるが、なんとなくソニアの気持ちもわかる気がした。それに夢を見れば見るほど、ちょっとでも夢とは違う現実を見るとガッカリするだろう。そう思うと、夢は夢のままの方が良い場合もあるのでは無いと思い始めた。


「まあ、結婚できない私からすると羨ましいよ。お幸せに…」

「うん、そうだけ近く…」


 ソニアはごちゃごちゃと何か言っていたが、小さな声でわからなかった。


 意外にも美味しく感じた芋粥を自分でも作ってみてもいいだろう。ソニアの家から出る前にジェイクのレシピを貰い、ポケットに入れる。


 曇り空から雪が舞って落ちていた。

 心の奥まで冷えそうなぐらいの気温で、私は足早にクラリッサの家に帰った。

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