早く体に戻りたい
「おにいさま……」
耳鳴りとともに風の音が聞こえる。
室内の調度品はかたかたと音を立て、私の体は黒いつむじ風に包み込まれていく。
「ロゼア……悪く思わないでほしい。おまえがアンジュを拒むからいけないんだよ」
「……アンジュは……」
「おや。魂をこんなに抜かれてまだ話せるんだね」
アンジュ……まるで自分を聖女かなにかと思い込んでいる女。
魂を抜き終わった兄は私の体をベッドに横たえ、くすりと笑って部屋を出て行った。
ドアの閉まる音をしっかりと聞いてから、そっと物陰から姿を出す。
「……存外、魂だけというのも動きやすいものね」
くるりと透明な体を回転させる。邪魔なドレスもヒールの高い靴もない。
「私って、きれいな長い脚してるわ」
高いところから自室をじっと眺めてみると、思っていたより部屋が狭い気がする。深い飴色の木にこだわって選んだ調度品もなんだか貧相に見えてきた。
「やっぱり、ここはあの北の部屋へ移させようかしらね。カーペットも青より赤のダマスクがいいわ」
「このドレッサーも、三面鏡になっているもののほうがいいわね」
違った視点で見る自室が面白くてしばらくあちらこちらから見渡してみたけれども、やっぱり本題はこっちだろう。
ふう、と息をついてから天蓋ベッドで抜け殻になっている肉体のそばへ下りた。
「やだ。白目むいてる」
でも今まで自分で思っていたよりずっと、美しく気高そうな令嬢がそこにいた。
まつげは長く、白く透き通った頬にはほんのりと赤みがさしている。ボリュームのあるプラチナベージュの長い髪は、色合いがほれぼれするほど絶妙でつやつやしていた。
「私の髪ってこんなにきれいな色だったんだわ。分からないものね」
「でも……眉がちょっと吊り上がりすぎかしらね」
「今度侍女に手入れさせましょう」
「さてと……」
兄は気づいていないのだろうか。
まだ自我を持った自分がこうして自由にしているというのに。
「自由になるとはいっても、どうやら物には触れないみたいね」
「これじゃ部屋から出られないじゃない」
「まあいいわ……廊下に取り残されても困るし」
水に浮かぶように空中を舞い、兄の思惑を考える。
「アンジュ……あの女のせいでこんなことになったのよね」
「やっぱりお兄さまとの結婚はなんとしても邪魔しなくてはいけないわ」
「どうやってあのお兄さまをたぶらかしたのかしら……」
「ま、アンジュのことはいいわね。いずれけちょんけちょんにしてやることに変わりはないのだから」
「問題はお兄さまよ。私の魂を抜くなんて……お母さまになんて説明するつもり?」
「封じるだけじゃなくいずれは……まさか妹であるこの私を殺すおつもりなのかしら」
そう思い至った途端、にんまりと口の端が上がるのが分かった。
「ふふふっ。お兄さま……愛しきゼルメリアお兄さま。私があなたを滅するほうが先よ」