4話 私を元気づけて
「ジェイクいる?」
アナは医院の戸をトントン強めに叩いていた。
返事はない。医院の入り口はガラス戸なので、そっと中を見てみるが灯りが消えている。人気もない。
「裏口から見てみましょうか?」
私はそう提案して、庭の方を回る。
「ジェイク…」
そこにジェイクがいた。
寒空の下、庭の小さなベンチに座って放心状態だった。目は死んでいるし、髪はボサボサ。イケメンが5割引きぐらいになっている。このままだとお勤め品コーナーにある萎びた野菜みたいに見えた。いつものような明るさなどは全く見えない。
「ジェイクどうしたのよ? 大丈夫?」
アナは心配そうにジェイクの側に駆け寄った。私もアナに続く。
「パンをミッキーの代わりに持って来たのよ。大丈夫?」
「あぁ、ありがとう…」
ジェイクは、力なく微笑みパンを受け取った。
「あ、フルーツサンドも入ってる。美味しそうだ。君たちも食べて行く?」
そう言われて断る理由もない。私とアナは、ジェイクの医院にお邪魔する事にした。
医院の待合室の隣りにある応接室に通される。ジェイクは暖かいブラティーとフルーツサンドを私とアに振る舞う。私とアナがパクパクちフルーツサンドを味わっていたが、ジェイクは暗い顔で全く手をつけない。
「べジェイクは食べないの?」
アナは首を傾ける。
「まあ、このフルーツサンドは美味しいんだけどね、フルーツと動物性のクリームを一緒に食べるのは消化に悪いんだよ。フルーツは食前に何もつけずに食べるのが一番健康に良いんだ」
「健康ヲタク的な豆知識はいいから、食べましょうよ。美味しいよ。たまに食べるぐらいだったら健康を害する事は無いと思うけど」
「それもそうだなぁ」
ジェイクは意外と私の言葉に折れ、フルーツサンドを齧った。
「意外と美味しいな…」
暗かったジェイクの表情ほんの少し明るくなった。やっぱり落ち込んだ時は、甘いものは良いのかもしれない。
「本当は、ティラミスっていうお菓子が元気出るからおススメなんだけどね」
私はティラミスの話をすると、二人は食いついて来た。
「『私を元気づけて!』っていう名前のスイーツなのよ。チーズとコーヒーっていうお茶でできているお菓子」
「コーヒーなにそれ?」
アナが不思議がる。確かにこの土地にはコーヒーが全くなかった事を思い知らされる。
「コーヒーはこの土地にはないけど、リコのお茶で代用出来るみたい。味も匂いもそっくりでね。今度デレクに作って貰いましょう」
「そっかそんな事聞くとちょっと食べてみたくはなるね」
マリトッツォやフルーツサンドにも否定的だったジェイクは、ティラミスには食いついた。たぶん材料のチーズは栄養豊富なので、何か勘違いをしているのかもしれないが、それぐらいソニアの件で心が弱っているのかもしれない。
「それにしても医者がこんな事で休診していいの? ソニアの件がショックだったから休むの?」
私はちょっと教師モードを出しジェイクに言う。ジェイクはこの村の医者としてはなくてはならない。こんな事で休むのはガッカリである。
「う、それは…」
ジェイクは狼狽え始めた。どうやら図星だったらしい。
ロマンス小説では女の事を24時間考えている医者がよく出てきたものだが、こうして恋愛モードにドップリ浸かっているジェイクを見るだけでガッカリである。やはりロマンス小説のヒーローは夢の中にいるからこそ映えるのだ。現実にこんな男がいたら気持ちが悪く感じてしまう。医者の仕事を全うして貰いたい。
「そうよ、ソニアの事なんて忘れちゃいなよ!」
アナもちょっと口調を乱暴にしてジェイクを励ましていた。口調は荒いが、ジェイクの事を心配して居るのは私にも伝わってくる。
「そうか、やっぱり落ち込んだままではダメだな…」
「そうよ。全くソニアは本当に男の趣味が悪いんだから!」
アナがプンスカ怒って言うと、さすがのジェイクも笑い始めた。
これはちょっといいムードではないか?アナとジェイクの間にピンク色っぽい雰囲気は、これまで見た事は無いが私は邪魔かもしれない。クラリッサの家で用事があると嘘をつき、私はジェイクの医院を後にした。
こんな事をしたら、ジェイクファンである村の他の女性陣から怒られそうではあるが、今のジェイクにはアナのようなちょっとの太い田舎娘かもしれない。