44話 神様、ごめんなさい
目が覚めると、柱に私は手足を縛られていた。隣にジミーも縛られていたが、彼は意識を失ったままのようだ。
身体中が痛い。特に頭はヘクターに殴られたので、フラフラとする。どうにか息をしているとう感じだった。
悪魔のようなヘクターが私を見下ろして、つばを吐く。痰の混じったツバが頭にかかり、心底気持ち悪い。カーラの事件の犯人にもツバを吐かれたが、殺人犯がこんな行動とるのが好きらしい。
「あなた、モニカとソニアを殺したわね?」
「そうよ、悪い?」
ヘクターは全く悪びれていなかった。むしろ何処か誇っている。
「何で? 何でそんな事をしたのよ…」
私は弱々しく呟いた。
この状況はまずい。ジミーがまだ生きているのが救いだが、犯人はかなり怒っている。このまま殺される運命しか感じない。
「私はね、糞女が嫌いなのよ」
ドスの効いたヘクターの声が気持ち悪い。日本にいた頃は、ちょっとオカマっぽいタレントも人気だったが、目の前で見ると「気持ち悪い」という感想しか浮かばない。何というか、自分のエゴをゴリ押ししているというか、生まれ持ったものに文句をつけている感じが、ものすごくワガママに見えてしまう。男性バージョンのヘクターだって、不細工ではなく、むしろイケメンだったのに残念でならない。
「動機は嫉妬? ブラッドリーが好きだったのね」
心底気持ち悪いと思っているが、ここで犯人を怒らせてもしょうがない。私は、出来るだけ慈悲深い表情を作り、へクターに向き合う。
「そうだよ! ブラッドリーは!」
ヘクターはこので号泣し始めた。ブラッドリーに強い想いがある事を叫んでもいる。いくらブラッドリーにアプローチしても、彼は異性愛者で相手にされない。こうして女装までして迫った事もあったが、鈍い彼は別人として認識。しかもソニアを愛していた事などのろける始末。
「そうね、それはちょっと可哀想ね…」
ある意味とても滑稽で、ヘクターに同情したくはなる。
「私が同性愛者だから、ブラッドリーに相手にされない!」
それはどうだろうか。異性間同士でも、どうにもならない恋愛はいっぱいあるんじゃないだろうか。実際、私も牧師さんに全く相手にされていない。あの様子では、アウトオブ眼中である。でもだからといって殺人などはしない。やっぱりヘクターについては、可哀想だと思えなくなってくる。
「何も殺さなくたっていいじゃない?」
「あいつらは、私が同性愛者だと知ったら馬鹿にして笑ってきたんだ! 殺すしかないだろ」
「嘘、ソニアも?」
モニカは何となくそんな言動を取りそうだが、ソニアもそう言うとは意外だった。
「ああ。気持ち悪いっていったんだ!」
しかし、女装バージョンのヘクターは実際気持ち悪い。ソニアの気持ちもわかってしまう。
「知ってるか。同性愛者なんて左利きぐらいの人口でいるんだよ! 差別しやがって」
「…」
そうは言っても殺人犯にはやっぱり同情できない。ソニアが気持ち悪いと言ったのも、モニカを殺した事を察したからではないだろうか。
「あなたが殺人なんてやったから、余計に同性愛者の風当たりが強くなるんじゃない? ジミーはどうなの? こんな優しいおじさんを痛めつけていいと思ってるの?」
ヘクターへの同情心は消えてイライラとしてくる。
元いた世界では同性愛を美化し、切ないBL小説や漫画、ドラマが人気だったと生徒から聞いた事があるが、ヘクターのこの行動で台無しである。いるかどうかはわからないが、本当に切ない想いを抱えている同性愛者がいたら、ヘクターの方が邪魔な存在ではないだろうか。身内の中にこそ敵がいるような状況にも思えて、皮肉のようでもある。
「うるさい! お前のような糞マンコにわかるわけがないだろう!」
あまりにも下品な言葉に、反吐が出そうである。モニカやソニアが可哀想でならない。
「そういえばお前はあの糞牧師とも親しかったな?」
「糞牧師?」
自分はともかく、牧師さんまで悪く言い腹に怒りがたまる。
「そうよ。あんな古臭い宗教を未だに信じているなんて!」
ヘクターはせせら笑っていた。この男は、自分に理解される事ばかり求めていて、他人への経緯は一切無いようである。ヘクターの嫌味を言われて傷ついていた牧師さんを思い出すと腹立たしい。まあ、あのメンタル強そうな牧師さんはまり傷ついてはいなくて、すぐに復活したしてきたが。
牧師さんのおっとりとした笑顔を思い出すと、少しは冷静になってきた。さすがに迫害だれたら喜ぶ事はできないが、こんな自分勝手で馬鹿な犯人に負けるわけはいかない。
「そう、わかったわ。でもどんな事情があるにせよ、あなたは殺人犯よ。一緒に警察行きましょう。事情を説明すればわかってくれると思うわ」
そんな気は全くしないが、今はへクーの気を落ち着かせて、時間を稼ぐのが必要だった。
「そうさ、ヘクター!」
なんと、隣にいるジミーも目を覚ます。
「お前はいい子だ。優しい子に神様が創ってくれたんだよ。一緒に謝ろう!」
ジミーの温かい言葉に私も泣きそうになった。へクターもちょっと気が抜けたような表情を浮かべている。
「そんな、私みたいなひどい人間を神様が許すわけがない…」
驚いた事にへクターは、目に涙まで浮かべていた。
「私は二人も女を殺してしまったよ…!」
こんな犯人でもどこかで罪悪感は持っているらしい。悪魔のようにも思っていたが、やっぱりただの人間のようである。
「私なんかが神様が許してくれるわけがない…!」
「そんな事ないぞ!」
なんと、牧師さんがやってきた。いつものように牧師の黒い服を着ていた。
「途中でチャドに会ったんだ。もうすぐアラン保安官も来るぞ」
牧師さんの言葉に私は心底ホッとした。しかし、へクターはパニックになり、激昂し始める。
「マスミ、大丈夫?」
「大丈夫!まず、ジミーを解いてやって」
「ああ」
牧師さんは、まずジミーの縄を解き、
次にジミーと牧師さんが二人で私の縄を解く。自由の身になったが、へクターは痛々しいほど、絶叫していた。もう私達の事も視界に入っていないようである。
「だめだ、もう私はもうだめだ!」
「そんな事ないぞ!神様は、へクターの事も愛してるぞ!」
牧師さんはいつになく熱く説得していた。ジミーも牧師さんに続く。
「そうだよ! お前は優しい子だよ。こんな事をしたのも本心ではないだろう?」
そう言ってジミーは、ヘクターを抱きしめた。まるで親が子供を抱きしめているようだった。体格のいい、へクターがとても小さく見えてしまった。
ヘクターはもしかしたら、親にこんなふうに抱き締められた事が無いのかもそれない。本当に子供のように声をあげて泣いていた。
牧師さんも泣いていて、私も泣きそうになる。
「さあ、まず神様に謝りましょう!」
牧師さんもヘクターを宥め、悔い改めの祈りを一緒にやってあげていた。
本当に神様がいるんじゃないか?
そう思うほど、牧師さんに祈られてから、へクターはどんどん大人しくなっていく。
「ごめんなさい…。神様…」
そんな事まで言う始末だった。
二人も殺し、ジミーや私も痛めつけた犯人には思えないほどだった。むしろ、犯行中のへクターには、悪魔でも憑いていたんじゃないかと思うほどだった。
ちょうどそこにチャドとアラン保安官が到着し、あっけなくへクターは捕まって行った。
「これで、解決…?」
私は気が抜け、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
「ああ、マスミ。よく頑張った!」
牧師さんの眩し笑顔を見ながら、私の意識が消えていくのを感じた。




