2話 コージー村の恋の嵐
コージー村にはソニアの結婚のニュースが吹き荒れていた。
その後、私はデレクのカフェに行き「猫の手」の仕事として、チャドに相談に乗った。突発的な依頼だったが、ちょうど時間もあった。
「まさかソニアが結婚するなんて!」
チャドは半泣きだった。ソバカスが浮いた頬も涙で濡れている。
「元気出して、チャド。マッシュポテトのマリトッツォでも食べましょう」
「う、うん…」
チャドは鼻をすすり、中身がクリームではなくマッシュポテトのマリトッツォをかぶりつく。これはデレクが開発した新メニューだ。普通のマリトッツォも人気だったが、杏奈先生がすでに作っていたこともあり、売り上げが減り続けていたそうである。また、健康オタクであるジェイクも遠回しに文句を言ってきたため、こんな新メニューができたという。パンもこの土地らしく固く黒っぽく、ほんの少し健康志向なマリトッツォだ。意外と味も美味しく、私のも何度かリピートしている。
「でもチャド。ソニアのどこがいいの?」
「ソニアは明るくて美人だし、誰に対しても公平だ。そんな所が好き」
チャドはそう言うとまたグズグズ泣き始めた。チャドはこの村で羊飼いの仕事をしていた。あまりイケメンでは無いが、素朴でまだ少年といった雰囲気である。ジェイクだけでなく、こんな素朴な男にもモテていたとは。しかもこんなにショックも受けている。改めて恐ろしい女だと思った。
「そうね。ソニアはいいところも多いわね」
「そうさ。だからこそ何で突然結婚? 誰と結婚するか知ってる?」
私は首を振る。結婚相手については、何も知らない。
ソニアは確かにモテる女ではあるが、自由を愛しているような所がある。やっぱ突然結婚というのは違和感しかない。これで何かこの村に悪い影響を及ぼさなければいいのだが。
「でも、元気出してチャド。あなたにもいい所はいっぱいあるわ。ソニアに見る目が無いのかもよ」
私はソニアに全く相手にされず、こんな形で失恋することになったチャドを必死に励まし続けた。とても骨の折れる作業だったが、仕事だし、こんな事でチャドの落ち込む姿も見たくない。
「まあ、でもマスミに話を聞いて貰ったら少しは元気が出てきたよ」
「よかった!」
「このマリトッツォも美味しいし。今日は急だったのにありがとうよ」
「こちらこそ良かったわ」
落ち込んでいたチャドだったが、最後には笑顔を見せて帰って行った。
「寒いから、あったかくしてね」
「うん、じゃあね、マスミ」
チャドが帰りると、厨房の方からデレクがやってきた。すっかりカフェ店長も板についている。店の名前「デレクのおうち」という小さな文字の入っているエプロンも身体の一部のように馴染んでいる。顔つきもキリッとなって来ている。タピオカ屋をやっていた時のような軽薄さが嘘のように消えている。もうクラリッサに色仕掛けするような事は無いだろう。
「チャドは大丈夫だった?」
デレクは他の客が居ない事をいいことに私の隣の席に座る。このカフェは、もちろん美味しい料理を提供する事が目的の一つではるが、村のコミュニティスポットとしての機能も大きく、住民の井戸端会議の場と化していることが多い。よくアナやリリーもここで油を売っている。
杏奈先生のカフェはなんとなく上から目線である事も感じたが、このカフェは椅子やテーブルもシンプル。ソニアの描いた毒きのこの絵やチョークで描く掲示板(多くは村のお知らせが書かれている)やポスターのおかげで、素朴な雰囲気が勝るカフェだった。
「まあ、泣いてたけど大丈夫だと思う。こういう時、ティラミスがカフェのメニューにあるといいわよね」
「ティラミス? ああ、『私を元気づけて』って意味だったね。確かにいいかも。でも、この土地にはコーヒーが無いんだよな〜」
「大丈夫よ!」
私はリコの茶のことを説明した。
「本当? コーヒー有ればできるじゃん!」
デレクはこの事の興奮していた。この国にはインターネットなどという便利なものはないし、王都の情報はなかなか入ってこない。いくら料理人のデレクでもリコの茶のついては全く知らなかったようだ。
「よし! 僕もティラミス作る!」
「頑張って。私も食べたいなぁ」
「なんだか逆に僕がマスミ褒められたみたいだよ」
デレクはちょっと顔を赤くして言う。そして私の事をじっと見ている。
そういえばデレクには告白された事もあったが、全く興味がないし牧師さんの事もあるので無視していた。今はデレクはこのカフェの2階に住んでいるが、クラリッサの家で一緒に生活する時間も長かったため、あまり異性には見えなくなっていた。確かにロマンス小説に出てくる様な褐色の肌でハッキリとした顔つきのイケメンであるのだが。
「ねえ、マスミさ。やっぱ僕と付き合ってよ」
「そうねぇ…」
私は曖昧に笑う。牧師さんには相変わらず相手にはされていないが、食事 いは一回ごきつけた。だから、こう言った告白が勇気がいる事はよくわかる。ありがたいとも思うが、今まっでロマンス小説ばかり読み、現実の恋愛は休みまくっていたので、どうすれば良いかわから。ロマンス小説でもたまに複数の男性の求愛される逆ハーレム展開もあるが、あんな展開が現実の身の上に起きたら嬉しいより、困惑して死んでしまう気がする。
「どう? ここで二人でカフェやったら最高じゃない?」
デレクは甘い餌も躊躇なく鼻先につきつける。でも、今はどう答えればいいのかわからない。
「ごめん、デレク…。それは無理よ」
結局曖昧に言うのも返って悪いと思い、はっきりと言うしかなかった。
「そっかー。チャドやジェイクの気持ちもわかるね…」
デレクは意外にもさっぱりとした顔だった。
「でもまあ、気が変わったらいつでも言ってよ」
「無いと思うけど」
「まあ、とりあえず僕はティラミスを作るか〜」
少々わざとらしくデレクは言った