25話 日本語は難しすぎる
カフェにつくと、村の女性陣達が騒いでいた。アナ、リリー、マリー、ローラ。それに今日はジャスミンもいる。
クラウスを取り囲み、せっせと質問攻めをしている。アナとリリーはジェイクファンだったはずであるが、色めきたっていた。まあ、女性はイケメンに弱い事はよく分かるが、それにしても現金なものである。デレクも呆れていた。
「マスミもあの王子様みたいなクラウスが好きなの?」
デレクは明らかに不機嫌だったが、客商売中に露骨な表情を出す彼にゲンナリとしてしまった。以前と比べて軽薄さも落ち着いて来たとはいえ、そう簡単に中身まで変わらない様である。
「そんなんじゃ無いわよ。ティラミスは好調?」
「うん、すごい受けてる。日本でもティラミスブームがあったんだよな。意外とこの土地の人達と日本人って相性いいんじゃない?」
確かに「察する」「思いやり」などの日本人的特徴はないが、新しいものに好奇心をもって飛びつき安いところや、外国のものを自国のものに取り入れようとする所は共通点が見られる。思えば余所者の私や杏奈先生も差別的な扱いはほとんど受けていない。これが逆に日本人が他の国に行ったりすると、露骨な差別にあったりする。そういう点ではこの村は意外と住みやすかった。
「そうね。そうだといいわね。ブラックティーとティラミス注文できる?」
「OK!」
デレクは笑顔を取り戻し、厨房の方に行ってしまった。
私も女性陣達の輪に加わるように大きなテーブル席につく。一応クラウスとデート(?)という事になっていたが、この様子では今日は無理そうである。
クラウスは女性陣達に取り囲まれてもどことなく不機嫌そうにブラックティーを啜っていた。
「そういえばアナ達は仕事は言いの?」
クラウスは軽く睨みながら言う。確かにこの時間はいくら暇そうな村の女性達でも仕事じゃあるはずだが。女性陣達はこのクラウスの言葉のバツが悪そうにお互い見つめ、そそくさと帰っていった。
「なんだ、みんな帰っちゃうの?」
私はあっけなく帰る女達に拍子抜けする。
「うん、まあ。いつまでもサボってられないしね!」
アナはそう言って苦笑し、それに続くようにみんな帰っていく。
やかましい女性陣達が帰ると途端にカフェの中は静かになった。
「よかった、邪魔な人達みんな帰ったね!」
「邪魔って…。あなた意外と言うわね」
「そうだよ。言いたい事を曖昧にして『察してくれ』なんて単なるワガママでしょ」
確かにそうだ。クラウスは「察する」文化の日本にはあまり馴染めそうにないと思った。逆に言えばこも男は何を考えているのか手の取るようのわかる。
ちょうどそこにデレクが、ティラミスとブラックティーを持ってやってきた。クラウスはデレクを威嚇するように睨みつけていたが、当の本人は気づいているのか居ないのかニコニコと笑っていた。
「どうぞ、ごゆっくり!」
「ふん」
クラウスはデレクが厨房の方に行くまで睨んでいたが、ティラミスを食べはじめてからようやく笑顔を見せた。
「それ、私のティラミスよ」
「いいじゃん」
この男は、よっぽどワガママに育てられたらしい。確かに生い立ちは可哀想ではあるが、甘やかされた子供特有の傲慢さが出ている。元いた世界の職場の生徒にもこう言ったタイプが一定数いて、苦労させられた。今のところクラウスには良い印象はなく好感度はゼロに近い。
「まあ、私も今朝は悪かったわ」
「いいよ、いいよ。このティラミスうまいな」
今朝の件についてはすっかり忘れている様である。天真爛漫な笑顔を見て、ひとまずホっとする。ティラミスを一口食べたい衝動に駆られるが、「一口ちょうだい」というのは、日本人特有な感じもして躊躇われる。元いた世界の職場にアメリカ人の同僚もいたが、生徒が「一口ちょうだい」していて顔を顰めていた事を思う出す。
「ところであなたいつまでこの村に居るつもり?今のところ暗殺者みたいな人は居ないわね」
確かに村には不穏な雰囲気はあるが、今のところ命を狙うような暗殺者の姿は見えない。雪で交通が乱れているにも事実であるが、人ごとの様に天真爛漫な雰囲気なクラウスを見ているとチクリと嫌味を言ってしまいたくなる。
「まあ、そのうち帰るよ」
しかし、日本人のように言葉の裏などを察しないクラウスは、笑顔でティラミスを口に運んでいた。嫌味など言っても無意味だと諦めた。思えば日本語という言語は不思議なものだ。「ありがとう」「かわいい」という言葉にも、辞書には載っていない意味を何重にも含ませる事ができる。こんなポジティブな言葉でも含ませる意図で人の心をズタボロに傷つける事も可能である。
その最たる京都のイケズ文化を知った時、この言語を外国人が完全に理解するのは無理だと思った。日本にいる外国人がやたらと素朴で正直者に見えるのは、こんな複雑な日本語を使いこなして居ないからだろう。思えば外国人が「かわいい!(うわ、すっげーブス!)」なんて言葉の使い方をしているのは、見た事が無い。逆に言えば外国人から見て日本人は、何を考えているのかよくわからない印象は強いかもしれない。
「マスミは事件の事は聞かなくて良いの?」
「そうだった。何かモニカ殺人事件で知っている事ない?」
私はポケットからメモ帳を取りす。
「実は僕のところにもモニカの事件の担当刑事が話しを聞きにきたよ」
「嘘!」
「本当だよ。モニカが殺された時間に何をしていたか聞きにきた」
という事は怪しい人物のアリバイを警察は調べているという事か。
「でも僕はアリバイがあるからね!」
クラウスは胸を張っていたが、口の端にチーズがついていてなんとも締まらない。
「アリバイ?」
「あの時間、イアンの舞台を見てたんだよ。僕のルックスは目立つみたいで、近くの客がずっと舞台を見ていたと証言してくれたよ」
という事はかなり硬いアリバイだ。自ずと俳優のイアンの容疑も晴れる。もっともこの人物については、別に深く考えてはいなかったが。
「僕の事疑ってた?」
クラウスはニヤっと笑い、ペーパナフキンで口元をぬぐう。
「残念でした。僕は犯人では無いよ? きっとこの女が犯人さ」
クラウスは今朝見せたあの絵を見せる。背の高い謎の美女。やっぱりこに女が犯人?




