1話 ミシェルのお土産
マークの事件が解決してから一か月がたった。
もうすっかりコージー村は冬である。気温だけ見ればそう低くも無いが、エアコンや使い捨てカイロなど日本で便利なグッズばどはないこのコージー村では一段と寒く感じた。
今日は朝からチラチラと雪が降っていて少し積もり始めていた。
私はクラリッサの屋敷の広い庭を雪かきしていた。プラムは屋敷の掃除で忙しいし、今日はたなたまジミーやネルの家に訪問して料理を作る「猫の手」の仕事もお休みだった。
雪かきもそこそこ体力を使い、不便ながらもいい運動である。
「マスミ!」
ちょうど雪かきかきがひと段落した時、ミシェルがやってきた。ミシェルは神学生で杏奈先生の事件の時には事件調査にも協力して貰った男である。口は悪いが、根は悪くは無い。今は王都で牧師になる試験を受けているはずだったが、冬には祖母のネルがいるこのコージー村に帰ってくると聞いていた。
「ミシェルじゃない。久しぶり!」
寒さでミシェルも私も顔が赤くなっていた。
「よぉ、久しぶり!」
「ネルに会いにきたの?」
「うん、そうだけど、クラリッサやみんなにもお土産あるんだ」
ミシェルは片手に持っていた紙袋を掲げた。
という事で、ミシェルを屋敷のリビングに案内する。リビングは暖炉があるので外と打って変わって暖かい。
プラムがブラックティーも淹れてくれたので、より一層暖かく感じた。
「久しぶりね、ミシェル」
クラリッサやプラムも暖かくミシェルを迎えた。
「うん、久しぶり!」
「試験はどう?」
クラリッサが優しく微笑んで聞く。
「まあ、まあまあだな」
「小説執筆はどう?」
私がブラックティーを啜って聞く。ミシェルは、趣味で小説を書いていた。杏奈先生の事件の影響で好きな小説を読めなくなってしまったため、自分でかくことにしたようだ。
「それがけっこう難しくてさ。まあ、そっちもぼちぼちだよ」
「矛盾点やツッコミどころはひとつづつメモして潰しておくといいわ。あと、何事も勢いよ。多少現実的じゃなくても面白かったらそれでいいのよ」
「おぉ、クラリッサすごいな。うん、参考にするよ」
ミシェルは、ちょっと驚いて感心しら風にうなづく。実はクラリッサは小説家で、「カフェ探偵アン!」というコージーミステリを書いている。杏奈先生や私が関わった事件をネタに書いているので、リアリティはある。ただ、クラリッサが作家である事はジャスミンとプラム、私しか知らない。ミシェルも知らないが、このクラリッサのアドバイスは年の功だと受け取ったようだ。
そんな事を考えながら、私は再びブラックティーを飲み込む。不味くは無いが、この土地ののお茶といえばこれしかなく飽きてしまった。贅沢は言えないが、日本ではあまりにも美味しいものばかりの生活だったんじゃかと思う。庶民でもコンビニに行けば甘いものやコーヒーが簡単に手に入る事は奇跡だったのかもしれない。こちらでは美味しいものは金持ちや王族の特権のようで、先日ケーキの値段をプラムから聞いたらかなり高額だった。全く美味しいものが無い世界では無いが、辺鄙なコージー村の人達が誰でも味わえるかどうかは別問題だった。
「ところで、これはクラリッサ達へお土産だよ。王都で流行っているお茶だ。ティーバック状のも粉のもあるけど、どっちが良いかわからなくて、両方買ってきた!」
ミシェルは、紙袋をクラリッサに渡す。
「まあ!」
新しいもの好きのクラリッサは、目をキラキラとさせながら包みをあけていた。
茶色いお茶だった。粉状のものは、日本のインスタントコーヒーにそっくりである。
「これ、何?」
プラムも好奇心が抑えきれない様子で言う。
正直なところ、この国の食べ物にそんな期待をしていない私も気になる。パッケージには「リコティー」とある。リコとは、この土地によく生えている雑草だ。日本のタンポポにも少し似ていて、小さく可愛らしい花を咲かせる。色はピンクだったり、黄色だったりするが、薔薇のような派手さは全くない地味な雑草だった。
「リコのお茶? そんなもの飲めるの?」
プラムは、お茶のパッケージを見つめて眉を顰める。確かに雑草なのお茶になるのか疑問でがある。
「いや、意外とほろ苦くて美味いらしいよ。王都でブームなんだ。俺も飲んだけど、うまかった!」
実際飲んだミシェルがこんな笑顔である。不味くはないかもしれないと思う。
プラムはキッチンで湯を沸かし、リコのお茶を持ってきた。
「あれ、なんかちょっと懐かしい匂い…」
私は目を細めてリコの茶が入ったカップを鼻に近づける。その匂いはコーヒーの似ていた。コーヒーよりは少しスパイシーな匂いも感じるが、待った別ものとは考えられないぐらいほろ苦い匂いだ。むしろコーヒーより落ち着いたいい香りも感じる。
クラリッサの屋敷のリビングは、そんなリコの茶の匂いで満たされる。とても良い匂いなので、プラムも文句も言わず目尻を下げていた。
「良い匂いじゃない! 絶対美味しいわ!」
クラリッサは大興奮だった。さっそくみんなはリコの茶に口をつけた。
「なにこれ!美味しい!」
今まで聞いた事のないクラリッサの歓声が響く。
「だろう。ほろ苦で美味しいよな。砂糖やミルクを入れてもいけるぜ? プラムはどう?」
ミシェルはちょっとドヤ顔である。
「これは、今まで飲んだ事は無いけど美味しいわね。リコのお茶がこんな美味しかったなんて」
普段冷静なプラムも、リコの茶が気に入って飲み干していた。
「これは、本当に懐かしいわ…」
プラムやクラリッサは、その新しい味に興奮していたが、私は逆に懐かしかった。リコの茶は味もコーヒーに似ていた。ほろ苦さが際立っていたが、味はどう考えてもコーヒーだった。日本で飲んだ数々のコーヒーを思い出し、懐かしい。
「日本のコーヒーっていう飲みものとよく似てるの。ま、あちらの世界では世界的人気の飲みものだったんだけど、まさかこんなそっくりなものがあったなんて」
私はうっとりとしながら、コーヒーによく似たリコの茶をすする。ミシェルにきくと、やっぱ王都ではミルクや砂糖、生クリームなどがトッピングされたリコの茶が流行っているそうだ。もしかしたら開発者は転移者なのかもそれない。
「なんだ、マスミのいた世界には似たようなもあったのかよ」
ミシェルはちょっと不満気に口を尖らす。
「でもありがたいわ。まさかコーヒーが飲めるなんて。これが有ればティラミスもできるかも」
ティラミスはの日本でブームのなったコーヒーとチーズの濃厚スイーツだ。」私を元気づけて」という意味を持つ。別段好きなスイーツでは無いが、そんなエピソードを聞くと元気が出そうなスイーツである。あとで同じ転移者のデレクに提案してみても良いかもしれない。幸い、この土地の乳製品は美味しくチーズもあったはずだ。そんな事を考えていると思わず頬が緩む。
「マスミは元気そうだな」
そんな私を見てミシェルは呆れていたが、私の能天気さは自分では悪くないと思い始めていた。実際、マークの事件の時は何故か自分のアホっぽが役立っていると感じた。
「ジェイクは大変なのによ」
ミシェルはボソリと呟く。
「え、ジェイクがどうしたの?」
意外な人物の名前が出て、一同驚く。ジェイクはこの村の医者だ。イケメンだが女の趣味が悪く、重度の健康ヲタクだったが、根は悪い人物では無い。
「さっきジェイクに会って来たんだけど、失恋したんだってさ」
ジェイクはずっとソニアという画家に片思いしれいるはずだった。ソニアはとんでもない男好きで、もともとジェイクを相手にしていハズだったが。
「ソニアが結婚するらしいよ」
ミミシェルはニヤリと笑った。
「もの好きな男もいるのねぇ…」
クラリッサの言葉に一同深く頷く。しかしソニアが結婚するなんて。あの女性は真面目な奥さんが出来るだろうか?