40話 もうすぐ春です
翌日。
昨日と同じぐらい気温は上がっていた。クラリッサの屋敷の庭に残っている雪も溶け始めている。もう春が近いのかも知れない。
この世界に桜はないようだが、クラリッサの庭に咲く色とりどりの薔薇の花を想像すると、少しは気分も軽くなる。
事件については、相変わらず明確な答えは出ないが、今日はとりあえずチャドに会いに行こう。
特に約束などはしていないが、牧場の近くに行けば会えるだろう。
出かける時、玄関でクラウスに引き止められた。
朝からしっかりと身だしなみを整え、王子様風のイケメンではあるが、この男は少々中身が子供っぽい印象である。
「チャドってやつに会いにいくの?」
「そうだけど?」
クラウスは明らかに不機嫌そうに下唇を噛む。
「あなた、もう自分の国に帰ったら?暗殺者も死んだみたいじゃない」
少々言葉はきつくなってしまったが、英語だとハッキリと言いたくなってしまう。むしろ日本語の抽象度の高さや「一を言って十を知る」ようなコミュニケーションをよくできていたと思う。この国では十を全部説明しないと会話は成立しない印象を受けた。
「う、マスミはけっこう厳しいな」
「私、元々は学校に先生だったのよ。意外と厳しいよ」
私は苦笑しながら言うと、クラウスも表情を崩して笑い始めた。
「まあ、もう帰ってもいいかな。結婚は、やっぱり父を説得して待ってもらう事にするよ」
「そうした方がいいね」
「うん。でも僕はマスミが好きだよ」
あまりにもまっすぐに告白されて、やっぱりクラウスにきつく言いすぎたかもしれないと後悔した。
「ごめんね。私は…」
「いや、それ以上言わなくていいよ」
クラウスは私が断るのを察したようで、話を打ち切り事件に話題を戻す。
「でも、チャドも怪しいね。ソニアってやつにストーキングでもしてたんじゃない?」
「まさか。チャドはそんな人物ではないわよ」
慌てて否定すると、クラウスは再び不機嫌そうになった。思っている事が顔に出やすいタイプだ。やっぱり物事にあまり動じない牧師さんと比べると、少し子供っぽい印象を受ける。とはいえ、何を考えているのかわかりやすい。この男は嘘がつけない不器用なタイプにも思い、無碍に接しにくい。
「まあ、とにかくチャドに会いに行ってくるよ」
「そっか」
渋々と言った態度のクラウスに送り出され、牧場の方に向かった。
今日はやっぱり気温が暖かい。コージー村に雪も日陰以外は溶けてしまったようである。
途中、アナに会った。
「おはよう、マスミ! これからジェイクを励ましてくるわ」
「おはよう。リリーは?」
「リリーは仕事よ。抜け駆けするわ!」
アナは鼻の穴を膨らませて、走ってジェイクの医院の方に行ってしまった。ジェイクはアナに何の感情も持っていなさそうだが、アナのような図太そうな田舎娘に励まされれば少しは元気が出るだろう。
ジェイクは、医者だがこの土地では大したステータスにならないし、中身は意外と恋愛脳で残念だが、田舎娘のアナと上手く行ったら面白いかもしれない。一種のシンデレラストーリーのようにも思う。まあ、こんな事を言ったら村にジェイクファン達に怒られるので黙っておこう。
商店街の近くの方に通りかかると、この村の村長のダニエルにもあった。
前の村長は最低最悪だったので、能力があり人柄も良いダニエルが村長になってよかったと思う。手にミッキーのパン屋に袋を持っているので、その帰りだろう。
「おはよう、ダニエル!」
「おお、マスミか。おはよう。そにあのことを聞いたよ。大変だったね」
ダニエルは、痛ましい顔を作る。この村に来たばかりのダニエリは、殺人事件には慣れていないようだった。
ダニエルの家も牧場に近いので、一緒に歩く事にした。
「ソニアの事で何か知っている事はない?」
「おぉ、マスミはまた殺人事件を調査していつんだね。そうだな、僕は特に知らないよ。それにしてもあんな良い子のソニアが死ぬなんて」
女子に嫌われやすいソニアだが、男性受けは相変わらず良かったようだ。こんなおじさんにダニエルの前でもぶりっ子していたと思うと、ソニアは死んでしまったのに苦笑したくなる。
「ところで、あの森にホテルが建つ事は知ってるかい?」
「ええ。ブラッドリーから聞いたけど」
「これで、もう少し村に人が戻って来ればいいんだけどね。殺人事件ばっかりで、人の流出が止まらないよ…」
ダニエルはため息をついた。確かに私が来てからもう4件も殺人事件がおき、新しい住人はデレクとローラぐらいなものだろうか。ダニエルに話によりと、あんまりにも殺人事件が起きると落ち着かなと言って農民や役所職員も何人か引っ越してしまっているらしい。日本でも地方都市の過疎化は問題になっていたが、このコージー村もそうらしい。もっともその理由は、殺人事件という救いの無いものではあるが。
「森にホテルが建つ事に関して、反対している人はいる?」
「いいや、意外といないんだよ」
ダニエルは、ここで笑顔を見せる。
「ブラッドリーの根回しがいいからね。意外とあの男は仕事に関しては誠実のようだね」
「そうなんだ」
意外である。
問題は女に関してに事だけのようである。
「まあ、ブラッドリーは女性関係はだらしないみたいだね」
ダニエルは、苦笑して空を見る。確かにこの話題は、ちょっと真顔ではできない。
「ダニエル、何か知ってる?」
これは事件と関係あるかもしれない。
「ブラッドリーの事?ま、よく知らないけどブラッドリーは、ある女性に追いかけられてめんどくさいって事はいってたね」
「ある女性?」
「よく知らないけどね」
ちょうどここで、ダニエルの屋敷の前に辿り着き、別れる。屋敷のメイドのメイジーの管理がしっかりしているのか、雪も綺麗になくなり、屋敷も綺麗な様子だった。メイジーは前に職場では苦労していたが、良い職場に転職できたようでよかった。
まあ、そんな事は今は関係ない。私はノートを取り出して、伊馬知った情報をメモする。
・ブラッドリーは女からストーキングされていた。
この女が謎の女?
アビーとジーンの証言は、嘘かもしれないと思っていたが、謎の女がストーキングしているところを目撃したのかもしれない。そうなると辻褄が合う。
謎の女=女装癖ヘクターで、動機は嫉妬。モニカもブラッドリーと遊んでいたと言うし、ソニアは婚約者。しかし、ヘクターが同性愛者である証拠はどこにもない。この欠けたピースが埋まらない限り、この推理は単なる妄想である。憶測にもならない。確かにヘクターが女らしいと言われた事に怒らなかったし、キリスト教にも否定的だったが、それだけでは何の証拠とも言えない。
そんな事を考えつつ、牧場に着く。
羊が何頭かうろついていた。まだ雪は残っているが、羊達は元気そうにメェと鳴いている。
チャドは牧場で仕事をしていた。仕事中なので、気をかけて良いか迷ったが、このままにしておくわけにはいかない。
「チャド!」
私は大きな声でチャドを呼んだ。
「ああ、マスミじゃないか」
ソニアの事を知っているのか、チャドの瞼は赤く腫れていた。鼻赤くなっている。これは、寒さのせいかもしれないが。
「ちょっといい?」
「いいよ。ちょうど休憩する時間だったんだ」
チャドは暗そうな表情だったが、私と話したがっているようだった。
牧場のそばで立ち話もなんだという事で、チャドの家に行く事になった。




