16話 容疑者・謎の女
ブラッドリーと別れるとようやく商店街に向かう事が出来た。
正直なところ、「猫の手」の仕事安定して規則的にあるわけでは無い。ジミーの仕事を終えると暇になってしまう事も少なくは無い。
本来ならもう少し積極的に営業でもやった方が良いのだが、あまり忙しししぎない生活も悪くない。
空いた時間にデレクのカフェに行ったり、ミッキーやリリーの店に行くのも悪くはない。収入を考えると憂鬱ではあるが、今のところクラリッサの家に住む限りはなんとか生活できそうだった。
今日はデレクのカフェに行くことにしよう。
デレクのカフェは、客達で賑わっていた。クラリッサ、プラム、アナ、リリー、ローラやマリーもいる。村のやかましい女性陣が勢揃いだ。どう考えても仕事をサボって来ているものもいそうだが、深く突っ込むのはやめておこう。どうやらティラミスの試食会をやっている様で、かなり好評の様だ。
特にクラリッサは目を輝かせて「こんなもの始めて食べた!」と大興奮している。普段、口の悪く仏頂面のマリーの顔もとろけていた。ティラミスは村の女性陣のは難なく受け入れられたようで、デレクもニコニコ顔で機嫌がいい。私は今更ティラミスを食べてもそんな感動は無さそうなので、ブラックティーと小さめなパウンドケーキだけを注文し、女性陣達がやかましく話ている大きなテーブルに座る。
「あら、マスマスミじゃない」
「こんにちは、アナ。みんな勢揃いね。ティラミス美味しい?」
私は隣りに座るアナに声をかける。
「すごい美味しいわ。こんな美味しいもの始めてよ」
「よかったわ。このお菓子は、『私を元気づけて!』という意味で、食べていりと何となく元気になるんじゃない?ジェイクも気にいるかしらね」
ジェイクの話題を出すと女性陣たちの空気が強張る。
「え? 何? ジェイクに何かあったの?」
「やっぱりソニアの件が落ち込んでいるみたいよ。婚約者がこの村の来てるそうじゃない? それでまたダウンしてうる見たいね」
プラムは説明した。たぶんこの中で一番ジェイクに興味のない人物だろう。
「っていうか、ソニアの婚約者の秘書が死んだんでしょ? ソニアがやったんじゃない?」
アナは断言していた。涼しい顔でティラミスを口に運んでいるが、内心穏やかでは無いのは伝わってくる。
「そうよソニアがやったんだわ」
「ソニアね。あの女だったらやりかねない」
リリーやマリーもアナに同意。マリーはともかくリリーもジェイクファンである。ソニアについて良い感情は持ってなさそうである。
「そうね。私もソニアがやったんじゃないかとおもう」
ローラまでそんな事を言っている。ローラは別にジェイクファンではないのに、この件を面白がっているのが伝わってくる。この村の事件をネタに賭け事に参加していた様だが、彼女がそれに参加していたシーンを想像するとまったく違和感がない。夏の終わりからコージー村に住み着いた女性だが、すっかり農家での仕事にも慣れて、ある意味私よりこの村に馴染んでいる。
「でも、証拠はないでしょ。ブラッドリーがやったんじゃない?」
年配者のクラリッサが主張すると、女達は黙る。
「そうだよ。証拠もないのに人を疑うんじゃないって」
デレクがそう言いながら私の前のパウンドケーキやブラックティーを置く。男性のデレクからしたら女性陣の憶測大会には理解出来ないようで、そそくさと厨房に戻っていたが。
「でもソニアよ」
アナはあくまでもソニア犯人説にこだわっていた。
「それは何故? 別に事件調査しているわけじゃないけど気になるよ」
私はアナに尋ねる。私怨もしつこすぎる印象である。
「だってあの子怪しいもの。ブラッドリーと一緒にいるの見たけど、上の空だったし」
それだけが根拠の様だ。確かにアナの目からはソニアは怪しいだろうが、きっとそれだけでは警察は動かないだろう。
「私は、変な女を見たわよ」
「マリー、変な女って誰?」
この中で一番噂好きのマリーの情報である。私は身を乗り出して聞く。足がちょっと悪い役所職員だが、その分この村の噂収集能力に長けている。私はマリーの前では迂闊な事はとても言えない。
「昨日の夜だったかな。役所の近くで背の高い美女がいたの」
「背の高い美女?」
一同この言葉に食いつく。村の中に美女がいるなんて心中穏やかでもない女も多いだろう。
「どんな女だった? 詳しく教えてよ」
やっぱりマリーやリリーは特に食いついていた。それでも二人ともティラミスを完食していたので、よっぽど舌にあったのだろう。クラリッサやプラムはこの話題に飽き始め、編み物を始めてしまった。今、二人とも編み物で大作のベストを作っている最中でかなり熱が入っている。女達の噂話には興味が失せているのがうかがえる。
「うーん、よく覚えていないけど、化粧バッチリで女優みたいだった」
「マリー、それはソニアではないの?」
ソニアは普段、メイクはしていないが、いくらでも化られそうである。それに彼女は比較的背が高い。
「違うと思うわ。とにかく背が高かったのよね」
マリーの情報に私は少々考え込む。この村で背の高い女などソニア以外にいない。新しくこの村にやってきたのだろうか。
謎な女が気になる。また殺人事件でも起きたらどうしようと思う。未然に防げるものなら防ぎたいとも思うが。
「また事件起きるんじゃない?」
ローラはまだニヤニヤしながら言う。元いた世界のアメリカ人の同僚はあまりニヤニヤするものはなく、むしろ日本人のニヤニヤする表情が気持ち悪いと言っていたのを思い出すが、この土地はそう言った表情の違いは無い様である。
「やめてよ〜」
アナは口ではそう言っていたが、ちょっと笑っている。やっぱりこの村の人達は、すっかり殺人事件に慣れ親しんでいる様でる。これは単なるカルチャーショックだろうか。やっぱりこに村に連中は、どうもメンタルが太いようである。
「マスミが調査すればいいんじゃない?」
リリーまでもそんな事を言う。
「やめてよ〜」
今度は私がこう言う番である。しかし、あのパーティーにいた男が二人もこの村にいるのも気になる。謎の女も。
私はソニアが犯人だとはとても思えないが、まだ事件と関係ないとは言い切れない。
「やっぱり調査しようかな…」
事件調査にやる気などはなく、王都の警察に任せる問題だとは思うが、どうもこの事件の余波がこの村に近づいているのを感じる。今はまださざなみ程度だが、いつ津波になってもおかしくはない。
「そうこなくっちゃ! 事件調査については協力する!」
「私もよ!」
アナやリリーはそう言い、私をけしかける。
「また誰か死ぬのは懲り懲りよ。やっぱり調べて見る事にしますか」
私は誰ともなく宣言し、カバンからノートとペンを取るだした。まだこの村で事件が起きたわけでも無い。この時の私はまだ呑気だった。




