5話 もう事件はけっこうです
ジェイクの医院を後にすると、私は教会の方に向かった。
何か用があるわけではなかったが、時々顔は出している。最近はアビーやジーンが熱を出して看病したり、意外と用事をする事もある。
「牧師さん、こんにちは!」
牧師さんは教会の庭で雪かきをしていた。首にはモフモフ動物のエリマキが巻き付いていて暖かそうである。側には雪だるまや雪ウサギもいる。おそらくアビーとジーンが作ったんだろう。
「雪かき大変そうね。手伝いましょうか?」
「本当ですか、お願いします!」
私も大きなスコップを持ち、雪かきを手伝う。
牧師さんは相変わらずだった。一回食事の行くことはこじつけられたが、その後は何の変わりもない。牧師館の方からは、アビーとジーンのはしゃぎ声も聞こえる。他の音は、しない。雪かきの音と風の音ぐらいである。コージー村の昼下がりらしい静けさだった。
「そういえばミシェルが帰って来たのよね。リコのお茶は牧師さんは飲んだ?」
「ええ。あんな美味しい飲み物があるなんて知らなかったですよ」
牧師さんは目尻を下げて笑っていた。やはりリコの茶を気に入ったらしい。あのお茶でティラミスが出来る事など、どうでもいい雑談に花を咲かせる。「私を元気づけて」という意味のお菓子に牧師さんも興味深々だった。
「食べると元気が出るんですかね?」
「そんな科学的根拠はないと思うけど、チーズをいっぱい使ってるから、他のお菓子よりはタンパク質が多いのかもね。それにそんな名前なんて、なんとなくいいじゃない?」
「そうですね。聖書も言葉を大事にしています。言葉は呪いでも祝福でもあるんです」
「おぉ、呪い…」
「まあ、こんな子はいないでしょうめど、『ブス』とか名付けられた子は、その呪いを受けそうな気がしますよね」
そんな事を話していると、すっかり雪かきは終了した。教会の周りの道も歩きやすくなり、これで礼拝に村に人達が来ても安心だろう。
「ところでソニアの話は聞いた?」
「あぁ」
ソニアの話題をふると、何故か牧師さんは顔を顰めた。
「ジェイクはちょっと持ち直したみたいだけど」
あんな恋愛脳とは思わなかったが、おそらく今はアナが励ましているから大丈夫だろう。
「まあ、ジェイクは意外と大丈夫だと思いますが、問題はソニアですね」
「ソニアがどうしたの?」
最近、私もソニアに会えずにいたので詳しい様子はわからなかった。
「実は、さっきちょっと会ったんですが、だいぶ不機嫌で」
「え?」
信じられなかった。ソニアといえば、超がつくほどのキャピキャピしたぶりっ子で、同性の私の前でも大袈裟にリアクションしたりしているのに。
「結婚前で憂鬱になっているのかしらね」
「さあ、でも心配ですね」
「明日にでも様子を見に行こうかな。そういえば最近会っていなかったし」
ソニアの第一印象は最悪だったが、根が悪い人間ではない。確かの村の女性陣達には嫌われているが、嫉妬されている部分も大きいかもしれない。
「そうするのがいいですね」
「ええ。確かに結婚前は憂鬱になってもおかしくは無いわね」
自分には全く関係の無い話であるが、女友達ではマリッジブルーになったものもいた。ソニアがそうなっても別におかしくは無い。
「何も無ければ良いんですけどね」
牧師さんはちょっと不安そうに曇り空を見上げる。
「どういう意味?」
「そろそろ殺人事件が起きてもおかしくない悪寒が」
そう言って牧師さんは、ちょっと震えたような仕草を見せた。
「殺人事件なんてマークの事件で懲り懲りよ」
危うく犯人に殺されかけた。
「もう、殺人事件なんて起きて欲しくないわ」
そう言うと、牧師さんは苦笑していた。
「もう殺人事件なんてウンザリよ」